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ロシアのナポリ人、パイジェッロの喜劇と受難劇。 [2007]

バッハ、ヘンデルが活躍した頃、ヨーロッパ各地へと広がり、ハイドン、モーツァルトが活躍する頃には、ヨーロッパ全域を制覇したナポリ楽派。ヨーロッパの音楽を主導し、ヨーロッパ中の人気を集め、18世紀の音楽史は、ナポリ楽派を中心に動いていたと言っても過言ではない。が、今となっては、完全にバッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトの影に隠れてしまって... ナポリ楽派の影響を受けた側にスポットは当てられ、影響を与えた主の方は、影響を受けた方の周縁として紹介されてしまう21世紀、よくよく考えると妙な感じがする。何より、ヨーロッパの音楽を主導し、ヨーロッパ中の人気を集めただけの魅力は、21世紀の今にだって、十分に訴え掛けて来る!で、それがより増した音楽を聴く... ロシアの女帝、エカチェリーナ2世(在位 : 1762-96)の宮廷でお雇い外国人として宮廷楽長(1776-84)を務めたパイジェッロの、ロシアでの音楽を聴いてみる。
2007年にリリースされた2タイトル、アッティリオ・クレモネージの指揮で、スイス、バーゼルのピリオド・オーケストラ、ラ・チェトラの演奏で、インテルメッゾ『奥様女中』(Zig-Zag Territoires/ZZT 070102)と、ディエゴ・ファゾリス率いる、スイス、ルガーノのピリオド・オーケストラ、イ・バロッキスティの演奏で、神聖劇『イエス・キリストの受難』(cpo/777 257-2)を聴き直す。


ナポリの喜劇の結晶!インテルメッゾ『奥様女中』。

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ヨーロッパ中で人気を集め、フランスではブフォン論争を巻き起こしたペルゴレージのインテルメッゾ『奥様女中』(1733)。半世紀を経て、パイジェッロがリヴァイヴァルしたもうひとつのインテルメッゾ『奥様女中』(1781)を聴くのだけれど... この作品もまた、ヨーロッパ中で人気となり、その死後、伝説となっていたペルゴレージに代わって、パイジェッロの名がヨーロッパを席巻することになった。では、なぜ、それだけの人気を獲得できたのか?そこには、このリヴァイヴァルが生まれた場所が大きく関わっていた。それは、ナポリではなく、ロシア、サンクト・ペテルブルクの郊外、ロシア皇帝の離宮のあったツァールスコエ・セロー... イタリア語を解さないロシアの宮廷の人々の前で、イタリア語で喜劇を繰り広げなければならないという高いハードル!つまり、ガチの音楽勝負... いや、だからこそ、ナポリ楽派としての力がフルに発揮されるという、実に興味深い作品。で、これがインテルメッゾ=幕間劇として繰り広げられるから、さらにハードルは上がる!何というチャレンジャー、パイジェッロ!
歌うのはたった2人!登場人物が少ないのがインテルメッゾ=幕間劇の特徴... 女中に気のあるだんな様(ウベルト)と、だんな様の奥様に納まってしまおうと策を巡らす女中(セルピーナ)の他愛ない駆け引き。なのだけれど、このあまりに他愛ないあたりを、様にする、というのが至難の業。たった2人のオペラは、ひとつひとつのアリア、デュエットが勝負所、まったく隙を許さないわけで、逃げ場が無い... しかし、パイジェッロの音楽は気負うことなく、序曲から、とにかく、ご機嫌!それでいて、ところどころロッシーニを思わせ、ナポリ楽派の先進性をやっぱり感じてしまう。いや、ロッシーニこそ、パイジェッロを起点していたか... で、愛すべき2人、ウベルトとセルピーナが歌うアリア、デュエットは、その瞬間、瞬間がラヴリー!何より、キャッチー!イタリア語を解さないロシア人にも明確にドラマを伝えるため、解り易く、表情豊かで、またウィットに富み、ナポリ楽派の底力を見せつけて来る。さらには、インテルメッゾ=幕間劇ならではのシンプルさが、ドラマの軽妙さを引き立て、2人のやり取りを聴いていると、モーツァルトのオペラ・ブッファが気難しく感じられてしまいそう... そこには、ペルゴレージからパイジェッロへと至るナポリ楽派の半世紀の深化と、ロシアという異国の地で鍛えられたパイジェッロの確かな筆力を見出し、感慨すらある。そうして紡ぎ出されるインテルメッゾ『奥様女中』は、ナポリの喜劇の結晶と言えるのかも...
という結晶を聴かせてくれるのが、女中、セルピーナを歌う、フォルテ(ソプラノ)と、だんな様、ウベルトを歌う、アベーテ(バス)。このコンビが、とにかく絶妙!したたかさも愛嬌にしてしまうフォルテの軽やかな声は、コメディエンヌっぷりを遺憾なく発揮。訳知ったようで、上手いこと騙されているようなおとぼけ感も漂わせるアベーテは、雄弁さと艶っぽさを兼ね備えた見事なバス。でもって、きっちりチープに演じ、名バッソ・ブッフォ(オペラ・ブッファを象徴する、道化の役回りのバス... )っぷりを披露する。いや、もう、それは最高のデコボコ・カップル!で、この2人を軽快に盛り立てる、クレモネージ+ラ・チェトラの歯切れの良い演奏がまた粋で... ナポリの喜劇の直球の魅力は、ちょっと他に変え難い。幕間劇=インテルメッゾならではの即席感、だからこそ弾ける笑い。で、それを、新鮮さを以って繰り広げる2人の歌手に、オーケストラ... パイジェッロも見事だが、ナポリの喜劇をチャキチャキに息衝かせてスパークさせる21世紀の音楽家たちも見事!

