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結んで、インスタンブール。 [2009]

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カンテミール?カンテミルオウル?
古楽の、それもヨーロッパから越境して、オリエントとつなぐ(ワールド・ミュージックに片足を突っ込んだ)、刺激的なアルバムで、時折、目にする名前... イラン出身のタバシャン兄弟による異色の古楽アンサンブル、コンスタンティノープルのアルバム、"CARREFOUR de la MÉDITERRANÉE"(ATMA/ACD 22316)。ピリオド・オーケストラ、コンチェルト・ケルンが、半身オリエンタル(?)な古楽アンサンブル、サルバンドとコラボレーションした第2弾、"THE WALTZ - ECSTASY AND MYSTICISM"(ARCHIV/477 5420)。サヴァールが、中近東の音楽家たちを招き、西から東へ、音楽で旅をする"ORIENT - OCCIDENT 1200 - 1700"(ALIA VOX/AV 9848)。その、オリエントの側、トルコの音楽家として登場する、カンテミール?カンテミルオウル?これまで、あまり意識して聴くことはなかったのだけれど(ということで、てっきりトルコの人だとばかり... )、サヴァールが、この音楽家をフィーチャーするというから、俄然、興味を持ってしまう。
一体、この人は、どういう人なの?というあたりから聴く、サヴァールと、彼が率いる古楽アンサンブル、エスペリオンXXIの最新盤、"ISTANBUL - DIMITRIE CANTEMIR"。

ディミトリエ・カンテミール(1673-1723)。
モルダヴィア公(在位 : 1693, 1710-11)だったというから、驚いた!現在のルーマニアの前身で、オスマン・トルコがバルカン半島の全域を支配した時代も、その影響下、国の枠組みを維持したモルダヴィア公国。ディミトリエは、父や兄もモルダヴィア公に選出される(モルダヴィア公国は貴族共和制的な性格をもつ国... )、有力な貴族の家に生まれる。が、当時のオスマン・トルコ、影響下にある国々の有力者のこどもたちは、イスタンブールの宮廷に人質として集められ... ディミトリエは、15歳でインスタンブールの宮廷へ。しかし、そこで、マルチな文化人として才能を開花(で、トルコでの名前が、カンテミルオウル... )。東西の様々な言語を使いこなし、歴史から哲学まで、多くの著作を残す。で、音楽だが... 自らも作曲し、またアラビア文字を使う独特の記譜法を用い、広大なオスマン・トルコの領域にあった様々な音楽を採譜。『文字を使う表記法による音楽書』にまとめた、とのこと。
サヴァールによる最新盤は、カンテミールの作品(track.5)を含む、カンテミールが採譜したオスマン・トルコの音楽を軸に、セファルディの音楽、アルメニアの音楽も盛り込まれ、多民族国家、オスマン・トルコの音楽風景を垣間見せてくれる。また、その多様さに、サヴァールならではの視点があるようにも感じ。宗教、民族の違いを乗り越えて、しなやかに共存(それは、オスマン・トルコ末期に、破られるわけだが... )していた時代の音楽風景... その懐の深いサウンドは、現代人の耳にも、とても心地よい。
とはいえ、紛れもなくオリエンタル!ヨーロッパ出身のカンテミールが採譜、編纂したからと言って、折衷的な音楽が繰り広げられることはない。のだが、何ともマイルド... エスニックさが際立つのではなく、ヨーロッパにはないオリエントのしなやかさで、それぞれに違うテイストを響かせながらも、ナチュラルに結ばれてゆく。このバランス、センス、さすがはサヴァール...
中世ヨーロッパの雰囲気も漂わす、カンテミールのオリジナル(track.5)。独特の素朴さと、エモーショナルな思いを秘めたアルメニアのサウンド。特に、アルメニアのトラッドを代表する楽器、デュデュク(アルメニアのオーボエ?)で演奏されるラメント(track.12)は、印象的。そして、軽やかでメロディアスなセファルディの音楽。時折、滲む、メランコリックさに、ユダヤならではのトーンがあって、惹き込まれる。で、華やかなトルコの音楽... より大きなアンサンブルで繰り広げられるあたりは、宮廷のサウンドか。また、カンテミルオウル手稿譜からの1曲目(track.2)で聴いたメロディが、セファルディの音楽、ばらの茂み(track.3)からも聴こえてきたり。カンテミールが採譜したオリジナルなのか?なかなか興味深い。
さて、そうした音楽の合間には、魅力的な即興演奏が色を添える。トルコ、アルメニア、セファルディ、それぞれのルーツを持つ音楽家たちの、豊かな音楽性がきらめき、聴き入るばかり... そして、この即興演奏が、音楽と音楽をつなぐ大きな役割を果たしていて、しなやかに、オリエンタルなトーンで、アルバムをひとつに結ぶ。で、結ばれたサウンドのクールなこと!
どんなに自身のフィールドからは離れた音楽を取り上げたとしても、難なく引き寄せて、洗練されたサウンドを生み出してしまうサヴァール... "ISTANBUL - DIMITRIE CANTEMIR"でも、やはり、そう。いや、よりサヴァール的に昇華された美しいサウンドが繰り広げられている。彼が率いるエスペリオンXXIのメンバーよりも多い、エスニックな音楽家たちを招きながらも... だ。一方で、カンテミールとサヴァールの、西からの視点というのも、オリエントの音楽に作用しているのか、西とか東とか、下手にラインを引いて物事を考える以前に、ひとつの音楽として、新鮮な魅力を放つ。で、そういう次元へと至らしめた、サヴァールの音楽性に、唸るしかない。さらりと美しく、ただならない1枚だ。

