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日本、ミニマル・ミュージックの日の出、溢れ出す佐藤聰明の世界... [2009]

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「ミニマル・ミュージック」という言葉を、至極当たり前のように使っているし、そこに手堅いイメージを持っているのだけれど、改めてミニマル・ミュージックの歩みを辿ってみると、そのイメージは揺らぎ、何より「ミニマル・ミュージック」という言葉に齟齬を感じてしまう。実験音楽として始まって、すぐさまサイケデリックな音楽へと変貌を遂げ、その後、時代が移ろえば、古典的なスタイルにも柔軟な姿勢を見せ、一方で、巧みにテクノロジーを取り入れ、時に映像とも結び付き、もはやマキシマム!今となっては、何を以ってミニマルだったのか、不思議な感じがする。いや、ひとつの潮流を捉える時、ひとつの言葉で説明付けることが、そもそも無理がある。例えば、「バロック」。圧倒的なステレオタイプが存在するわけだが、オペラ誕生に始まるバロックの音楽の歩みをつぶさに追ってみれば、とてもじゃないけれどひとつのイメージで括ることなどできないし、何より、びっくりするほどの広がりがある。これは、まさに、ミニマル・ミュージックにも言えること... そして、その広がりの先に、日本もあった!
ということで、日本、現代音楽の異才、佐藤聰明がブレイクを果たすピアノ作品、リタニア、鏡、太陽讃歌(ALM RECORDS/ALCD 11)を、作曲者の演奏による伝説的な録音で聴く。いや、そのミニマリズムに、そこはかとなしに日本性が窺えて、興味深い...

ミニマル・ミュージックは、ある意味、西洋音楽史における断捨離... まさに、ミニマリズム!なのだけれど、ミニマル・ミュージックを開花させた大家たちが、どうやってミニマル・ミュージックへと辿り着き、大きく花開かせたかをつぶさに探って行くと、単に"ミニマル"とは言い切れない、興味深い広がりが見えて来る。ミニマル・ミュージックの端緒とされるラ・モンテ・ヤング(b.1935)は、ジャズに親しんだ後、シェーンベルク門下のレナード・スタイン(1916-2004)について作曲を学び、音列音楽の延長線上にミニマリズムを模索した。その過程では、グレゴリオ聖歌といったシンプルな中世の音楽や、旋回舞踊で知られるトルコのスーフィズムにもインスパイアされ、なかなか興味深い... そのラ・モンテ・ヤングに感化され、ミニマル・ミュージックの世界へと踏み出すライリー(b.1935)は、ラ・モンテ・ヤングとともに、インド古典音楽の歌手、プラン・ナート(1918-96)に師事している。また、グラス(b.1937)は、名教師、ナディア・ブーランジェ(1887-1979)に学ぶため、パリに留学した時、インドのシタール奏者、ラヴィ・シャンカル(1920-2012)のアシスタントを務め、やはりインドの音楽から多大な影響を受けている。そして、ライヒ... 1970年、アフリカを旅し、そこで触れた西洋とは異なるリズムに大いに刺激を受けることとなる。つまり、ミニマル・ミュージックには、古今東西、様々な感性が流れ込んでいて、それらが凝縮しての"ミニマル"(何だか、ブラック・ホールみたい?)だというから、おもしろい!いや、文明の垣根を越えた広がりが、あの"ミニマル"の中に存在していると思うと凄く刺激的!ならば、日本との親和性も、あるはず...
ということで、日本におけるミニマル・ミュージックの草分けとなった佐藤の作品、1973年に作曲されたリタニア(track.1)と、太陽讃歌(track.3)、1975年に作曲された鏡(track.2)を聴くのだけれど、まず、そのサウンドの存在感に圧倒される!いや、この3曲を体験してしまうと、アメリカの大家たちの作品が、随分とフワフワ(場合によっては、パヤパヤ... )したものに思えるほど... 1曲目、リタニアの、延々と続くピアノのトレモロの力強さは、轟音とともに滝が流れ落ちる様を間近で見せられるようで、凄い。一概には言えないけれど、日本の現代音楽(例えば武満作品や、細川作品... )には、どこか日本の自然が反映されているように感じるのだけれど、佐藤のリタニアにも、ミニマル・ミュージックにして、そうしたイメージが浮かぶ。深い山間を分け入って出くわす瀑布!神々しいほどのダイナミズムに吸い込まれそう... で、後半、ますます激しくなって起こるモアレのうねりは、太鼓でも聴いているような感覚にもなり、ただならない。続く2曲目、鏡(track.2)は、一転、実に静かな作品。まるで、ウィンド・チャイムが風に揺られて鳴るように、訥々と奏でられるピアノ... 雪解けの頃、軒から滴るしずくを物憂げに見つめるような、何とも言えない透明感。そして、詩情。アメリカのミニマリズムにはあり得ない感触に、心を鷲掴みにされる。機械のように音を刻むのではない、大いに揺らぎを含む佐藤作品(ミニマルというよりクラスターである事実... )。なればこそ、自然が喚起されるのか... そのナチュラルな居住いに、癒されてしまう。
最後、3曲目、太陽讃歌(track.3)、ピアノの打鍵は、トレモロからパルスとなり、本家、アメリカのミニマリズムに近付く素振りを見せる。が、太陽讃歌のタイトルそのままに、一日の太陽の様子を映像的に捉えるようであり、あるいは、観測衛星が宇宙を遠く旅し、太陽を間近で観察するようでもあり、じわじわと壮大!何より、フレーズを繰り返すミニマル・ミュージックとは一線を画すドラマティックさを生み出して、グイグイ惹き込まれる。そのドラマティックを生み出すのが、揺らめくように移ろう和音の動き... どこかが織り成す音楽に似て、突き抜けたスケール感を創出する。邦楽に包まれて育ったという佐藤(祖母は三絃の師匠で、母は藤間流、日舞の師範... )だけに、邦楽からの影響(本人は否定しているようだけれど... )というのか、和楽器の語法を思わせるものを、太陽讃歌の中に見出せる気もする。何より、有機的に織り成されて行く在り方に日本性を感じてしまう。構築的であるべきミニマル・ミュージックを、有機的に響かせてしまう... そうすることで、より壮大なドラマティシズムを生み出す妙。ピアノ一台のはずが、オーケストラによる交響詩に匹敵する聴き応えがある。
で、そういう聴き応えを生む、作曲者自身による演奏が凄い!作曲者の手に留まっているからこそ、作品が生まれた時の熱を維持できていて、なればこそ雄弁で、饒舌で、聴き手をより作曲者の世界へと引き込んで来る。また、その録音(1976)が、驚くべきものだった!西村朗対話集『作曲家がゆく』で読んだのだけれど、作曲者のアパートで、そこにあったアップライト・ピアノで録音。「とんでもない音が今からします、レコーディングしますので」と、隣近所に謝りを入れてから録音したらしい... まさに伝説だわ。てか、録音自体がミニマル!だけれど、この向こう見ずが、間違い無く勢いを生んでいて、恵まれたスタジオで録音されたのでは生まれ得ない、生々しさというのか、何か神懸かり的なものが聴こえて来る帰来もあり、ただ音楽を聴くだけでない魅力を感じてしまう。いや、小さなアパートの一室で、一心不乱にピアノを掻き鳴らし、創出される壮大!ドラマティック!すでに、そこに、物語が存在していて、背景も含めて、魅了。

佐藤聰明 太陽讃歌

佐藤 聰明 : リタニア
佐藤 聰明 : 鏡
佐藤 聰明 : 太陽讃歌

佐藤 聰明(ピアノ)

ALM RECORDS/ALCD 11




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