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ラヴェル、その色彩を辿って、印象主義の向こうに見える風景... [before 2005]

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グレゴリオ聖歌の精製以来、音楽史は、常に大きな流れを作って来た。が、20世紀に入って、流れは一気に細分化、様々な個性が炸裂する事態に... こうしたあたりが、近代音楽、現代音楽を、より解り難いものとしているように感じる(もちろん、事実、解り難い音楽もあるのだけれど... )。追い切れないほどの、際立った個性が、バラバラと散らばっていて、聴く者の許容量を越えて存在するのが、20世紀の音楽かなと... とは言うものの、散らばった個性を、ひとつひとつ見つめれば、同時代としてのつながり、あるいは作曲家たちのナショナリティに籠められた音楽におけるDNAを見出し、それらを新たな視点でマッピングすると、興味深い「20世紀」のパースペクティヴが浮かび上がる。例えば、アメリカのミニマル・ミュージックのサイケデリックに通じる、戦後のメシアンのカラフルさ... また、メシアンのカラフルさには、色彩に対するフランス音楽の伝統も見出せて...
さて、サイケデリックなライリーからのアメリカのメシアンに続いて、フランス音楽を少し遡り、ラヴェル。一見、突飛にも感じられるメシアンのカラフルさだけれど、それはすでにラヴェルの音楽の中に生まれていたように思う... そんな色彩を求めて、アレクサンドル・タローが弾く、ラヴェルのピアノ作品全集(harmonia mundi FRANCE/HMC 901811)を聴いてみる。

フランス音楽を特徴付けるものというと、やっぱり色彩かなと... で、それを際立たせているのが、印象主義の音楽だよなと... 一方で、印象主義の音楽が、全て同じトーンかというと、違う。ドビュッシー(1862-1918)と、ラヴェル(1875-1937)に代表されるフランスの印象主義。ワグネリアンから出発したドビュッシーの印象主義には、ドイツ音楽を思わせる瑞々しい青を感じ、スペイン国境近くで生まれ、バスクにルーツを持つラヴェルの音楽には、よりカラフルで、どことなしに赤をイメージさせる。というのも、ちょっと安易で、実際は、もっと複雑な印象を受けるのだけれど... どこか、色で語りたくなってしまう、印象主義の音楽。で、色に対する鋭いセンスを持ったフランス人の感覚は、印象主義に始まったことではなく、ロココや、ルネサンスへと遡っても感じられるもので、メシアンに至っては、炸裂しているわけだ。そんなメシアンの炸裂を準備したのが、ラヴェルだったのではないか?改めて、ラヴェルのピアノ作品全集を聴いてみると、そんなことを感じる。フランス人としての色に対する鋭敏さがあって、バスク人であった母越しに窺うフランスの外の色、母だけではない、世界中の音楽への興味、そして、印象主義の先輩、ドビュッシーへの憧れ、ドビュッシーも影響を受けたロシア音楽への関心、ラヴェルの音楽に渦巻く色は、エキゾティックなトーンを孕んで、フランスにして、より広がりを持ったパレットを見出せるように感じる。
そんなラヴェルの色を、すっきりと引き立てて来るタローなのだけれど... ここで聴くピアノ作品全集は、2003年の録音。だからか、今となってはベテランの余裕を見せるタローとは少し趣を異にし、若さゆえのこだわりが窺えて、それこそが、このラヴェルのピアノ作品全集を特別なものにしている。独特なニュートラルさを持つ、タローの音楽性。そうして捉えられる、ラヴェルの音楽。ややもすると、雰囲気に流されがちなフランスの印象主義の音楽だけれど、そうしたあたりを断ち切って、ありのままを響かせようとする若きタローのタッチは、ラヴェルの音符を少し低い温度で捉えて、全体からひんやりとしたものを漂わせる。いや、現代っ子感覚を感じさせる、絶妙に醒めた演奏に、2枚組、全てが、冷静に響き、ラヴェルという作曲家の全体像を淡々と刻む。何より、一音一音がクリアに切り出され、初めてラヴェルの繊細な色、より多くの色に触れることができた思いがする。これまで蓄積して来たラヴェルらしさを切り離し、ニュートラルにスコアを追うことで、ラヴェル本来の多彩さが露わになるという、おもしろさ!澄んだ響きの中にこそ、引き立つ色彩に新鮮さを覚え、その色彩に、メシアンの炸裂も含めて、フランス音楽の様々な場面が呼び覚まされ、ラヴェルの音の中に、フランス音楽が辿ったストーリーが見えて来るよう。若きタローの現代っ子感覚が、それとなしに引き出してしまう、ラヴェルの豊かさに惹き込まれる。
そうした中で、特に印象に残るのが『夜のガスパール』(disc.1, track.2-4)。ラヴェルのピアノ作品の代表的な作品のひとつで、ルイ・ベルトランの幻想的な詩に基づいて作曲されているだけに、雰囲気の濃い作品... だけれど、若きタローは、そういう背景にお構いなし。我が道を貫いて、一音一音を磨き上げて行くよう。すると、盛り込みがちな詩情が落され、響きが織り成す数々の色が前面に浮かび上がり、その美しさ、おもしろさに魅了されることに... また、ピアニストにとって難曲で知られる作品だけれど、そうしたあたりを、一切、気取られない、しれーっとしたタッチが効いていて、後から振り返って、凄い!となる。で、そのしれーっとしたあたりに、仄かに詩情を落とし込むさじ加減... ラヴェルの魅力である色で存分に楽しませておきながら、さり気なく詩情でもって薫らせるズルさ。こういうしたたかさは、『高雅にして感傷的なワルツ』(disc.1, track.6-13)のセンチメンタリズムで、より引き立つのか... 色を躍らせるかと思うと、ちょっとB級感を漂わせるメローさをも見せてしまうラヴェル。その、わずかにチープなあたりをそのまま弾いて、ポップに聴かせる妙。定番の「亡き王女のためのパヴァーヌ」(disc.1, track.17)などが、瑞々しく響き出す。一方で、モダニズムを予感する『鏡』(disc.2, track.2-6)、擬古典主義を思わせる『クープランの墓』(disc.2, track.11-16)と、ラヴェルの可能性を明晰に引き出し、印象主義に留まらないその音楽の興味深さを、さらりと示す。

RAVEL ・ Intégrale de l'œuvre pour piano ・ ALEXANDRE THARAUD

ラヴェル : シャブリエ風に
ラヴェル : 夜のガスパール
ラヴェル : 前奏曲
ラヴェル : 高雅で感傷的なワルツ
ラヴェル : ソナチネ
ラヴェル : 亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル : パレード

ラヴェル : メヌエット 嬰ハ短調
ラヴェル : 鏡
ラヴェル : 古風なメヌエット
ラヴェル : 水の戯れ
ラヴェル : グロテスクなセレナード
ラヴェル : ハイドンの名によるメヌエット
ラヴェル : クープランの墓
ラヴェル : ボロディン風に

アレクサンドル・タロー(ピアノ)

harmonia mundi FRANCE/HMC 901811




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