ISTANBUL - DIMITRIE CANTEMIR - JORDI SAVALL
Y. Dalal, D. El Maloumi, K. Erguner, D. Türkan, Y. Tokcan, F. Yarkın,
M. S. Tokaç, H. Güngör, G. Mouradian, G. Minassyan


タクシーム(即興)
作曲者不詳(古代) : マカーム・ウッザル・ウスル・デウリ・ケビール 〔カンテミルオウル手稿譜 118〕
セファラード(トルコ) : 小鳥たち 〔イサーク・レヴィ編 第1巻 59番〕/ばらの茂み 〔イサーク・レヴィ編 第3巻 41番〕
タクシーム(即興)
カンテミルオウル : マカーム・ムハッイェル・ウスル・ムハンメス 〔カンテミルオウル手稿譜 285〕
アルメニア民謡 : 歌と踊り
タクシーム(即興)
ババ・メスト : マカーム・ヒュセイニー・セマーイー 〔カンテミルオウル手稿譜 268〕
セファラード(スミルナ) : 私が知らなかった愛 〔イサーク・レヴィ編 第2巻 80番〕
タクシーム(即興)
作曲者不詳(古代) : マカーム・シューリ・セマーイー 〔カンテミルオウル手稿譜 256〕
アショト(アルメニア) : ラメント
セファラード(トルコ) : 恩寵に満てる聖母 〔イサーク・レヴィ編 第3巻 29番〕
タクシーム(即興)
エディルネ・リ・アフメド : マカーム・(ヒュセイニー・)ウスル・チェンベル 〔カンテミルオウル手稿譜 96〕
サヤト・ノヴァ(アルメニア) : タクシーム(即興) と マカーム
タクシーム(即興)
アリ・ハジェ(アリ・ホジャ) : マカーム・ウッザル・ウスル・ベレウサン 〔カンテミルオウル手稿譜 148〕
セファラード(スミルナ) : 太鼓腹の独り者 〔イサーク・レヴィ編 第2巻 58番〕
タクシーム(即興)
作曲者不詳(古代) : マカーム・ヒュセイニー・サキール・アーア・リザー 〔カンテミルオウル手稿譜 89〕

ジョルディ・サヴァール/エスペリオンXXI、他...

Alia Vox/AVSA 9870

ところで、ディミトリエ・カンテミール... ヴィヴァルディ(1678-1741)と、同世代なのだ。
同じヨーロッパに生まれながら、一方はバロックを極め、もう一方はアラビア文字を基にする記譜法で、多様でしなやかな音楽を編んでいったわけだ。視線を東にずらせば、また違う世界が広がる... って、当たり前の話しなのだけれど、カンテミールとヴィヴァルディ、この2人の名前を並べてみると、何か、とても刺激的な思いがする。同じ時代に、五線譜とは全く異なる方法で、音楽を綴った人がいて、普段の"クラシック"では体験し得ないサウンドを、現代に再現することができて。それをまた、ヴィヴァルディもレパートリーとする音楽家が、取り上げる。"ISTANBUL - DIMITRIE CANTEMIR"のみならず、「音楽」の、異なるものを結ぶ可能性を、何気なく感じさせてくれるサヴァールという存在は、素敵だ。




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