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古き良きアメリカを詰め込んだ、アイヴズの独特な音楽世界を旅する。 [before 2005]

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ラテン・アメリカ世界の多様な音楽を聴いて、アメリカの音楽を聴いてみると、それぞれの個性をより強く意識させられる。そして、西洋音楽が大西洋を渡り、故地を離れ変容して行く様に、とても興味深いものを感じた。一方で、ラテン・アメリカ世界と、アメリカの違いもくっきりと浮かび上がる。例えばバロック期... 独自の発展を見せたラテン・アメリカ世界に対して、アメリカは植民が本格化したばかりであって、その音楽は大きく後れを取っていた。が、その「後れ」が、やがてアメリカの音楽の独特な発展を促したようにも感じる。良い意味でヨーロッパの歴史、伝統というプレッシャーから解き放たれていて、西洋的でありながら、西洋音楽におけるニュー・フロンティアとして、実験を試みる余地を大きく残し得たのがアメリカだったのかもしれない。
そんな、アメリカにおける実験の祖とも言える存在に注目してみようと思う。マイケル・ティルソン・トーマス率いる、サン・フランシスコ交響楽団、同合唱団らによる、アイヴズの作品集、"AN AMERICAN JOURNEY"(RCA RED SEAL/09026-63703-2)を聴く。

チャールズ・アイヴズ(1874-1954)。
ラフマニノフのひとつ年下で、ラヴェルのひとつ年上... という見方をすると、アイヴズがどういう時代を生きたかがよくわかる。けど、ラフマニノフやラヴェルの音楽が彩る音楽史の大きな流れに、アイヴズの音楽は納まらない。ヨーロッパではない、アメリカという場所で育まれたその音楽は、まったく独特なものと言える。ならば、その独特さはどこから来たのか?軍楽隊の指揮者を務めていたアイヴズの父は、音楽で様々な実験(多調性や、平均律を壊すなど... )を試みていたらしい。そこで生まれた奇妙な音に接し成長したアイヴズ少年。やがて、イェール大学で作曲を学び、きちんとした西洋音楽も習得したアイヴズだが、音楽に対して自由な発想を持っていた父の影響は、アイヴズの音楽をモードから解き放ち、独自の道を貫く興味深い頑固さを生み出した。
そして、おもしろいのが、その頑固さを維持できた環境だ... アイヴズは大学卒業後、保険会社に就職(1898)。やがて友人と新たな保険会社を起業(1907)、ビジネスマンとして大成功するのだけれど、作曲に関しては、日曜大工ならぬ、日曜作曲といった状況に甘んじていた。が、音楽シーンから切り離された場所で、完全な自己完結による作曲が、後のアメリカ音楽に大きな刺激を与える先進的な音楽を生み出すことになる。父から受け継いだ実験精神と、生まれ育ったコネティカットの小さな街で聴こえていた懐かしいサウンドが入り混じる、奇妙で、不思議な感触を生むその音楽... 音楽史の大きな流れから外れることで、音楽の新しい地平を切り拓くに至った興味深さ... このことは、アイヴズに限らず、アメリカ音楽に総じて言えるように感じる。で、そのアイヴズの音楽を聴いてみるのだけれど... マイケル・ティルソン・トーマス(以後、MTT... )+サン・フランシスコ響のアルバム、"AN AMERICAN JOURNEY"は、まさにアメリカン・ジャーニー!アメリカの風景がいっぱいに詰まっている。
ハンプソン(バリトン)が歌う歌曲に、サン・フランシスコ響の合唱団が歌う合唱曲には、アメリカのトラッドや讃美歌の引用が様々に盛り込まれ、時には流行歌のようなトーンや、ミュージカルのような表情も見せて、まるで懐かしいスナップで溢れるアルバムを捲るような感覚がある。が、一枚一枚のスナップをよくよく見つめると調子外れなところがあって... それでいて、それらが整理の付いていないような錯綜したイメージをもたらし、聴く者を眩惑する。どこかで聴いたようなメロディーも次から次と登場して、あっちに行ったりこっちに行ったり... MTTも意図的にそういう作品を詰め込んでいて、代表作を並べて綺麗にまとめるなんてことは一切せず、アイヴズのありのままを鮮やかに繰り広げて、かえってその神髄に迫る絶妙さ!一方で、1曲目、1901年に作曲された「尖塔から山々から」の鮮烈なる抽象性!20世紀の最初の年に、これほどの抽象を音楽で成し得た作曲家が他にいただろうか?さらに、アルバムの最後を締める、1908年に作曲された「答えのない問い」(track.17)の抽象性に漂うアンビエントさ... 半世紀も先にあるフェルドマンを思い起こす雰囲気に、ただただ驚かされるばかり。
というアイヴズの音楽を、その全体像を捉える秀逸な視点を以って聴かせてくれたMTT... オーケストラ作品にこだわらず、自らピアノを弾き、歌曲も取り上げるフレキシブルさもあって、アイヴズの一筋縄では行かない独特な音楽世界をより際立たせる。一方で、その演奏は見事に明晰なもので... MTTならではのクリアな音楽作りが、アイヴズの音楽を整理し、すっきりとしたサウンドを紡ぎ出す。ニュー・イングランドの3つの場所(track.7-9)などは、こんなにも素直に響くもの?!と、驚かされるほど... また、そうしたイメージを生み出し得る、サン・フランシスコ響の機能性の高さ!アイヴズの複雑なスコアを隅々まできっちりと捉えて響き出す、アメリカ音楽のヨーロッパには無い瑞々しさ!さすがはMTT+サン・フランシスコ響。そこに、実に表情豊かに、活き活きと歌い上げるサン・フランシスコ響の合唱団と、サン・フランシスコ・ガールズ・コラース。いつもながら、男前のバリトンで魅了するハンプソンと、歌声も鮮やか!アイヴズのおもしろさを余すことなく聴かせてくれる。そんな演奏、歌声があって、改めてアイヴズの音楽の独特さに魅了されてしまう。

CHARLES IVES AN AMERICAN JOURNEY
THOMAS HAMPSON SAN FRANCISCO SYMPHONY MICHAEL TILSON THOMAS

アイヴズ : 尖塔から山々から
アイヴズ : 割れの先祖が愛したもの *
アイヴズ : 池(追想) *
アイヴズ : 思い出 *
アイヴズ : チャーリー・ラトレイジ 〔J.A.ロマックスが採取したカウボーイ・ソング 「D.J.オマリー」 より〕 *
アイヴズ : サーカス・バンド **
アイヴズ : オーケストラ・セット 第1番 「ニュー・イングランドの3つの場所」 *
アイヴズ : フランダースの野では *
アイヴズ : 彼らはそこに! *
アイヴズ : トムが船出する *
アイヴズ : 交響曲 第4番 から 第3楽章 フーガ
アイヴズ : 詩篇 100番 *
アイヴズ : 平穏 *
アイヴズ : ウィリアム・ブース将軍、天国へ入る **
アイヴズ : 答えのない問い *

トーマス・ハンプソン(バリトン) *
サン・フランシスコ・ガールズ・コーラス *
サン・フランシスコ交響楽団合唱団 *
グレン・フィチャール(トランペット) *
マイケル・ティルソン・トーマス(ピアノ)/サン・フランシスコ交響楽団

RCA RED SEAL/09026-63703-2




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