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ドイツ音楽がローカルだった頃、愛しさと美しさ... [2008]

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クラシックといえば、ドイツ―オーストリアである。もちろん、それだけではないのだけれど、やっぱり核となるのはドイツ語圏... しかし、音楽史をつぶさに見つめると、ドイツ語圏は遅れてやって来た存在。ヨーロッパ中に影響を及ぼすようになるのは、19世紀になってから... それまでは、中世期のフランス、ルネサンス期のフランドル、バロック期のイタリアの隣りで、完全にローカルな位置付け。立て続けにやって来る東からの脅威、激烈な宗教戦争と、文化どころではなかったこともあって、なかなかメインストリームに躍り出ることが難しかった背景もあった。が、そうした中でも、ドイツ語圏の音楽は、静かに、じっくりと紡がれ、バロック期には、最新のイタリアの音楽を取り入れつつ、遅れを取り戻しながら、やがて大バッハ(1685-1750)の登場に至る。
というドイツ・バロックの歩みを、声楽作品から俯瞰する... ヨス・ファン・フェルトホーフェン率いる、オランダのピリオド・アンサンブル、ネザーランズ・バッハ・ソサエティの歌と演奏で、シュッツのモテット、ヨハン・クリストフ・バッハ、ベーム、大バッハのカンタータを取り上げる興味深い1枚、"Beloved & Beautiful"(CHANNEL CLASSICS/CCS SA 27308)を聴く。

始まりは、ゲオルグ・ベーム(1661-1733)のカンタータ... そのベームなのだけれど、中部ドイツ、ヘーエンキルヘンに生まれ、オルガニストとして活躍、やがてリューネブルクの宮廷に仕え、その音楽は大バッハにも影響を与えたとのこと... ベームに続いて取り上げられるのが、ベームが師事したハインリヒ・バッハの息子、ヨハン・クリストフ・バッハ(1642-1702)。そう、バッハ一族!でもって、大バッハ以前、最も著名だったバッハ... ハインリヒ・バッハが、大バッハの大叔父にあたるので、ヨハン・クリストフは大バッハの父の従兄となる。何より、ヨハン・クリストフは、大バッハが生まれたアイゼナハの街で、宮廷のチェンバロ奏者として活躍しており、大バッハの父の同僚、幼いヨハン・セバスティアンのとても近い場所にいた人物。そうした、ドイツ・バロックの面々の源とも言える存在、ヴェネツィアへと留学し、新旧、様々なスタイルを持ち帰ったシュッツ(1585-1650)を取り上げて、最後に、その集大成として大バッハ(1685-1750)を取り上げる"Beloved & Beautiful"。なかなか凝った構成で、見事にドイツ・バロックを俯瞰して見せる!そうして浮かび上がる、ローカルな音楽(取り上げる作曲家全てが、中部ドイツ、テューリンゲン地方の出身という興味深さ... )の、ローカルなればこその魅力!
ローカルとはいえ、音楽先進地域、イタリアを意識させられるのか... 大バッハのひと世代上となるベームのカンタータ「私の友は私のもの」... ひとつのテーマを、ちょっと古風なマドリガーレ(多声)のように、あるいはバロック・オペラのアリア(単声)のように歌い紡いで、おもしろい。さらに世代を遡ったヨハン・クリストフ・バッハのカンタータ「愛しい女よ、汝は美しく」(track.2)は、よりオペラティックで、それでいて、どこかフランスっぽさもあり、黎明期のドイツの音楽の折衷的な性格を見出し、感慨深いものがある。一方で、この折衷の、いいとこ取りが魅力となっていて、おもしろい。そこから一気にシュッツに遡ると、まさに古雅なサウンドが繰り広げられる。ヴェネツィア仕込みのコーラ・スペッツァーティ(複合唱)によるモテット「起きよ、我が恋人よ」(track.3, 4)は、ルネサンスからバロックへとうつろう瞬間を捉え、他になくキラキラとして、印象的。ポリフォニーとホモフォニーの間を揺れ動く繊細さと儚さは、どこかロマンティックなのかも... そのあたりにドイツ人気質を感じられ、興味深い。
という具合に、ドイツ・バロックを遡ってからの大バッハ、196番のカンタータ、「主はわれらを御心にとめたまえり」(track.5-9)を最後に聴くのだけれど... そこには、何とも言えない安堵感が広がる。どこか心許無かったドイツ・バロックの歩みが、大バッハに至り、ドイツ・バロックの在り様を明確に発して、力強さを感じる。またそこには、先人たちの記憶である、イタリアから学んだこと、フランスへの憧れが、ひとつに撚られて、瑞々しく響き出し、何とも快い。この196番のカンタータは、1708年、23歳のバッハが作曲した結婚式のための音楽... ということで、晩年の独特なミクロコスモスを繰り広げる音楽とは一線を画し、当世風も聴き取れて、程好くキャッチー。けして派手ではないけれど、23歳の若者が素直に響かせる若々しさに、惹き込まれる。
という、"Beloved & Beautiful"... フェルトホーフェン+ネザーランズ・バッハ・ソサエティならではの、少人数のアンサンブルが生み出す親密さと、そこから紡がれる、しっとりとした表情、時折、浮かぶ、ゾクっとさせられるような艶っぽさ... それが、ドイツ・バロックを遡って、古雅な、より抑制的なサウンドの中で表現されると、ただならない。ローカルなドイツ・バロックに焦点を当てながら、ローカルなればこその、ワンテンポ遅れた時代感、場合によっては野暮ったさを、巧みに味わいに変え、豊潤な香りを引き出すフェルトホーフェンの妙。"Beloved & Beautiful"、「愛しさ」と「美しさ」という、ある意味、生々しい感覚を丁寧に引き立てて、やがて開花するドイツ・ロマン主義を滲ませるようでもあり、魅惑的。

Beloved & Beautiful

ベーム : カンタータ 「私の友は私のもの」
ヨハン・クリストフ・バッハ : カンタータ 「愛しい女よ、汝は美しく」
シュッツ : モテット 「起きよ、我が恋人よ」
ヨハン・セバスティアン・バッハ : カンタータ 第196番 「主はわれらを御心にとめたまえり」 BWV.196

ヨハネッテ・ゾマー(ソプラノ)
マルセル・ビークマン(テノール)
マーク・チャンバース(アルト)
ハリー・ファン・デル・カンプ(バス)
ステファン・マクラウド(バス)
ヨス・ファン・フェルトホーフェン/ネザーランズ・バッハ・ソサエティ

CHANNEL CLASSICS/CCS SA 27308




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