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ウラジーミル・マルティノフ。 [2012]

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2000年にリリースされたクレーメルの秀盤、"SILENCIO"(NONESUCH/7559-79582-2)で知った、ウラジーミル・マルティノフ(b.1946)という存在。クレーメルが奏でる美し過ぎるヴァイオリン・ソロと、それをやさしく包むクレメラータ・ヴァルティカによる懐古的なトーン... これは、いつの時代の音楽なんだ?!と衝撃を受けたマルティノフの"come in!"は、現代音楽にして難解ではない。そして、ひたらすに美しい。あまりの美しさに時代感覚が失われてゆくようで。モーツァルトのようなサウンドで、ロマン派のようなメローさで、マーラーのような厭世感があって、モーツァルトでも、ロマン派でも、マーラーでもない雰囲気が漂って、どこかの時代と結び付けたくなる音楽でありながら、どこの時代とも結び付き得ない不思議さ。音楽史という重力から自由になり、「美しさ」に純粋に向き合った音楽の、妙なる無重力感が、どうしようもないほどに心地よかった。
そして、今、クロノス・クァルテットによるマルティノフ作品集(NONESUCH/7559-79627-9)がリリース。"come in!"から12年越しで聴く、マルティノフ作品に、ちょっと興奮しつつ。その音楽は、期待通りの美しさであって、改めて魅了されることに...

マルティノフは、1946年、モスクワに生まれ、モスクワ音楽院で学んだロシアの作曲家... 今となっては「ロシア」という括りになるわけだけれど、何より、ソヴィエトを生きた作曲家のように感じる。「社会主義リアリズム」という検閲下、西側への関心を燻ぶらせながら、独特の作風を生み出したマルティノフ。本来、自由であるべき創作にとって、ソヴィエトという存在は、極めて忌々しいもの。しかし、体制が強いたプレッシャーと、外界からの隔絶が、思わぬガラパゴスを生み出し、20世紀の「前衛」というモードに囚われない、より多様な感性を引き出したのもソヴィエトであって。現代音楽にあってマルティノフの音楽が新鮮なのは、ソヴィエトという環境があってこそのように感じる。マルティノフに限らず、ショスタコーヴィチにしろ、シュニトケにしろ、グバイドゥーリナにしろ、ペルトやシルヴェストロフにしろ、結果的に、それぞれに我が道を突き進んだことは、まったく興味深い。
さて、マルティノフの音楽なのだけれど... 古い音楽への関心、ロシア正教の聖歌への関心がベースとなっているあたりは、ペルトやシルヴェストロフに似たところがある。何より、"ゲンダイオンガク"の対極にある古風でアンビエントな作風は、癒し系?そういう聴き方には抵抗があるものの、やっぱり抗し難く癒されてしまう音楽であって。クロノス・クァルテットによるマルティノフ作品集、1曲目、"The Beatitudes"は、ロシア正教の聖歌を基に作曲されたとのことだが、シンプルな祈りの音楽のピュアな輝きが放つヘブンリーな感覚に、ノック・アウト... 弦楽四重奏がシンプルなメロディを繰り返し歌い、紡ぎ出される音楽のやさしさ、美しさに、幻惑されてしまう。
続く、2曲目、"Schubert-Quintet (Unfinished)"は、まさしくシューベルト!が、その1楽章(track.2)の、それまでのヘブンリーなやさしさ、美しさをばっさりと断ち切る鮮烈な出だしに、目が覚める思い。そして、シューベルトならではというのか、沈鬱な短いフレーズが繰り返される... それは、まるで、壊れたレコード・プレーヤーで聴くシューベルトの弦楽四重奏曲だろうか?針がなかなか先に進まず、エンドレスに悲劇を見せられるような奇妙な感覚がある。外界から隔絶されていたとはいえ、それとなしソヴィエトにも伝わってしまう、西側の最新のスタイル... マルティノフはアメリカ発のミニマル・ミュージックの影響もあるわけだが、ソヴィエトというフィルターを通したマルティノフ流のミニマルさは、アメリカとは違う、味わいのようなものがあるのか。シューベルトの気分を、ミニマルに器用に組み込んでいて、おもしろい。一方、2楽章(track.3)では、ミニマルな感覚は緩み、緊張が解け、シューベルトのメローさも顔を覗かせて、仄暗さを残しつつ、やっぱりやさしく、美しい、マルティノフ!
最後は、マーラーの「大地の歌」を基にしたという"Der Abschied"(track.4)。不協和音が滲む、不安げな表情に始まって、先の見えない音楽が続く。が、ふとマーラーの美しいメロディが流れ出し... 何だか、不可解な夢を見ているような、そんな感覚にさせられる。そして、その夢からなかなか抜け出せない。それまでの、やさしく、美しい、マルティノフとはまた違ったトーンが覆い、寂寥感が漂う。この"Der Abschied"は、9.11の犠牲者を追悼する作品でもあるのだが、行き場を失ってしまった魂の彷徨を切々と綴るようで、ただならず重い。そして、日本人としては、どこかで3.11を重ねてしまうのか、切なくなるような音楽が続く。
という3作品、しっかりとマルティノフ作品を堪能させてくれたクロノス・クァルテット。ここのところ、多少、気を衒うようなアルバムが多かった彼らだけに、マルティノフ作品集では、そのシンプルな音楽ゆえに、クロノス・クァルテットの弦楽四重奏としての充実したサウンドを再確認させられる。エッジの鋭さと、深みのあるアンサンブル、そこから描き出される鮮烈さ。「弦楽四重奏」という規模だからこそ、より際立つ弦楽の魅力とともに、改めて彼らのすばらしさに感じ入る1枚でもあった。

KRONOS QUARTET MUSIC OF VLADIMIR MARTYNOV

マルティノフ : The Beatitudes
マルティノフ : Schubert-Quintet (Unfinished) *
マルティノフ : Der Abschied

クロノス・クァルテット
デヴィッド・ハリントン(ヴァイオリン)
ジョン・シェルバ(ヴァイオリン)
ハンク・ダット(ヴィオラ)
ジェフェリー・ツァイクラー(チェロ)

ジョーン・ジャンルノー(チェロ) *

NONESUCH/7559-79627-9




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