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『春の祭典』初演、100周年記念、夏に聴く近代音楽撰。 [selection]

バレエ『春の祭典』、初演、100周年のメモリアル!
ということで、にわかに近代音楽が盛り上がる2013年... 様々にメモリアル・リリースが続いて、かつての名盤の復活、若手による最新の録音、オーケストラではないスタイルによる録音、作曲者による自作自演、極めつけは、10枚組、記念ボックス(SONY CLASSICAL/88725461742)... てか、10枚も同じ曲で埋め尽くされているって、飽きないのか?とは思うのだけれど、年代順に並べられたその10枚の『春の祭典』は、ずばり、『春の祭典』の受容の歴史であって、かなり興味深い。それにしても、10枚の『春の祭典』か... 『春の祭典』の祭典だな... いや、こんな風に、メモリアルを祝える作品なんて、他に無い。やっぱり、凄いんだ... と、100年経っても色褪せない存在感に、改めて感服させられる。で、そんな『春の祭典』に捧げるセレクション...
7月となりました。梅雨、明けました。早速の猛暑です。夏です。ということで、夏に聴く音楽は?ガツンと近代音楽を推したい当blog。20世紀、マシーン・エイジのド迫力サウンドというのは、ある種のロック?で、それらを並べたら、フェス?夏の祭典?みたいな、ユルいノリで、10タイトル、セレクションしてみました。ということで、春、古典派。に続いての、夏、近代音楽。

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近代音楽を10タイトル選ぶ... というのは、実は、かなり無謀なことのように思う。とにかく、それまでになく、様々な国々から、様々なスタンスで、様々にスタイルを展開して、一筋縄では行かないのが近代音楽。そもそも、「近代音楽」という括り自体が怪しい。リヒャルト・シュトラウスは近代音楽に入るのか?新ウィーン楽派の12音音楽は近代音楽か?現代音楽か?ひとつのモードで縛ることができなくなった20世紀の多様性を、近代音楽、10タイトル... なんて、安直過ぎる!ことは重々承知の上で、そこを、「夏」で乗り切ってしまう。というより、夏を乗り切るための、うな重的な、スタミナ系サウンドというか... こう、ガツンと響いて来る、20世紀、モタニズム!漠然とある、モダンのイメージ頼りで、勢い、セレクションしてしまった10タイトル。並べてみると、まさに近代音楽の一筋縄では行かないあたりが炸裂している?いやもっと他にあるはず!という気もするのだけれど... とにもかくにも、まずは、20世紀、エポック・メーキングとなった、『春の祭典』。やっぱりここから始めたい... ま、夏に聴く近代音楽のセレクションが、"春"の祭典で始めることに、多少、抵抗もあるのだけれど...

歴史と伝統に真っ向勝負を挑んだ、ストラヴィンスキーのバレエ『春の祭典』(Deutsche Grammophon/477 6198)。サロネン+L.A.フィルの演奏で聴くのだけれど... これが、凄い!もはやセンセーショナリズムで語る必要のない、古典としてのモダニズムを、颯爽と鳴らし切って、美しい音楽を展開してしまう21世紀的感覚!このクールさは、普通じゃない... 何より、こういう演奏が可能となった、初演から100年という受容の歴史の重みを、ひしひしと感じてしまう。が、それは、『春の祭典』ばかりでなく、バルトークの管弦楽のための協奏曲(TELARC/CD-80618)で体験させてくれるのが、パーヴォ・ヤルヴィ+シンシナティ響の演奏。バルトークの前に、そのバルトークからインスパイアされたルトスワフスキの管弦楽のための協奏曲も取り上げられるのだけれど。ここで展開されるモダニズムのスタイリッシュさに、目が覚めるよう!そうして、バルトークを聴けば、モダニズムのイメージに捉われない、よりスケールの大きな音楽に呑み込まれ、圧倒される... 20世紀、モダニズムが燦然と輝いていた頃、そして、その輝きが凶器にもなった生々しさを知る、かつての巨匠たちとは違う、21世紀のマエストロたちのアプローチは、ある意味、モダンを解き放つような感覚がある。そして、それを屈託なく成し遂げているのが、オルソップ+サン・パウロ響によるプロコフィエフの5番の交響曲(NAXOS/8.573029)。ソヴィエトのヘヴィーさよりも、ロシア・アヴァンギャルドのカラフルさが活きて... そのカラフルさが、何ともラテンなカラフルさで彩られていて、思い掛けない浮遊感をもたらす。この、20世紀の歴史から離陸した新たなイメージが、新鮮!

