青髭公なんてこわくない。

暗く、曖昧模糊としたイメージがあるバルトークのオペラ、『青髭公の城』。そのイメージこそが、おどろおどろしく、魅力的なのだろうが、どうも、そうしたあたりに、ぼんやりと苦手意識を持っていて...
そんなスタンスから聴く、マリン・オルソップと、彼女が率いるボーンマス交響楽団の、オペラ『青髭公の城』(NAXOS／8.660928)。そこには、良い意味で、暗く、曖昧模糊としたイメージから抜け出した演奏が展開されていて、驚かされる。間違いなく、あの、謎めく青髭公と、城から逃れることのできないユーディットの、不可思議で陰鬱な物語なのだが、オルソップ+ボーンマス響の演奏は、このオペラへの見方を変えてしまうような、新鮮な息吹を聴かせてくれる。

まず、その瑞々しいサウンド... バルトークの音楽の中に、フランス印象主義の色彩感を見出すようで興味深く。パリを訪れた若きバルトークが、ドビュッシーの音楽に初めて触れ、その影響を受ける... という話しに、合点が行くようで。また、『青髭公... 』の初稿の完成(1911)、9年前に初演された、ドビュッシーのオペラ、『ペレアスとメリザンド』(1902)と、同じ匂いを、どことなしに漂わせていて、この感覚が、とても新鮮で印象的。オルソップの、丁寧な音楽創りが、それぞれの情景を繊細に描き出し、暗く、曖昧模糊とした青髭公の城に、光をふんだんに取り入れ、それまで見えなかった様子を、きれいに浮き上がらせる。そうして見えてくるものは、原作、ペローの、御伽噺のような風合というのか、中世のミニアチュールを眺めるようなイメージもあって、バルトークにして、意外な美しさ、薫りを発している。いや、これほど、響きの美しい作品だったとは... と、ちょっと驚きであったりする。
そんな、オルソップの創り出す、これまでとは一味違う情景に、青髭公を歌う、グスターフ・ベラチェク(バス)、ユーディットを歌う、アンドレア・メラス(ソプラノ)の二人の歌手たちもよく応え。特に、ベラチェク(バス)の青髭公は、とても魅力的で。怪しげではあっても、けして怪物になることも、若い娘を捕らえる老獪な厭らしさもなく。ユーディットでなくとも、うっかり付いて行ってしまいそうな、そんな瑞々しさを見せる。このあたりに、オルソップの、女性からの視点があるのだろうか？青髭公とユーディットに、繊細な、人間的な表情を、ナチュラルに創り出し、『青髭公... 』を取り巻いていた、これまでの、どこか観念的なイメージは薄れ、よりドラマティックな流れが、小気味良く。ミステリアスな短編映画でも見るような、そんな現代的なセンスもあり(プロローグの語りがカットされているのも、そういう点で、効果的？)。象徴的なものからは逃れられないオペラだが、その象徴性だけで押し切ることのない仕上がりは、このオペラに新たな輝きをもたらしている。
そして、聴かせどころ、第五の扉！広大な、青髭公の領地が広がるシーン(track.8)では、ミニアチュールから、いきなりフルハイヴィジョンになったような迫力があって、そのギャップに、カタルシスすら感じてしまう。

さて、NAXOSで、じわりじわりと存在感を増しつつあるオルソップ体制、ボーンマス響(オルソップに至っては、看板指揮者の一人にまでなりつつあるわけで... )。2002年以来、すばらしいリレーションシップを築いてきたわけだが、今シーズンを以って、オルソップは首席指揮者のポストから離れる。が、この『青髭公... 』を聴くと、彼らの培ってきたものの大きさを知り、惜しくも感じ... 明晰さの中に、薫りを施すような、オルソップの巧みさ、センスと、それをしっかりと音にしていく、ボーンマス響の繊細にして豊かな響き。その抜群の相性から繰り出されるサウンドは、さらなる深化を聴いてみたかったような。
ややもすると、かつての、ラトル体制、バーミンガム市響のような、大きな飛躍が、その先にあったかもしれないようにも思えて...

Bartók: Bluebeard's Castle

■ バルトーク : オペラ 『青髭公の城』 Op.11 Sz.48

青髭公 : グスターフ・ベラチェク(バス)
ユーディット : アンドレア・メラス(メッゾ・ソプラノ)
マリン・オルソップ／ボーンマス交響楽団

NAXOS／8.660928

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