SSブログ

火を吹く、18世紀。 [2009]

21世紀となって10年目、"クラシック"のゼロ年代を振り返って、ふと思うこと... 18世紀のオペラがおもしろくなってきたなと。そこには、定番の19世紀のオペラにはない特殊性をクリアできる、新たなオペラ歌手たちの存在があって... 今となってはあり得ない、"カストラート"のパートをカヴァーする、カウンターテナーやコントラルト(女声に関しては、コントラルトばかりでないが... )たち。ジェンダーを超越してくる声の持ち主であり、何より、18世紀、伝説のスターたちが歌ったという、驚くべき超絶技巧の数々を、軽々と歌いこなす。そして、18世紀、オペラとは、こんなにも刺激的だったのか!?と、驚かせてくれる。
そんな存在... の中でも、さらなる逸材の2人... ヴィヴィカ・ジュノー(メッゾ・ソプラノ)が歌う、ヴィヴァルディのアリア集、"Pyrotechnics"(Virgin CLASSICS/6945730)。フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)が歌う、ヨハン・クリスティアン・バッハのアリア集、"La dolce Fiamma"(Virgin CLASSICS/6945640)。秋にリリースされた、2つのアルバムを聴く。で、驚かされる...


"Pyrotechnics"

6945730.jpg
1010.gif
ファビオ・ビオンディ率いるエウローパ・ガランテ、2006年の来日公演。ヴィヴァルディのオペラ『バジャゼット』で、強烈なインパクトを残したヴィヴィカ・ジュノー(メッゾ・ソプラノ)。録音では、ヤーコプスに見出されての伝説のカストラート、ファリネッリをフィーチャーしたデビュー盤(harmonia mundi FRANCE/HMC 901778)など、彼女の凄さを知ってはいたが、ライヴとなると、彼女は凄まじかった... そして、その凄まじさから歌われる、ヴィヴァルディのオペラのエキサイティングなこと!鮮烈な記憶に。そのジュノー、とうとうヴィヴァルディのアリア集をリリース!それが、"Pyrotechnics(火工術)"。
ところで、火工術って何?ということで、調べてみれば、ほぼ花火と同義。とのこと。で、納得... ジュノーが歌うヴィヴァルディのアリアは、まさに花火だ。それも、オペラの全曲盤ではなく、アリア集... ここぞとばかりに、凄まじい超絶技巧=火工術のアリアが並べられて。次から次へと、驚くべき花火が撃ち上がり、エキサイティング!そんな花火の数々に、聴く側のテンションは上がりっぱなし... 生来のヴィヴァルディの音楽のノリの良さもあって、「クラシック」だから、「バロック」だから、「オペラ」だからと、気難しくなる必要など一切ない、頭ではなく、身体で聴くサウンド。そのクラシック離れした快感が、たまらなく魅力的。で、そんな魅力に、今となっては想像し難いほど、オペラがブームとなったバロック期のヴェネツィアの熱狂を、21世紀にして実感できる。ただただ、圧巻。
しかし、それを実現し得る、恐るべきテクニックには、さらに、さらに驚かされる。これほどまでに超絶でありながら、竹を割ったように、音符のひとつひとつが光を放っていて、怪しいところがまったくない。また、18世紀の超絶技巧には、危なっかしいところがあって、そのあたりがスリリングさを醸すこともあるわけだが、それすらない。とてつもないものを歌い切りながら、あっさりとやってのけてしまう。さらに凄いのは、アリアの繰り返し部分。バロックの伝統に則って、即興的に、さらに装飾的に歌い上げてくる!4曲目、『グリゼルダ』からのアリア(track.4)などは、まったく舌を巻く。圧巻のアジリタが、さらに華麗に、粋に、宙を舞う感覚。単に繰り返す... なんて、ヌルいことは一切してこないジュノーの徹底ぶりに、感服させられるばかり。いや、単に繰り返すだけでも、至難の業であるはずなのに...
そして、忘れてならないのがビオンディ+エウローパ・ガランテ。ジュノーを引き立てて、多少、大人しい?かと思いきや、リズミカルなばかりでない、ヴィヴァルディの音楽を丁寧に捉えて、粋な演奏を聴かせてくれる。その絶妙なサポートっぷりが、よりヴィヴァルディの音楽のクールさを引き出して、クール。カッコいいということは、18世紀も、21世紀も、そう大きく変わらないような気がしてしまう。