さて、近代音楽の名曲が続いたので、少し脇道にそれまして、イタリアの近代音楽の紹介に余念の無い、ノセダ+BBCフィルによる、カゼッラの2番の交響曲(CHANDOS/CHAN 10605)。世界初録音というから、これまで無視されて来た作品と言えるのだろうけれど、いや、何たる聴き応え!モダニズムの泥臭さをたっぷりと堪能させてくれるパワフルな音楽は、21世紀、洗練された過ぎた?モダニズムのイメージを、もう一度、モダニズムらしく、ガツンと楽しませてくれる。一転、モダニズムのカッコよさが炸裂する、イギリスの近代音楽の隠れた逸材、フォウルズの「ダイナミック・トリプティック」(Warner Classics/2564 62999-2)。ドノホーのピアノで、オラモ+バーミンガム市響の演奏で聴くのだけれど。U.K.のポップなセンスは、近代音楽にも見て取れるおもしろさ... そのポップなあたりを、まさにダイナミックに鳴らして、これこそフェス的なノリだと思う...

ここで、折り返し... ということで、モダニズムの塊、アンタイルのバレエ・メカニーク(MDG/645 1404-2)。まさに、マシーン・エイジを象徴する作品。で、それを、機械仕掛けのピアノ、プレイヤー・ピアノで聴くのだけれど、機械の杓子定規だと、そのキテレツさが倍増していて、凄い... さらに、アンタイルばかりでなく、様々なモダニストたちによる、プレイヤー・ピアノのための作品が並び、これがまた凄い... ジャラジャラ、ジャラジャラ、掻き鳴らされるピアノの異様さは、ピアニストが如何に人間的であったかを思い知らされる、強烈サウンド!モダニズムの非人間的な側面が抉り出されるようでもあり、ちょっと恐くなる。しかし、モダニズムの突き抜けたキテレツさは、もうマンガだね... デジタルではなく、機械のユーモラスさは、20世紀だからこその味!

モダニズムというのは、ある種、享楽的なところがあるのかもしれない。女性を締め上げていたコルセットが外されて、シャネルが真新しいデザインで自由な女性像を生み出した頃。あらゆる場面で、コルセットは外され、因習に締めつけられない自由さを謳歌した。もちろん、近代音楽も... 一方で、世の中の気分そのものが、どこか刹那的になって、欲望は増大し、人間はどこか粗暴になって行ったのかもしれない。ポスト・モダンたる現代を生きる我々からすると、モダニズムに酔い痴れた楽観を、苦々しく感じてしまう。が、当時、すでに、そうした世の中に、シニカルな視線を向けていたムーヴメント、新即物主義。が、今、改めてクールに感じてしまう...
モダニズムの狂騒をつぶさに捉えた作品は、どこか現代にも共鳴するところがあって。ハルトマンのブルレスケ・ムジーク(WERGO/WER 6714 2)。ずばり、バーレスク・ミュージック!その確信犯的チープさが生むキッチュの軽快さ!ピリオド出身のマエストロ、グッドウィンの指揮が絶妙に効いて、カイザースラウテルンSWR放送管の演奏もバーレスクに弾んで、素敵!が、その後では、モダニズムのドロドロした闇も描き出し、そのコントラストに、20世紀の真実が浮かび上がるのか... そして、これもまた新即物主義の部類に入るのか?パーカッションが加わる異形の作品、ハースの2番の弦楽四重奏曲、「猿山より」(SUPRAPHON/SU 3877-2)。まず、タイトルがおもしろい!で、パーカッションが加わる終楽章は、「ワイルド・ナイト」なんてタイトルが付けられているものだから、またさらに!そして、音楽もワイルド!パーカッションがキッチュに軽快なリズムを刻んで、盛り上がる!パーヴェル・ハース四重奏団のスパークリングな演奏もあって、弦楽四重奏でこれほどの刺激が体験できるなんて、凄い... そこから、よりお祭り気分を盛り上げる、ミヨーのスカラムーシュ(RCA RED SEAL/88697 178602)!とにかく、モダニズムだ、何だ、関係なく、ただひたすらに陽気に踊るような、あっけらかんとした音楽の数々!そこに、クラリネットの名手、メイエの指揮が、フランスのエスプリを香らせて、リエージュ・フィルが、南仏のカラフルさを鮮やかに彩って、束の間のリゾート気分を味合わせてくれる!

