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13世紀、ブラバント、驚くべき、愛のパノラマ... [2008]

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「中世」は、あまりに遠く、イメージするのはなかなか難しい...
お伽噺の中に描かれた綺麗なお城や、騎士たちの華麗な出で立ちのカラフルでファンタジックなイメージの一方で、暗黒の時代とも呼ばれる中世。実際はどうだったのだろう?丁寧に歴史を紐解いてみると、安易なイメージでは説明できない多様な世界が浮かび上がる。そうした多様な中世を、音楽から見つめたならば... それも、民俗音楽というフィールドからアプローチすると、どうなるのか?という、異色のアルバム。
13世紀のブラバント(オランダ、ベルギーにまたがる地域... )、神秘家、修道僧、吟遊詩人らによる愛の歌で綴る1枚... 民俗音楽学者、ビョルン・シュメルツァー率いる、異彩を放つ古楽アンサンブル、グランドゥラヴォワによる、"Poissance d'amours"(GLOSSA/GCD P32103)を聴く。

13世紀のブラバント... その「13世紀」、日本は鎌倉時代。ヨーロッパは十字軍の後半戦。そして、日本もヨーロッパもモンゴルの侵攻(東西の、それも両極で、同時展開可能だったモンゴル軍って、凄過ぎ... )を受けた頃。一方、パリのノートルダム大聖堂が100年弱を掛けてやっと完成(1250)。ゴシック・ムーヴメント全盛の頃。音楽史的には、ノートルダム楽派の流れを受け継いだアルス・アンティクアの時代。しかし、このアルス・アンティクアというのが、ノートルダム楽派とマショーらのアルス・ノヴァに挟まれて、目立たない。で、「ブラバント」。そもそもブラバントって、どこ?『ローエングリン』の舞台としてその名前を聞くブラバント... ちょうど、ベルギーの首都、ブリュッセルの周辺とのこと。で、ルネサンス期、全盛を誇ったフランドル楽派のフランドルはそのすぐ西隣り。中世、音楽の中心地として栄えたリエージュが東にあり、最古のミサ曲として知られる「トゥルネーのミサ」の手稿譜を伝えるトゥルネー大聖堂があるトゥルネーは南西に位置し。ぐるっと、古楽の要衝が囲むブラバント。ちょっと俯瞰して見ると、なかなか興味深いのだけれど、これまで"ブラバントの音楽"というものを耳にしたことがない。
となると、それは、とても、とてもマニアック... で、そのマニアックを、さらに、さらに凄い視点から捉えようというシュメルツァー+グランドゥラヴォワ。民俗音楽というフィールドから中世を見つめる"Poissance d'amours"。1曲目、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(は、ひと世紀遡って、ライン川も遡って、13世紀のブラバントではないのだけれど... )のセクエンツァ、女声による美しい歌い出だしを聴いただけで、とんでもなく遠くへとやって来てしまったような感覚に襲われる。それは、中世のイメージの範疇ではあるのだけれど、やはり、現代からすると、中世はあまりに遠い... そこに、強烈なインパクトを放つのが、男声による重低音... というより唸ると言ってもいいくらいの、中世の聖歌なればこそのドローンの異様さ... 「ベルカント」という作法の下にあるクラシックでは、表現し切れないリアル中世に踏み込むグランドゥラヴォワの表現は、「プリミティヴ」であることすら超えてしまっている。ドローンばかりでなく、その上で歌われるメロディも、エスニックに感じられるメリスマを用い、中世のミステリアスさを、一層、濃くする。続く、ブラバントの修道士、ゴスヴィン・デ・ボシュによる2つの聖歌(track.2, 3)は、よりオリエンタルな臭いを放ち、その鮮烈さに耳を奪われる。ドローンは、さらに重量感を増し、そうして生まれる威圧感は、恐ろしいくらい... それは、音楽を聴くというより、何か、巨大なオブジェクトに遭遇してしまったような感覚すらあって。音楽にして音楽以上の強烈な存在感に、戸惑いすら覚えてしまう。が、そこに、その後の音楽が失ってしまった姿を見る思いも。13世紀のブラバントを前に、いつものクラシック(その後の音楽)の美しさが、あまりに装飾的で、表面的なものなのでは?と、考えさせられる。いや、考え過ぎか... けど、それほどのインパクトが...
という聖歌の後で、一転、吟遊詩人=トルヴェールたちの多彩な歌が繰り広げられる"Poissance d'amours"。民俗音楽から捉えられるトルヴェールによる歌の数々は、より存在感が際立つようで。そうして生まれる雰囲気というのは、土着性よりも、「フォーク」(民俗音楽としてのではなく、ボブ・ディランから「神田川」へと広がる... )な気分?いや、それは、間違いなく、13世紀、ブラバントの「フォーク」であって。考えてみると、トルヴェールの姿というのは、20世紀後半におけるフォーク・シンガーの姿に重なるのかもしれない。また、そんな風にイメージできてしまう、シュメルツァーによって息を吹き返す、13世紀、ブラバントの音楽シーンが、とても興味深く、その活き活きとした表情がとにかく魅力的。トルヴェールの歌のひとつひとつを、「古色蒼然」から解き放ち、ナチュラルに歌い紡ぐグランドゥロヴォワの面々。必ずしも民俗音楽化した中世を歌うのではなく、民俗音楽を触媒に、かつての鮮やかな色を取り戻すのか、思い掛けなく魅惑的な歌の数々が繰り広げられる。
そうして、見えて来る、13世紀、ブラバントの、音楽のパノラマ!神への愛、愛しい人への愛、様々な愛が織り成されて、鮮やかに立ち上がる中世像。まるで総天然色とでも言えそうな風景に、圧倒される。いや、「13世紀」、「ブラバント」と、かなり狭い範囲に限定しながらも、そうした枠を凌駕する、13世紀、ブラバントの音楽的な豊かさに驚かされつつ、ただならず魅了されてしまう。

