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現代音楽の文化人類学者、ペクの不思議な世界。 [2008]

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戦後「前衛」の時代を知らない世代から見つめる、いわゆる"ゲンダイオンガク"というのは、かなり浮世離れしていて、戸惑いすら覚えるのだけれど、そのひとつひとつを丁寧に見つめると、音楽の新しい可能性に貪欲だった頃の熱気というか、過去をまったく意に介さないアグレッシヴさに、何か痛快なものを感じ、戸惑いつつも、もの凄く新鮮に感じられる。で、今の現代音楽はどうだろう?やたら尖がって、体制に反発するばかりが能ではないとは思うのだけれど、21世紀、過去(それこそ、戦後「前衛」の時代とか... )を振り切って、新しい音楽を打ち立てよう!という、思い切りのようなものが見当たらない気がする。現代音楽は、新しい音楽を生み出すのに、もう少し目立っていいように思うのだけれど... 何というか、少し世間をザワつかせるような、挑戦がなされてもいいように感じるのだけれど... 冷めてしまったか?今、現代音楽の温度感が気になる...
とはいうものの、よくよく見つめれば、おもしろい作品はいろいろある。で、見つけた!今、最も気になるピアニスト、タローが弾く、ということで、その存在を知った、フランスの作曲家、ティエリー・ペク(って、遅過ぎなのか?)。アレクサンドル・タローのピアノで、コンチェルトをメインとした興味深い鍵盤楽器のための作品集(harmonia mundi/HMC 901974)を聴く。

ティエリー・ペク(b.1965)。
多くの作曲家を輩出した、名門、パリ、コンセルヴァトワールで学んだ、現代音楽のエリート... 一方で、世界各地を旅し、フォークロワと向き合い、現代音楽に、脱ヨーロッパ的な感性を持ち込んで、新たな世界を拓こうとするのが、ペクの音楽の特徴だろうか。それは、ガムランに興味を示したドビュッシー、東洋に着目したメシアン、あるいは、民俗音楽研究家、バルトークの系譜とも言えそうな、ステレオタイプの"ゲンダイオンガク"とはまた違ったおもしろさを見出せる。そんな、ペクの鍵盤楽器のための作品を集めたアルバム、最初は、2006年の作品、ピアノとオーケストラのための協奏曲「数え切れない鳥たち」(track.1-4)... ズバリ、バルトークっぽい?と言ってしまうのは、ちょっとぞんざいな気もするのだけれど、システムを拠り所とするような"ゲンダイオンガク"からすると、近代のノスタルジーを感じなくもない... そもそもコンチェルトという、伝統に則った形が、音楽としての流れに、過去を呼び起こすようで... そこに、メシアンっぽいタイトル!いくつものメロディーが鳥のように飛び交うイメージ、で「数え切れない鳥たち」とのことだが、メシアンのようにさえずりに特化するのではなく、何か鳥の群れのような動きを与えることで、音楽がより息衝く。また、その動きの中に、様々な近代音楽の記憶が過るようで、印象的...
さて、ペクらしい... というのか、フォークロワ的な要素をより意識させる、1995年の作品、鍵盤楽器のための小さな本(track.12-16)が、おもしろい!5つの小曲からなる、まさに小さな本といった佇まいで... で、その5つの小曲なのだけれど、ポジティフ・オルガン(track.12)、スピネット(track.13, 16)、クラヴィコード(track.14, 15)という、古い鍵盤楽器が用いられ、何とも密やかで、それぞれに独特な風合いを生み出す。例えば、1曲目、ポジティフ・オルガンによるリチェルカーレI(track.12)... ペクによる飄々とした音楽が、ポジティフ・オルガンのイメージに変化を加え、パンフルートを聴いているような不思議さを見せる。2曲目、スピネット(小型チェンバロ... )による「渦巻き」(track.13)は、スピネットの繊細なサウンドで、ちょっと神経質な音楽を奏でると、古代ギリシアの音楽を思い起こす。3曲目、クラヴィコードによる「カッコウ」(track.14)は、森の奥からリアルなカッコウの声が響いて来るようで、おもしろい風景が広がる。が、後半、楽器が表情を変え、シタールのような響き(クラヴィコードの音色って、そう言えばシタールに似ている?!)が聴こえて来ると、まるでインドのフォークロワ... そこに、またカッコウが鳴き、シュール... 謎めく、4曲目、リチェルカーレII(track.15)が続き、最後は、再びスピネットによる「波紋」(track.16)。で、まさに音の波紋が、ミニマル・ミュージックのように連なり、ちょっとサイケ... という具合に、小さな本の中に創り出された、密やかにして、豊かな世界!このミクロコスモスは、ヤミツキになりそう...
で、印象的なのが、これら古い鍵盤楽器を卒なく弾きこなすタロー... 密やかさの中に、それぞれの楽器の個性を活かし、一音一音に、味わいを生み出すのだから、古楽器でも行けてしまうんじゃないか?とも思ってしまう。いや、実に堂に入った演奏で、ペクのミクロコスモスを手堅く響かせる。もちろん、鍵盤楽器のための小さな本(track.12-16)ばかりでなく、冒頭のピアノとオーケストラのための協奏曲「数え切れない鳥たち」(track.1-4)でも、確固とした演奏を繰り広げていて... 実は、ペク作品の初演者として常連であるタロー。そうして築かれて来た両者の信頼関係が、このアルバムに説得力を生み、ペク・ワールドは、より存在感を際立たせるよう。で、ペク・ワールドを思い掛けなく引き立たせるのが、最後に取り上げられるラモー!
「ラモーの後に、ひとつのサラバンド?」(track.17)という、ラモーを基にしたピアノ作品に続いて、ラモーのサラバンド(track.18)が取り上げられるのだけれど... 極めてヨーロッパ的なラモーのギャラントを最後に聴くと、ペク・ワールドの脱ヨーロッパ感、リアルなプリミティヴがよりインパクトを持つ。一方の、ラモーは、美しく、流麗で、魅了されずにいられない。が、ペクも、ラモーも、音楽に過ぎない... 特別、強調するほどのことでもない... そんなことを思わせる、タローのタッチ。バロックであろうと現代であろうと、ブレないスタンスを見せるマイペースさに感心。こういう姿勢にタローの魅力を強く感じる。

THIERRY PÉCOU L'OISEAU INNUMÉRABLE ALEXANDRE THARAUD

ペク : 数えきれない鳥たち 〔ピアノとオーケストラのための協奏曲〕 *
ペク : 記憶のむこう、変動成分
ペク : 鍵盤楽器のための小さな本
ペク : ラモーの後に、ひとつのサラバンド?
ラモー : サラバンド 『新しいクラヴサンのための組曲』 より

アレクサンドル・タロー(ピアノ/ポジティフ・オルガン/エピネット/クラヴィコード)
アンドレア・キン/アンサンブル・オルケストラル・ドゥ・パリ *

harmonia mundi/HMC 901974




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