最後は、再び、『春の祭典』に還って... ピアノ・デュオ、ブガッロ&ウィリアムズが弾く、連弾版の『春の祭典』(WERGO/WER 6683 2)。オーケストラでは味わえない軽やかさが、この作品の細やかな魅力を引き出していて。またそこに、ブガッロ&ウィリアムズならではのガーリーなセンスが、ストラヴィンスキーのモダニストとしての鎧をはぎ取るようなところもあって、ポップに弾む音楽がおもしろい!そうしたトーンをさらに強めるのが、『春の祭典』の後に並ぶ、ストラヴィンスキーの擬古典主義の作品の数々。作品の淡々とした表情を、ピアノがよりシャープに斬り込んで、スタイリッシュな音楽を展開して、クール...
さて、『春の祭典』に還って来たところで、当blogで取り上げた、『春の祭典』、5タイトル。

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おそらく、同じ作品を5タイトルも取り上げているのは『春の祭典』くらいなはず... 改めてこの作品の存在の大きさを感じつつ... いや、好きなのだなと... 話しの尽きない作品だなと... で、最も印象に残るのは、先にも取り上げたサロネン盤。なのだけれど、本当に凄いのは、ノット+バンベルク響(TUDOR/TUDOR 7145)による演奏かも... 何と言うか、この名曲をまったく別物に仕上げてしまう、ノットの驚異的なセンスに、未だ、戸惑いすら覚えてしまう。それから、ユースも大健闘!特に、エトヴェシュが指揮した、ユンゲ・ドイチェ・フィル(Budapest Music Center/BMC CD 118)の演奏は、その「若さ」が、不思議な昇華を見せて、新しい次元の演奏を繰り広げるのか... それにしても、作品の強烈な個性に負けず、それぞれに個性的な演奏が登場していることも凄い...

6月、ロマン主義を下って、19世紀の音楽史の流れを、ちょっと丁寧に追ってみたのだけれど、勢い、そのまま20世紀へ突入... いやぁー、世紀を跨いでのギャップに、あっぷあっぷしてしまう。ロマン主義というひとつのモードに集約されていた19世紀から、やがて、新たな動きがフツフツと湧き出して、20世紀は大洪水!歴史や伝統を押し流す、近代音楽の大洪水!で、その洪水の中、慌てて、歴史や伝統をすくい上げ、乗せた小舟が、クラシックというジャンルだったか?「クラシック」で語られる音楽の起源は、それこそグレゴリオ聖歌や、さらにその前段階まで遡ることができるわけだけれど、クラシックそのものの起源は、近代音楽の大洪水によるものなのかも... そんな風に考えると、近代音楽のみならず、クラシックそのものまで生み出した、「20世紀」という世紀は、どの世紀よりも大きな意味を持ち得るのかもしれない。




タグ:20世紀
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