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18世紀、それはナポリの世紀、オペラ・ブッファ! [before 2005]

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さて、ナポリ楽派を特徴付けるもののひとつに、喜劇的なオペラがある。
ギリシア悲劇の復活として誕生したオペラは、基本、悲劇。とはいえ、悲劇の中にも、いろいろ喜劇的な要素があって、妙に盛りだくさんに展開されていたのが、バロック前半のオペラ。今となっては悲劇と喜劇の線引きなんて当たり前だけれど、バロック前半のオペラでは、そうではなかった... その未分化な状態から、どんな風に喜劇的なオペラが生み出されたのか?そこが、おもしろかったりする。そして、ナポリでは、2つのケースが生まれた。ひとつは、悲劇から喜劇を、幕間劇=インテルメッツォとして抽出(って、まるで遠心分離器に掛けるみたいに、丁寧に分けて行ったナポリのオペラ・シーンの往時の在り様が本当におもしろい!)。もうひとつは、ギリシア悲劇の復活というハイ・カルチャーなオペラの廉価版としての、庶民向けオペラ。
というのが、お馴染み、オペラ・ブッファ!で、その初期の作品を追う。アントニオ・フローリオが率いていた、カペラ・デ・トゥルキニの演奏、ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ)らの歌で、ラティッラのオペラ『偽りの女中』(OPUS 111/OPS 30-275)を聴く。

18世紀、ナポリの人口は、ロンドン、パリに次いで、ヨーロッパで3番目の規模だった。ナポリ楽派の発展には、それだけ多くの聴衆を抱えていた、都市としてのキャパシティもあったのだろう。そして、当然ながら人口の大部分を占めたのが庶民、庶民向けオペラが誕生するのは当然の成り行き。18世紀に入って間もなく、ナポリ方言による喜劇的なオペラが上演されるようになる。それは、オペラ・セリアの仕事を得られなかった二流の作曲家たちの音楽(時には流行歌あり、パスティッチョのように様々な作曲家の歌が混在... )と、宮廷に出入りするような詩人たちではない弁護士たちが書いたという台本(弁護士だけではなかったらしいけれど... ちなみに、メタスタージオはナポリで弁護士をしていた!)による、まさに廉価版。が、ギリシア悲劇に端を発するオペラ・セリア、やんごとなき入り組んだ神話の物語への対抗意識もあり、弁護士たちが書いた台本はリアリストっぷりを発揮、ナポリ方言によるナポリの日常を切り取った簡潔な喜劇に、ナポリっ子たちは喝采を送る。という廉価版の成功が、オペラ・セリアを書くナポリ楽派の中心メンバーにもその作曲を促し、庶民向けオペラは、一気に深化を遂げる。そうして次々に書かれたオペラ・ブッファは、オペラ・セリアと並び、ナポリ楽派の顔となって行った。
で、オペラ・ブッファがヨーロッパへ波及しようという時代に活躍したのが、ここで聴く『偽りの小間使い』の作曲者、ラティッラ(1711-88)。南イタリア、アドリア海に面した港町、バーリに生まれたラティッラは、ナポリのサンタ・マリア・ディ・ロレート音楽院を経て、1732年、『やむをえず夫にされた男たち』で、ナポリのオペラ・シーンにデビュー。オペラ・ブッファの作曲家として歩み出すと間もなくナポリ以外の劇場からもオファーを受け... そうして、1738年、ローマで上演された『偽りの小間使い』(前年にナポリで、『ジスモンド』というタイトルで初演されている... )が大ヒット!1749年にはロンドンで、1752年にはパリでも上演され、ラティッラは国際的にブレイク。いやー、わかる... ファリネッリが歌ったアリアをたっぷり聴いての、ラティッラのオペラ・ブッファは、その軽やかさ、気の置け無さがより映えて、何とも言えず魅力的。まるで会話をするかのような弾むレチタティーヴォからして惹き込まれ、活き活きと歌われるアリア、重唱は、オペラ・セリアにはないキャッチーさがたまらなく、この感覚が、当時、とても新鮮だったのだろう... で、その音楽には、モーツァルトへと至る道筋がしっかりと感じられ、まさにポスト・バロック、ナポリ楽派の先進性を再確認。1幕の幕切れの三重唱(disc.1, track.15)、コミカルに歌い合う姿は、ロッシーニすら予感させるものがあって、ナポリ楽派にその後のイタリア・オペラの源流を見出せるよう。
そんな、未来をも感じさせる音楽に彩られたストーリーは、オペラ・ブッファらしいコミカルさでいっぱい!フィレンツェからやって来たやもめ、パンクラツィオが、ドン・カラスキオーネの娘、エロスミナとの結婚を目論むのだけれど、エロスミナにはジョコンドという恋人がいて... 危険を感じたジョコンドは、女装し、アレッサンドラと名乗り、パンクラツィオの屋敷に小間使いとして潜り込む。これが偽りの小間使い... で、この偽りの小間使い、アレッサンドラに、ドン・カラスキオーネの弟、フィリンドが恋してしまい、さあ大変!ズボン役、ジョコンドが、女装するという、性の錯綜。飄々とジェンダーを越境してしまう、ある種の自由さは、まさに18世紀の気分であり... また、パンクラツィオのバッソ・ブッフォ=道化役のバス歌手のクソ野郎なあたり、オペラ・ブッファのお約束であって... まだまだ歴史は浅かったはずだけれど、もうすっかりオペラ・ブッファとして、輝きを放っている!
そんな輝きを、見事に捉えるフローリオ、カペラ・デ・トゥルキニ。モーツァルトらが活躍する半世紀前のオペラ・ブッファの、少し隙があるようなあたりを、巧みに活きの良さで埋めて、庶民向けオペラの砕けた雰囲気を絶妙に響かせる!この、軽やかにして息衝く感覚に、18世紀のナポリの庶民感覚を追体験するようで、印象的。そんな演奏に乗って、歌手たちも表情豊かに、オペラ・ブッファの楽しさをナチュラルに引き出していて、素敵。で、ひと癖もふた癖もある面々が、いい味を出しつつ、丁々発止のやり取りを繰り広げ、アンサンブルとしても充実したところを聴かせる。そうして浮かび上がる、スター・カストラートによるオペラ・セリアとはまた一味違うナポリ楽派の魅力。いや、オペラ・ブッファも欠かせない。

LATILLA LA FINTA CAMERIERA ANTONIO FLORIO

ラティッラ : オペラ 『偽りの小間使い』

ジョコンド : ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ)
ベッティーナ : チンツィア・リッツォーネ(ソプラノ)
エロスミナ : マリア・エルコラノ(ソプラノ)
ドリナ : ジュゼッペ・デ・ヴィットーリオ(テノール)
フィリンド : フランチェスコ・ルッソ・エルモッリ(メッゾ・ソプラノ)
モスキーノ : ステファノ・ディ・フライア(テノール)
ドン・カラスキオーネ : ジュゼッペ・ナヴィーリョ(バリトン)
パンクラツィオ : ピエール・ティリオン・ヴァレ(バス)

アントニオ・フローリオ/カペラ・デ・トゥルキニ

harmonia mundi/HMU 807553




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