自由自在に、ラフマニノフ... [2008]
ラフマニノフというと、どうしても強烈なイメージがある。甘く、ロマンティックで...
逢びき?旅愁?七年目の浮気?(って、そういう世代ではまったくないのだけれど... )というのか、最もグラマラスな映画音楽の響き?もちろん、映画よりも先に音楽があるわけだけれど。スーパー・メロドラマちっくな、強烈なイメージ... それこそが、この作曲家の人気の基だろう。けど、どうもそうしたイメージに振り回されて、なかなか近づき難い作曲家のように、個人的には思って来た。が、近頃、そういった距離感に揺らぎを感じ始めている。よくよく聴いてみると、スーパー・メロドラマちっくなイメージを、裏切ってくれるのも、ラフマニノフだったりする。
ロシア・アヴァンギャルドが席巻し、アメリカ発のジャズが持て囃され... そうした時代にありながら、それらの対岸にあったラフマニノフ。しかし、作曲家自身が大西洋を渡ったように、ラフマニノフの音楽も、どこかで、もう一方の岸へと渡ろうとするセンスを見せるのか。そんなラフマニノフが、今、気になる。
というところで、ロシア出身の注目のピアニスト、アレクサンドル・メルニコフが弾く、ラフマニノフの『音の絵』、第2集を中心とした新譜(harmonia mundi/HMC 901978)を聴く。
前作にあたる、harmonia mundi FRANCEの新進演奏家を発掘するシリーズ、"LES NOUVEAUX MUSICIENS"で、スクリャービン(harmonia mundi FRANCE/HMN 911914)を弾き、そのすばらしいバランス感覚が生み出す、とびっきりの瑞々しさに、大いに魅了されてしまったのだけれど。そんなスクリャービンの後でのラフマニノフとなれば、期待せずにはいられなかった... そして、期待に違わぬラフマニノフ!『音の絵』、第2集(track.1-9)に始まり、ブリロヴァのソプラノで、6つの歌曲(track.10-15)を取り上げ、最後は、コレッリの主題による変奏曲(track.17)。選曲からして、ヴァラエティに富み、巧みにラフマニノフのイメージをばらけさせるようで、そのあたりに、メルニコフのセンスを感じさせるアルバム。
その1曲目、『音の絵』、第2集が、特にすばらしく... 作品本来の、練習曲としてのテクニカルな面を軽々とクリアして、自由自在に音を繰り出してくるあたりが、気持ちいいくらいに、痛快で。そうした痛快さが、「ラフマニノフ」という雰囲気に流されない音楽を展開して、どことなくドビュッシーにつながるような響きも見出すのか... その、より感覚的な、センシティヴさ、ナイーヴさを見せるラフマニノフが新鮮かつ、印象的... あるいは、同級生、スクリャービンを思わせる象徴主義的な気分が、随所に潜み... 時には、一回り下になる、プロコフィエフのようなモダンでスリリングな様相も... メルニコフの自由自在さが、ラフマニノフという作曲家を取り巻いていた、当時の多様な音楽の匂いを、思い掛けなくナチュラルに漂わせてしまう。トラッドなもの、アヴァンギャルドなもの、ロシア的なもの、そうではないもの、あらゆるものを呼び起こし、力強さと繊細さを伴って、9つからなる音の絵を、次々に描き上げる。弾くというより、まさに描かれる『音の絵』。そんなメルニコフのタッチを追っていると、次第にピアノという楽器の形を忘れ、まさに「絵」そのもののようにも思えて... 練習曲という枠、あるいはラフマニノフという存在すら越えてしまう、よりイマジネーションを掻き立てる、ヴィヴィットなサウンドに、魅了されずにはいられない。
メルニコフの演奏には、どこか、ピアノでありながら、ピアノというメカニズムに縛られない、より自由な感覚があるように思う。理知的であるよりも、滾々と湧き上がるイメジネーションに、素直に身をゆだね、さらに作品そのものに融け込んで生み出されるサウンド... とでも言おうか、音楽との一体感がただならない。そうして、作品を、瑞々しく甦らせる。甦らせたところから、さらに研ぎ澄まされてゆく感覚もあって。行き着く先は、スコアを突き抜けた、有機的な音の組織... 彼の紡ぎ出す音、そこにある感覚は、なかなか興味深い。
さて、このアルバム、もちろん『音の絵』ばかりではなく... 6つの歌曲、コレッリの主題による変奏曲と、それぞれに味のある、かつ違う味の作品も聴きどころ。6つの歌曲(track.10-15)では、ロシア情緒豊かに、ラフマニノフのイメージを裏切らない、ロマンティックに包まれて... ブリロヴァのクラッシーな声と、ロシア語のどこかクリーミーに響く語感がまろやかに融け合い印象的。メルニコフのピアノも、もちろん美しく、ソロとは違う、伴奏でもまた聴かせてくれる。続く、コレッリの主題による変奏曲(track.16)では、イタリアのバロック、それも"フォリア"という、熱を帯びたテーマが、アルバムの最後でスパイスを効かせる。が、それがヴァリエーションとなった時、どこか、ロシアの、冷たく荒涼とした風景が広がるようで... そうしたあたりに、故郷を離れたラフマニノフの心象が浮かび上がるのか。次々に繰り出されるヴァリエーションは、やがて切なさを帯びて、グっと迫って来る。
という3曲。改めてラフマニノフという存在を見つめ直せたような気がする。そして、メルニコフというピアニスト!安易にイメージに染まらず、安易にイメージを避けず、自由自在に弾きこなし、ラフマニノフという存在を呑み込んでしまうのか、彼の音楽性の底知れなさに、感服...
RACHMANINOV ETUDES-TABLEAUX ALEXANDER MELNIKOV
■ ラフマニノフ : 練習曲集 『音の絵』 第2集 Op.39
■ ラフマニノフ : 6つの歌曲 Op.38 *
■ ラフマニノフ : コレッリの主題による変奏曲 Op.42
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)
エレナ・ブリロヴァ(ソプラノ) *
harmonia mundi/HMC 901978
■ ラフマニノフ : 練習曲集 『音の絵』 第2集 Op.39
■ ラフマニノフ : 6つの歌曲 Op.38 *
■ ラフマニノフ : コレッリの主題による変奏曲 Op.42
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)
エレナ・ブリロヴァ(ソプラノ) *
harmonia mundi/HMC 901978
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