PYROTECHNICS: VIVALDI ARIAS
VIVICA GENAUX / FABIO BIONDI


ヴィヴァルディ : オペラ 『ウティカのカトーネ』 RV 705 から "Come in vano il mare irato"
ヴィヴァルディ : オペラ 『セミラーミデ』 RV 733 から "E prigioniero e re"
ヴィヴァルディ : オペラ 『忠実なニンフ』 RV 714 から "Alma oppressa"
ヴィヴァルディ : オペラ 『グリゼルダ』 RV718 から "Agitata da due venti"
ヴィヴァルディ : オペラ 『忠実なニンフ』 RV 714 から "Destin nemico... Destin avaro"
ヴィヴァルディ : 作品不明のオペラ から "Il labbro ti lusinga"
ヴィヴァルディ : オペラ 『イペルメストラ』 RV722 から "Vibro il ferro"
ヴィヴァルディ : オペラ 『ファルナーチェ』 RV711 から
   "No, ch'amar non e fallo in cor guerriero... Quell'usignolo"
ヴィヴァルディ : オペラ 『ティト・マンリオ』 RV778 から "Splender fra'l cieco orror"
ヴィヴァルディ : オペラ 『忠実なロズミーラ』 RV731 から "Vorrei dirti il mio dolore"
ヴィヴァルディ : オペラ 『ウティカのカトーネ』 から "Chi può nelle sventure... Nella foresta"
ヴィヴァルディ : オペラ 『ファルナーチェ』 RV 705 から "Ricordati che sei"
ヴィヴァルディ : 作品不明のオペラ から "Sin nel placido soggiorno"

ヴィヴィカ・ジュノー(メッゾ・ソプラノ)
ファビオ・ビオンディ/エウローパ・ガランテ

Virgin CLASSICS/6945730




"La dolce Fiamma"

6945640.jpgWinL.gif
1010.gif
ファビオ・ビオンディ率いるエウローパ・ガランテ、2006年の来日公演。ヴィヴァルディのオペラ『バジャゼット』で、残念だったことがひとつ... それは、フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)のキャンセル。西欧で話題のカウンターテナーを、ヴィヴァルディのオペラで聴けるとは!と、期待していただけに... しかし、その後、リリースされた、ヴィヴァルディのアリア集(Virgin CLASSICS/3634142)は圧巻で。今や、ヴィヴァルディのみならず、18世紀のオペラに欠かせない存在に。そして、彼の最新盤は、ヨハン・クリスティアン・バッハのオペラ・アリアを取り上げる、"La dolce Fiamma(甘い炎)"。
テンション高めに、ジュノーのヴィヴァルディのアリア集を聴いての、ジャルスキーのヨハン・クリスティアンのアリア集というのは、そのタイトルの通り、甘く... いや、その甘さが、一層、引き立つ!父親世代の「バロック」が、完全に過去となったことを思い知る、18世紀後半、古典派の流麗な音楽。そこに、ジャルスキーならではのクリーミーな、優しげなトーンがあって、何ともスウィート!アルバムのタイトルとなった6曲目、『シリアのアドリアーノ』からのアリア「愛しい人、甘い炎よ」(track.6)などは、まさに甘く、たっぷりと酔わせてくれる。のだが、それにしても、ヨハン・クリスティアンとは!?そのチョイスに驚かされる...
ヨハン・クリスティアン・バッハ(1735-82)。
かの大バッハ(1685-1750)の末っ子で、父の死後は、2番目の兄、カール・フィリップ・エマヌエル(1714-88)に引き取られ、音楽を学び、バッハ家の兄弟たちでは、唯一、イタリアへの留学を果たした存在。で、イタリアの最新モードを身に付けて、やがてロンドンで活躍。「ロンドンのバッハ」として、国際的な名声を得ることに。そこでは、少年モーツァルトとも出会い、バロックから古典派への橋渡しの役割を果たしたとされる。わけだが、"La dolce Fiamma"に収録されたアリアは、どれもモーツァルトを思わせるテイスト... 改めてこの作曲家の、古典派としての存在感を、再確認させられる。
それにしても、イタリア仕込みの堂々たるアリアの数々... そのアリアを、ジャルスキーの、まったく揺るぎのない声で、繊細に捉えてゆけば、魅了されるばかり。また、バロックで聴かせる激情とは異なり、優雅なジャルスキーが映えて、印象的。さらに、ジェレミー・ロレール率いる、フランスのピリオド・オーケストラ、ル・セルクル・ドゥ・ラルモニの好演が光り... このオーケストラならではの活きの良いところを存分に発揮しつつ、ジャルスキーの繊細さに、表情豊かな背景を描き上げ、ドラマティック。実は、膨大なオペラを残している、オペラ作曲家としてのヨハン・クリスティアンの魅力を、フルに楽しませてくれる。
それにして、古典派のオペラは、モーツァルトばかりでない!なんて、強く印象付けてくれるアルバムだ。今や、カウンターテナーの筆頭... と言っても過言ではないジャルスキーが取り上げれば、ヨハン・クリスティアン・バッハのルネサンスも始まる?