Paisiello ・ La Serva Padrona ・ La Cetra

パイジェッロ : インテルメッゾ 『奥様女中』

セルピーナ : チンツィア・フォルテ(ソプラノ)
ウベルト : アントニオ・アベーテ(バス)

アッティリオ・クレモネージ/ラ・チェトラ

Zig-Zag Territoires/ZZT 070102




ナポリの受難劇はオペラ?神聖劇『イエス・キリストの受難』。

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『奥様女中』の2年後、1783年、サンクト・ペテルブルクで初演された神聖劇『イエス・キリストの受難』(カルダーラのために書かれたメタスタージオの台本は、驚くほど多くの作曲家が手掛け、18世紀、最も人気を博した台本と言えるのかも... )。それは、オラトリオと考えていいのだろうけれど、よりドラマティックというか、オペラティック?受難曲とは明らかに異なる、イタリア語の受難劇からは、18世紀の音楽を越えて、19世紀的な雰囲気すら漂い出す。その始まり、序奏の重々しさは、結末を予見するように仄暗く、物悲しく... ロシアの女帝、エカチェリーナ2世の宮廷のための音楽だけに、そこにはロシア好みもあるのかもしれないが、いつものイタリアのトーンとは一味違う重みに、19世紀はすでに表れている気がする。そして、ピエトロが歌う壮大なレチタティーヴォ・アッコンパニャート(伴奏付きレチタティーヴォ)... その描写力に優れた音楽に触れると、ベルリオーズを思い起こさせ... 続く、最初のアリア「この胸のうちで震えているなどと」(disc.1, track.2)の暗いトーンは、ヴェルディすら予感させて、イタリア語を解さなかったロシア人に向けられた音楽の、濃い味付けが、ロマン主義を誘発してしまいそうな展開... ロシアのナポリ人の試行錯誤が、音楽に新たな展開を生むケミストリーが、とても刺激的。
もちろん、ナポリ楽派ならではの輝かしいアリアもあり、ジュゼッペのアリア「荒れ騒ぐ暗い海も」(disc.1, track.10)や、ジョヴァンニのアリア「かのお方はおまえたちのなかへ戻られよう」(disc.2, track.2)は、古典主義の時代ならではの輝きに溢れ、胸空くような爽快感が魅力的。一方で、独特な存在感を見せるのがコーラス... それは、オペラティックとは一線を画す古風なスタイルで歌われ、特に、2部構成の、それぞれの最後で歌われるコーラス(disc.1, track.19/disc.2, track.14)は、オルガン伴奏のみで、ポリフォニックでもあり、この作品が受難劇であることを思い起こさせ、シリアス。また、ロシア聖歌をイメージさせるようなハーモニーも浮かぶようで、一味違う雰囲気を見せて印象的。それまでのオペラティックに、スパイスを効かせる。
