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人類の音楽の記憶を探る"EARLY MUSIC"、クロノス・クァルテット... [before 2005]

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にわかに、ミニマル・ミュージックについて見つめてみて、考えさせられる、1月。前回、ほぼ半世紀前、日本に到達したミニマリズムの波に乗って、がむしゃらにピアノを掻き鳴らした佐藤聰明に圧倒され... 前々回、ミニマル・ミュージックが出現して半世紀を経たライヒの近作の、その洗練された響きに、新たな次元へと上昇した"ミニマル"を意識し... そうした音楽を体験して、それらの前に取り上げたの響きを振り返れば、そこにもまた"ミニマル"を見出せるのかも... いや、ミニマル・ミュージックの、「ミニマル」という言葉の意味に囚われない可能性というか、広がり、深さに、今さらながらに感じ入ってしまう。感じ入って、ふと思う。ミニマル・ミュージックの"ミニマル"には、より根源的なものを感じるのかなと... 単に、西洋音楽史の断捨離の結果ではなくて、ジャンル、さらには文明の垣根をも越えて、音楽における根源的な感覚が、そこに籠められている気がする。で、その根源的な感覚を、さらに探るために、時代を遡ってみる。音楽が"ミニマル"でしかなかった、古い時代へ...
現代音楽のスペシャリスト集団、クロノス・クァルテットが、大胆に時代を遡り、古楽と向き合い、さらに古楽の影響を受けた現代作品、期せずして古楽に共鳴する様々な音楽を並べた意欲作、"EARLY MUSIC"(NONESUCH/7559-79457-2)を聴く。

弦楽四重奏という、西洋音楽が至った最もシンプルにして絶対的な編成に、古楽の、作為の無いシンプルさを落し込んだら、どうなるのか?というのが、"EARLY MUSIC"における大いなる実験。時代を遡っても、そこはクロノス・クァルテットであって、古楽にして実験音楽なのだと思う。始まりは、中世末を代表する作曲家、マショー(1300-77)、ノートルダム・ミサからのキリエで、イギリスのルネサンスの作曲家、タイ(1505-73)によるイン・ノミネ(聖歌、「汝、聖三位一体に栄光あれ」をテーマにした器楽曲... )、「ラファエルの嘆き」(track.2)が続く... いや、実にヴァラエティに富んだ古楽が取り上げられる。最も時代を遡るのが、9世紀のビザンツの修道女、カッシア(810-867)、続いて、中世のミューズ、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)、ゴシック期、ノートルダム楽派を代表する作曲家、ペロタン(1180-1225)と、しっかりと古楽の要所を押さえながら、ルネサンス末のダウランド(1563-1626)、バロックのパーセル(1659-95)と、驚くべき幅で展開。
いや、本当に凄い幅... 古楽からすれば、大雑把過ぎるように思うのだけれど、それをやり切ってしまうクロノス・クァルテット。まず、1曲目、マショー(1300-77)のキリエから、じわっとイニシエが響き出す。何より、本来、歌われる音楽を、弦楽四重奏(マショーはハーモニウムが加わる... )で聴くという、独特さ!いや、弦楽四重奏のクラシカルな響きが、かえって中世の音楽の古風さを強調するようで、おもしろい。一方で、弦楽四重奏という整えられた編成による率直さが、マショーの、中世末のアヴァンギャルド、ルネサンスを迎える前の未だ整わないポリフォニーの覚束なさを露わにし、足元がフラフラするような感覚も覚える。いや、ミサ曲の祈りの言葉が剥がされて、中世からルネサンスへとうつろう過渡期の音楽の未熟さが、ありのままに示されてしまう。が、その未熟さにこそ愛情を傾けるクロノス・クァルテット。いつもの、現代作品を鋭く捉えるのとは一味違う?祈りの言葉を乗せていただろうひとつひとつの音符を、その記憶を探るように温もりを以って奏でていて、味わい深い。古楽とは一線を画す、クロノス・クァルテットの"EARLY MUSIC"。今、改めて触れてみれば、こういう音楽との向き合い方もあるのかと、新鮮な思いがする。かつ、クロノス・クァルテットならではの実験精神が、刺激的でもあって...
ポリフォニーが花開き始めたゴシック期、ペロタンの「地上の全ての国々は」(track.14)の、シンプルでキャッチーなフレーズが、次々に織り成されて行く姿は、ミニマル・ミュージックのよう。そのたゆたうような感覚は、サイケデリックな時代と共鳴するようで、おもしろい。一方、ヒルデガルトの「おお、賢き美徳」(track.17)の、滔々と歌われるメロディーの、何と雄弁なこと!弦楽器の艶やかな表情が、ヒルデガルトが得た啓示(神秘家、ヒルデガルトは、作曲したのではなく、天からのメロディーを受け取っていた... )を、ロマンティックに醸し出して、中世という時代を忘れさせるような世界を見せてくれる(やっぱり、天からのメロディーだったか?)。一方で、しっかりとしたポリフォニーを聴かせるタイのイン・ノミネ(track.2, 19)は、対位法の萌芽を見せてくれるようで興味深く... パーセルのファンタジア(track.16)では、洗練された対位法が充実した響き(には、中国の民俗楽器、中胡、阮が加わっているから、おもしろい!いや、驚くほど東西の響きが融け合って、不思議... )を生み出して、クラシカル!その輝かしさに触れれば、"EARLY MUSIC"に収められた他の音楽の特異さが引き立つ。
で、"EARLY MUSIC"の特異さを象徴するのが、フェイク古楽?疑似中世とも言えそうなペルトの詩篇(track.5)はまだしも、現代音楽のアウト・ロー、パーチによる、古代ギリシア音階による2つの練習曲(track.6)などは、突き抜けている... パーチらしい、ふざけてんのか?!と、突っ込みを入れたくなってしまう、飄々とした音楽(なーんか、日本っぽい。けど、古代ギリシアの音楽も、日本の民謡に似ているのだよね... )を繰り出して... そうした流れに連なる、ケージの作品(track.8, 13)。さらに、異才中の異才、ストリートから現代音楽にやって来たムーンドックの作品(track.12)。そして、現代音楽から民俗音楽をカヴァーする、ラム(track.3)、ボディ(track.7)の作品。民俗音楽そのもの(track.10, 18)もあって、クロノス・クァルテットが定義する"EARLY MUSIC"は、単に古楽なのではなく、人類にとっての古い音楽の記憶?それは、アール・ブリュットに通じるような、メイン・ストリームから逸脱することで、純粋性に迫ろうとするのか?つまり、"ミニマル"か...
時代やジャンルに関係無く、というより、ごった煮のように混ぜ込んで、聴き手を撹乱するような素振り(疑似古代ギリシアとか... )も見せつつ、シンプルな音楽を、味わい深く、時に飄々と綴って行く、クロノス・クァルテット。ごった煮のようで、ひとつひとつの素材を、思いの外、大切に奏でるのも印象的。下手に統一感を出そうとせず、サポート・メンバーの色(ハーモニウムだったり、バグパイプだったり、ハープだったり... )も借り、ひとつひとつの作品に丁寧に寄り添いながら、全ての作品から、絶妙に旨味を引き出す。その旨味が、やがて不思議なスープを作り出し、"EARLY MUSIC"を、音楽史から浮き上がらせ、より大きな世界を聴かせてしまう魔法。普段、古楽とはまったく違うフィールドにいるからこそできる魔法... さすが、百戦錬磨のクロノス・クァルテット、何だって様にしてしまう。でもって、様にできてしまう確かな技術、音楽性に、改めて感服。"EARLY MUSIC"と、焦点を絞りながら、圧倒的な広がりを楽しませてくれる。

