驚くべき卒業制作...

ふと、この2ヶ月くらいを振り返ってみると、かなりのピリオド・シフト... ま、そうしたあたりが好きだからではあるのだけれど、こんなにも？！なんて、驚いてみたり。ということで、このあたりで少し気分を変えて、ラフマニノフ。セルゲイ・ラフマニノフ財団もお墨付き、CHANDOSからのジャナンドレア・ノセダと、彼が率いるBBCフィルハーモニックによるラフマニノフ・プロジェクト。交響曲のみならず、なかなか聴く機会の少ないラフマニノフのオペラもしっかりと網羅されて、興味深く... とはいえ、ラフマニノフという存在に、どうも反応が鈍いようでして、気になりながらも、なかなか手に取るまでには至らなかった。が、ラフマニノフのオペラは未体験。やっぱり聴いてみたいかも... と、ノセダ+BBCフィル、ラフマニノフ・プロジェクト、3作目のオペラにして、ラフマニノフ、最初のオペラとなる、『アレコ』(CHANDOS／CHAN 10583)を聴く。

たっぷりと甘く、ロマンティック... どうも、ステレオタイプなラフマニノフが苦手... しかし、ステレオタイプなラフマニノフが、必ずしもその全てでないことは知っているのだよなぁ。とか、呟きながら聴き始める『アレコ』。ラフマニノフの卒業制作だった作品ということで、ステレオタイプが確立される以前の作品。苦手なテイストではないかもしれない。いや、驚く！これが、卒業制作？！まず、そのクウォリティが信じられない... まるでチャイコフスキーのオペラのような、上質なロシア・オペラが見事に繰り広げられる。オペラを書き慣れているような、そんな風格すら感じられて、学生の作品とはとても思えない。またそれが、3日で書き上げられたらしく、さらにさらにびっくり。もちろん、1幕モノ、50分の作品ではあるのだけれど、予想外の充実感を味わうことに...
という、『アレコ』。プーシキンを原作に、ジプシーの世界の痴情のもつれ(なんて、プーシキンの物語を安易に説明してしまって良いものか？とも思うのだけれど... )を描く。となると、ロシア版、ヴェリズモ・オペラのような、そんな印象も受けるのだが、ヴェリズモ・オペラのようにコントラストがきつくなることなく、ロシア的な瑞々しさを響かせながらも、抑えたトーンでドラマを聴かせつつ、スパイスとしてのジプシー・テイストが絶妙。何より、アレコの身の置き場の無いもどかしさ(世捨て人としてジプシーの世界に身を投じたものの、ジプシーの世界では異邦人... )を、巧みに音楽として捉えていて、フィナーレのやるせなさ感などは、卒業制作とは思えない味わいが漂う。それは、まさに、ステレオタイプなラフマニノフが、必ずしもその全てでないことを証明する力作。この作曲家の一筋縄ではいかない魅力を、再確認させられる。
で、その魅力を、見事に引き出したノセダ... このマエストロの才能をも再確認させられる。マリンスキー劇場の首席客演指揮者に抜擢されて、スポットが当たった逸材だけに、ロシア・オペラは得意な分野であるのだろう。が、ノセダによる『アレコ』は、ロシア・オペラのステレオタイプに囚われない、クリアさが印象的。ノセダに導かれたBBCフィルの演奏は、研ぎ澄まされて、ロシア・オペラには場違いなようなクールさを見せる。本当ならば、救いのない物語の、どんよりとした気分を、重く描いて正解なのかもしれないが、スコアを冷徹に見極めて、余計な感情を徹底して削ぎ落とし、アレコの心の動きを繊細に追うことで、雰囲気に流されない、焦燥、そのものを彫り出して見せる。それは、理想と現実に挟まれたプーシキンの焦燥であり、若き作曲家の、その若さならではの鋭敏な感受性が捉えた焦燥であり、芸術家たちの創造の極まりを体感させられるよう。で、聴けば聴くほど、それがジワジワくる。もちろん、主役たる歌手たちもすばらしいパフォーマンスを繰り広げる。イタリア人のマエストロ、イギリスのオーケストラによるロシア・オペラ？という、妙な組合せの、この『アレコ』だが、歌手たちは適材適所... ロシアの歌手たちが、その魅力を如何なく発揮している。

Rachmaninoff　Aleko　BBC Philharmonic　Gianandrea Noseda

■ ラフマニノフ : オペラ 『アレコ』

アレコ : セルゲイ・ムルザエフ(バリトン)
若いジプシー : エフゲニー・アキモフ(テノール)
老ジプシー : ゲンナジー・ベズベンコフ(バス)
ゼムフィーラ : スヴェトラ・ワシレワ(ソプラノ)
ジプシーの老婆 : ナデジダ・ワシリエワ(メッゾ・ソプラノ)

トリノ王立歌劇場合唱団
ジャナンドレア・ノセダ／BBCフィルハーモニック

CHANDOS／CHAN 10583

タグ：19世紀 オペラ ロシア ラフマニノフ