Poissance d'amours Graindelavoix / Björn Schmelzer

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン : O Ecclesia
ゴスヴィン・デ・ボシュ/ヴィレース修道院のグレゴリオ聖歌 : Fuit in Bruxella quidam adolescens
ゴスヴィン・デ・ボシュ/ヴィレース修道院のグレゴリオ聖歌 : Gaude Mater ecclesia
ハデウェイヒ・ヴァン・ブラバント : Ay, in welken soe verbaert die tijt
ハデウェイヒ・ヴァン・ブラバント : Men Mach De Nuwen Tijt
ブラバント公アンリ3世 : Amors m'est u cuer entree
ブラバント公アンリ3世 : Se kascuns del monde savoit
タサン : Chose Tassin 1
カラサウス : N'est pas saiges ki mi torne a folie
作曲者不詳 : Amours dont je sui espris/L'autrier au douz mois d'avril/Chose Tassin 1
ブラバント公アンリ3世/ジルベール・ド・ベルヌヴィル : Biau Gillebert, dites, s'il vos agree
作曲者不詳 : Instrumental piece
作曲者不詳 : De chanter me vient talens/Bien doi boine amor/Chose Tassin 2
ブラバント公アンリ3世 : L'autrier estoie montez
作曲者不詳 : Entre Jehan et Philippet/Nus hom ne puet desiervir/Chose Tassin 3
タサン : Chose Tassin 3
ペラン・ダンジクール : Quant voi le felon tens fine
ジャン・エラール : Je ne cuidai mes chanter
ナザレト修道院のグレゴリオ聖歌 : Propter nimiam caritatem suam
ゴスヴィン・デ・ボシュ/ヴィレース修道院のグレゴリオ聖歌 : Exaltent nomen Domini
ゴスヴィン・デ・ボシュ/ヴィレース修道院のグレゴリオ聖歌 : Gaude Maria filia Syon
ハデウェイヒ・ヴァン・ブラバント : Het sal die tijt ons naken sciere

ビョルン・シュメルツァー/グランドゥラヴォワ

GLOSSA/GCD P32103




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