KRONOS QUARTET EARLY MUSIC

マショー : キリエ I *
タイ : イン・ノミネ 「ラファエルの嘆き」
ラム : ビファンズ・マッツによるロング・ダンス *
ダウランド : 古風なラクリメ *
ペルト : 詩篇
パーチ : 古代ギリシア音階による2つの練習曲
ボディ : ロング・ゲー
ケージ : 先祖のトーテム
マショー : キリエ II *
伝承曲(スウェーデン) : エスタからの花嫁介添人 *
カッシア : 背教の暴君を主の手先として
ムーンドック : シンクロニティ 第2番 *
ケージ : クォドリベット 〔4つのパートによる弦楽四重奏曲 から 4楽章〕
ペロタン : 地上のすべての国々は
マショー : キリエ III *
パーセル : 4声のファンタジア 第2番
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン : おお、賢き美徳
伝承曲(モンゴル、トゥバ) : ウレグ-ケーム *
タイ : イン・ノミネ 「さらばわが愛しき人よ、永遠に
シュニトケ : あらゆる歌詞に悲しみが満ちている歌曲選集


クロノス・クァルテット
デイヴィッド・ハリントン(ヴァイオリン)
ジョン・シャーバ(ヴァイオリン)
ハンク・ダット(ヴィオラ)
ジョーン・ジャンルノー(チェロ)

マルヤ・ムトゥル(ハーモニウム) *
ディヴィッド・ラム(バグパイプ) *
マン・ウ(中胡、阮) *
オロフ・ヨハンソン(ニッケルハルパ) *
ジュディス・ハーマン(ドラム) *
フンフルトゥ(トゥバの民族音楽グループ) *

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