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初稿こその瑞々しさを発見!ベートーヴェン、オペラ『レオノーレ』。 [before 2005]

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ベートーヴェンが『フィデリオ』を作曲していた頃、その机の上にはケルビーニの『二日間』のスコアが常に置かれていたのだとか... パリで大ヒットとした『二日間』と同じブイイの台本による『フィデリオ』。ともに"救出オペラ"という、フランス革命期に流行した、やがて正義がなされる物語で、どこか似通っている。そして、音楽的にもケルビーニから大きな影響を受けたベートーヴェン。『フィデリオ』を知る上で『二日間』はとても興味深いオペラであり、2つのオペラは兄弟のようにすら感じられる。が、兄のように容易に成功を勝ち得るに至らなかった弟。『フィデリオ』が、今、我々が知る形になるまでには、紆余曲折があり、一筋縄では行かなかった...
ということで、ケルビーニの『二日間』を聴いての『フィデリオ』なのだけれど、ジョン・エリオット・ガーディナー率いる、オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティクの演奏で、ベートーヴェン、唯一のオペラ、『フィデリオ』の初稿にあたる、『レオノーレ』(ARCHIV/453 461-2)を聴く。

最終稿である『フィデリオ』に親しんで来て、そうしたところから初稿である『レオノーレ』に触れると、大いに調子が狂う。聴き知ったメロディやサウンドではあるのだけれど、それらがちょっとずつ違う。そうして感じる、何とも言い難い未完成感というか... 力強い『フィデリオ』のイメージは弱まり、全体にぼんやりとした印象を持ってしまう『レオノーレ』。これが初稿ということなのか?裏返せば、ベートーヴェンは見事に『レオノーレ』をブラッシュ・アップして、『フィデリオ』に至ったわけだ。初稿である『レオノーレ』を知って、初めて『フィデリオ』の完成度を思い知らされる。そんな印象を持っていたのだけれど、改めて『レオノーレ』を聴いてみると印象は変わる?漠然とあった『レオノーレ』の冗長な印象が、ちょっと違ったものに感じられて、何だかとても新鮮!
さて、『レオノーレ』の冗長さでまず気になるのが、"救出オペラ"のスイッチが入る前の前半。まるで18世紀のオペラ・ブッファを思わせるような、もどかしい恋の鞘当て。後半の深刻さと、正義がなされるカタルシスを考えると、まったくチグハグに思えるのだけれど、『レオノーレ』ではこの前半こそ丁寧に描いている。で、このオペラの本質とは違う部分を丁寧に描いてしまい、全体としては冗長な印象になってしまうのかも。が、よくよく見つめると、その丁寧さにベートーヴェンのオペラに対する鋭敏な感性を見出すようで、驚かされる。ドイツ語の響きを、オペラ・ブッファを思わせる軽やかな音楽に乗せて、瑞々しい表情を生み出す... それは、モーツァルトのジングシュピールを越えるのかもしれない... ドイツ語はオペラに向かないとも言われることもあったわけだが、ベートーヴェンは見事に乗り越えていて、モーツァルトがイタリア語でやったことを、ドイツ語で成し得ている!それでいて、全ての瞬間が美しくナチュラルに息衝いている!『フィデリオ』では味わえない繊細な表情に息を呑む。
そして、後半、"救出オペラ"たる、地下牢から救出される人物、フロレスタンが登場して、一気に空気が変わる『レオノーレ』。その音楽は古典主義からロマン主義へと大きく舵を切り、3幕、冒頭のフロレスタンのアリア(disc.2, track.6)からは、ワーグナーすら予感させ... ウェーバーに先んじて、さらに先を予感させるベートーヴェンの音楽に、さらに驚かされる(『フィデリオ』にこの感覚はあっただろうか?)。さらに、18世紀のオペラ・ブッファを思わせる前半が人の表情を丁寧に紡ぎ出していたのに対し、19世紀、ドイツ・ロマン主義の先駆となる後半は背景を丁寧に描き込み、地上の明るさと地下の暗闇のコントラストを際立たせ、このベートーヴェンの切り返しの妙に感心させられる。一方で、その丁寧さが、少し回りくどく感じるところも... 正義をもたらすドン・フェルナンドが到着してからのフィナーレ(disc.2, track.15-23)は、丁寧であることがマニエリスムに陥って、『フィデリオ』に比べると、どうもスピード感やパワフルさを削ぎ、もどかしい。いや、『フィデリオ』のフィナーレの圧倒的な勢いに改めて感服させられる。あれは、第九への準備というのか... すでにオペラという枠組みを越えてしまっているのだろう。そういう点で、『レオノーレ』は、フィナーレに限らず、よりオペラ的であると言えるのかも。
そんな『レオノーレ』を蘇らせることに挑んだガーディナー... この録音からは、ガーディナーの強い思いが溢れ出していて、ガーディナーのベートーヴェンへの愛というか、ピリオドを代表するマエストロとして、オリジナルへの強い熱情にまず感服させられる。そんなマエストロに率いられてのオルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティクもすばらしい演奏を繰り広げ、スコアの隅々までをクリアに捉え、ベートーヴェンの全てを鳴らし切ろうという意気込みに圧倒される。そこに、手堅くキャスティングされた歌手たちの、自らを押し出すのではない、自らを如何にベートーヴェンのスコアに落とし込むかという姿勢が好印象。だからこそベートーヴェンの音楽がより美しく浮かび上がるのか... そうした演奏、歌があって、『レオノーレ』の瑞々しさが映え、聴き入ってしまう。そして、聴き入ってこそ見えて来るベートーヴェンの凄さ!初稿が持つ、創意に溢れるピュアな響きには、ベートーヴェンのオペラへの意気込み、より真剣な眼差しを感じられ、発見が詰まっている。何より、聴き入って感じる、『フィデリオ』が失ってしまった繊細な魅力に、ゾクゾクさせられる。

LEONORE
BEETHOVEN ・ GARDINER


ベートーヴェン : オペラ 『レオノーレ』

ドン・フェルナンド : アラステア・マイルズ(バス)
ドン・ピツァロ : マシュー・ベスト(バス・バリトン)
フロレスタン : キム・ベグリー(テノール)
レオノーレ : ヒヴィ・マルティンペルト(ソプラノ)
ロッコ : フランツ・ハヴラタ(バス)
マルツェリーネ : クリスティアーネ・エルツェ(ソプラノ)
ヤキーノ : ミヒャエル・シャーデ(テノール)
第1の囚人 : ロブ・バート(テノール)
第2の囚人 : コリン・キャンベル(バス)
語り : クリストフ・バンツァー
モンテヴェルディ合唱団

ジョン・エリオット・ガーディナー/オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク

ARCHIV/453 461-2




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