JC Bach Philippe Jaroussky La Dolce Fiamma

J.C.バッハ : オペラ 『スキピオの慈悲』 から アリア 「勇士は戦い」
J.C.バッハ : オペラ 『アルタセルセ』 から カヴァティーナ 「どうして死は遅いのか」
J.C.バッハ : コンサート・アリア 「聞いてくれ、行かないでくれ... 私の大切な人に、崇める彼女に」
J.C.バッハ : オペラ 『オルフェオとエウリディーチェ』 から アリア 「その掟を受けます」
J.C.バッハ : オペラ 『シリアのアドリアーノ』 から アリア 「愛しい人、甘い炎よ」
J.C.バッハ : オペラ 『シリアのアドリアーノ』 から アリア 「敵のすべて」
J.C.バッハ : オペラ 『カラッターコ』 から レチタティーヴォ と アリア 「不実な女、カルティスマンドゥアよ!恐怖して」
J.C.バッハ : オペラ 『アルタセルセ』 から
   レチタティーヴォ と アリア 「いいや、運命にはない... 過酷さの海へ水を切って進もうと」
J.C.バッハ : コンサート・アリア 「よろしい、行くように... 私は君を残して行くが」
J.C.バッハ : オペラ 『テミストクレス』 から アリア 「私に去るようにと?」

フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
ジェレミー・ロレール/ル・セルクル・ドゥ・ラルモニ

Virgin CLASSICS/6945640




nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(1) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 2

Sonnenfleck

コメントさせていただくのは初めてかもしれません。いつも楽しく拝見しております。

モーツァルトを知っている僕たちは、現在から振り返ってクリスティアン・バッハを聴いてしまいがちなのでしょうけれども、当時、クリスティアンの音楽を耳にした聴衆の驚きはいかほどであったかと思います。このアルバムを知らなければそれに気づかないままでした。ラルペッジャータのモンテヴェルディを始め、ちゃんとお礼を申し上げねばならない状態です(笑)
今後ともよろしくお願いいたします。
by Sonnenfleck (2010-07-03 19:56) 

genepro6109

コメント、ありがとうございます。

で、初めてでしたっけ?
なんて、思ってしまうのは、"庭は夏の日ざかり"にて、このblogを紹介していただいたからでしょうか... そんなこんなもあって、まことに勝手ながら、いつも親しみをもって、"庭は夏の日ざかり"を覗かせてもらっております。ということで、改めまして、こちらこそよろしくお願いします。
(それにしても、お礼だなんて... かえって、恥ずかしいっす... )

さて、18世紀。多様ですよね。それでいて、まだまだ知らないことがいっぱいで... そんな新しい音楽に触れると、ワクワクしてしまいます。
バロックから古典派へのグラデーションが、たまらなく好きです!
by genepro6109 (2010-07-04 20:03) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 1

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。