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ファリネッリが、メタスタージオが、羽ばたいた、セレナータ。 [2005]

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例えば、18世紀の音楽ファンに、18世紀の作曲家といえば?と問うたなら、どう答えるだろう?やっぱり、バッハ?いやいやいや、バッハって誰?なんてことも大いにあり得る。あるいは、カール・フィリップ・エマヌエル?ヨハン・クリスティアン?なんて聞き返されてしまうかもしれない。そう、18世紀当時、我々の知る大バッハよりも、その次男、ハンブルクのバッハ、カール・フィリップ・エマヌエル、その末の弟、ロンドンのバッハ、ヨハン・クリスティアンの方が、格段に知られていた史実... 21世紀と18世紀、この3世紀の隔たりが、それぞれに持つイメージに、どれほどのギャップを生み出しているのか、とても興味深いものを感じる。そして、18世紀の音楽ファンが、きっと名前を挙げるだろう面々が、ナポリ楽派!とにかく、18世紀は、ナポリ楽派の時代だった...
ということで、ナポリ楽派の貴重な場面を切り取る、実に興味深いアルバム。ファン・バウティスタ・オテーロ率いる、スペインのピリオド・オーケストラ、レアル・コンパーニャ・オペラ・デ・カマラの演奏、ロバート・イクスパート(カウンターテナー)、オルガ・ビターチ(ソプラノ)、ベトサベー・アース(ソプラノ)の歌で、ポルポラのセレナータ『オルランド』(K617/K617177)を聴く。

ヘンデルのライヴァルとして知られるナポリ楽派の巨匠、ポルポラ(1686-1768)。このポルポラが、まだロンドンに渡る前、1720年、ナポリのカラッチオーロ・ディ・トレッラ宮で上演した、神聖ローマ皇帝、カール6世の皇后、エリーザベト・クリスティーネの誕生日を祝うためのセレナータ『アンジェリカ』。普段は、まったく顧みられない... というより、この録音に出会うまで、まったく知らなかった作品なのだけれど、よくよく見れば、これは重要な作品なのかも... まず、伝説のカストラート、ファリネッリ(1705-82)がこの作品でデビュー!ポルポラの教え子でもあるファリネッリは、当時、15歳。まさに、ここから、ヨーロッパ中を虜にして行くわけだ(が、ここで聴くオテーロによる改訂版では、ファリネッリがデビューした役、ティルシはカットされてしまっている... 残念... )。そして、台本を書いたのが、18世紀のオペラ・セリアには欠かせない詩人、メタスタージオ(1698-1782)。で、この作品が、メタスタージオにとってもデビュー作だったとのこと... ファリネッリ、メタスタージオ、という、18世紀のオペラのアイコンが、同じ作品で世に出たということが、とても興味深い。何より、ナポリの層の厚さに驚かされる。
さて、ここで聴くのは、オテーロの改訂によるもの。それは、物語のオリジナル、アリオストの『オルランド・フリオーソ』に基づき、『オルランド』として取り上げる。というのは、この音楽がセレナータ(王侯貴族の祝賀行事のために書かれたプライヴェートなオペラ... )だからか... やはり、皇后の誕生日を祝うための機会音楽、今、改めて取り上げるには、改訂が必要だったのだろう。しかし、ナポリのセレヴが集うパーティーの雰囲気は、そこはかとなしに広がり、これがまた何とも上品。スター・カストラートが、前のめりで歌いまくるのではない、丁寧に、それでいて、じっくりと歌を聴かせる音楽は、劇場の緊張感とは一線を画し、より音楽を味わえるようで、惹き込まれる。で、このより音楽を味わう、という感覚が、ナポリ楽派ならではの音楽性かなと... 派手さは無いけれど、滔々と歌われるアリアは、どれも魅力的で、物語が佳境を迎える前、メドーロとアンジェリカが、それぞれ思いを寄せながらも、結ばれることのない切なさを歌うアリアは、はぁー、ため息が出てしまう。チェロのオブリガードを伴い、切々と、それでいて何か諦めにも似た平安が広がるメロディーがただただ美しい、メドーロのアリア(disc.2, track.20)。続く、木管楽器のリピエーノとオーケストラがやさしげに対話する中を、夢見るように穏やかなメロディーを歌う、アンジェリカのアリア(disc.2, track.22)。何だか時が止まるような感覚を覚えてしまう。バロックから大きく前進しているわけではないのだけれど、この美しさは、間違いなく新しい時代の到来を告げるかのような...
このポルポラのセレナータの7年後、同じ物語を扱ったオペラ、ヴェネツィアで初演されたヴィヴァルディの『オルランド・フリオーソ』(1727)、さらにその5年後、ロンドンで初演されたヘンデルの『オルランド』(1733)を思い起こせば、ポルポラの音楽のやわらかさには、間違いなく、ポスト・バロックのロココのギャラントな気分が漂い... また、最後、オルランドが恋に狂ってしまう場面、レチタティーヴォ・アッコンパニャート(disc.2, track.23)で畳上げて来る展開は、グルックの疾風怒濤を思わせて、このセレナータの最後に楔を打ち込むようなインパクトを放つ。歌に魅了されて来たところで、ドラマティックさを繰り出し、あっと言わせる、おもしろさ。そんな風にまとめて来たオテーロ... セレナータ=機会音楽を、21世紀にどう魅力的に蘇らせるか?巧みな手腕を見せるのだけれど、機会音楽を、あられもなく繰り広げてしまうというのも、おもしろかった気もする。
で、オテーロ率いるスペインのピリオド・オーケストラ、レアル・コンパーニャ・オペラ・デ・カマラの演奏が、何とも魅惑的!ピリオド楽器ならではの滋味に溢れるサウンドを大切に、鋭い演奏で競い合うような近頃のピリオド界隈から距離を置く、どこかほのぼのとしたトーンで、ナポリ楽派のセレナータの雰囲気を絶妙に引き出す。そんな演奏に乗って、しっとりと歌い上げてくれる3人の歌手たち... イクスパート(カウンターテナー)のどこか影を帯びるような歌声は、嫉妬に狂うオルランドを絶妙に捉え... そのオルランドに目を付けられたカップル、アンジェリカを歌うアース(ソプラノ)と、メドーロを歌うピターチ(ソプラノ)は、それぞれに愛らしく、ポルポラの流麗なメロディーを香らせるように歌い、その美しさを引き立てる。

Nicola Porpora Orlando ou le délire

ポルポラ : セレナータ 『オルランド』

オルランド : ロバート・イクスパート(カウンターテナー)
メドーロ : オルガ・ピターチ(ソプラノ)
アンジェリカ : ベトサベー・アース(ソプラノ)

ファン・バウティスタ・オテーロ/レアル・コンパーニャ・オペラ・デ・カマラ

K617/K617177




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