さて、この珍しい作品を取り上げた、ファゾリス+イ・バロッキスティの演奏がすばらしい!ここのところは、naïveの"VIVALDI EDITION"での活躍や、Virgin CLASSICSからのヘンデルが印象に残るのだけれど、バロックから時代を下ったパイジェッロ、18世紀後半のレパートリーでもその魅力は光り... 彼らならではの、実直に音楽と向き合って、作品の素の魅力を解き放つようなナチュラルさが、ナポリ楽派の音楽にしっくりと来て、魅力がさらに引き出されて行くよう。そうした演奏に乗って、歌手陣もすばらしく... 特に印象に残るのが、ピエトロを歌うインヴェルニッツィ(ソプラノ)。確かなテクニックと美声で、雄弁に、イエスの第一の使徒を歌い上げ、その瑞々しく力強い姿がとても魅力的。それから、マグダラのマリアを歌うシモーニ(ソプラノ)の、深く豊かな歌声が、どこか悩ましいマグダラのマリアの表情を捉えて、何とも言えず魅惑的。で、第1部、佳境に入っての、この2人が歌う二重唱「耳傾けている、ああ、おまえに耳傾けている」(dusc.1, track.18)のドラマティックな盛り上がりは、インヴェルニッツィの明快さ、シモーニの艶やかさが互いを引き立て合い、圧巻のドラマを織り成す。
しかし、ナポリ楽派とは、歌だなと... またそれが強調されるロシアでのパイジェッロの仕事ぶりであって... 歌で聴かせる受難劇は、聖書の世界に思い掛けないヴィヴィットな情景を創り出し、オペラに負けないドラマティックさで魅了して来る。そのあたりを、自信を持って掘り起こした、ファゾリス+イ・バロッキスティ... その心意気がまたナポリ楽派の音楽を際立たせる!

Paisiello ・ La Passione di Gesù Cristo ・ Fasolis

パイジェッロ : 神聖劇 『イエス・キリストの受難』

ペテロ : ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ)
マグダラのマリア : アッラ・シモーニ(ソプラノ)
ヨハネ : ルカ・ドルドロ(テノール)
アリマタヤのヨセフ : ホセ・ファルディーリャ(バリトン)
スイス・イタリア語放送合唱団
ディエゴ・ファソリス/イ・バロッキスティ

cpo/777 257-2


ヨーロッパ中で旋風を巻き起こしたペルゴレージの『奥様女中』(1733)を、パイジェッロがリヴァイヴァル(1781)してからは、『奥様女中』といえばパイジェッロだった。18世紀、『セヴィーリャの理髪師』(1782)で、ヨーロッパ中の人々を虜にしたパイジェッロだったが、19世紀、ロッシーニが『セヴィーリャの理髪師』(1816)を書いてからは、ロッシーニが取って代わった。19世紀前半、『オテロ』(1816)といえばロッシーニだったが、19世紀後半、ヴェルディが『オテロ』(1887)を書いて以後、今に至るまで、『オテロ』といえばヴェルディだ。リヴァイヴァルの系譜を追うと、新旧の交代と、時代の主役たちのリレーが浮かび上がり、興味深い。




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