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1728年、ロンドン、バラッド・オペラの嵐! [before 2005]

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ピューリタン革命に始まるキリスト教原理主義の共和政(1649-60)が音楽を弾圧したことで、オペラ受容が遅れたイギリスだったが、英語によるセミ・オペラを地均しに、本場、イタリア・オペラがロンドンでも上演されるようになると、18世紀、一気にオペラ文化が開花する。そこにやって来た、若きヘンデル。出資の問題で劇場の経営が悪化。劇場が閉鎖される事態があったものの、1719年、ボノンチーニ、ヘンデルらを作曲家に、イタリア・オペラを本格的に上演する団体、王立音楽アカデミー(国王を筆頭に、有力な貴族、音楽好きの富豪たちが出資する株式会社... )が設立され、1720年に最初のシーズンが開幕。以後、セネジーノ、クッツォーニ、ボルドーニら、イタリアのスターたちを擁して、ロンドンの音楽シーンにイタリア・オペラ旋風を巻き起こす。が、やがて、ロンドンっ子たちは、イタリア・オペラに飽き始める。そこに登場したのが、英語による歌芝居、バラッド・オペラ!
ということで、1728年、ロンドンに一大ブームを巻き起こしたバラッド・オペラ『ベガーズ・オペラ』に注目... ジェレミー・バーロウ率いるブロードサイド・バンドの演奏、パトリシア・クエッラ(ソプラノ)、ポール・エリオット(テノール)の歌で、バラッド・オペラの実像を見つめる"THE BEGGAR'S OPERA Original songs & airs"(harmonia mundi FRANCE/HMA 1951071)を聴く。

ジョージ2世の戴冠式の音楽を手掛ける栄誉にあずかり、新国王の即位を祝うオペラ『リッカルド・プリモ』を成功させ、輝かしいばかりのヘンデルの1727年だったが、年が明けると、事態は暗転する。B級?劇作家、ジョン・ゲイ(1685-1723)の書いた『ベガーズ・オペラ』が、1728年1月29日、リンカーンズ・イン・フィールズ劇場で初演されると、瞬く間にロンドンっ子たちを魅了し、一大ブームを巻き起こす。そして、イタリア・オペラはすっかり霞んでしまい、王立音楽アカデミーは、シーズンの閉幕を以って倒産してしまう。そんな、ヘンデルを窮地に追いやったバラッド・オペラ『ベガーズ・オペラ』とは、どんな作品だったのか?ヘンデルのオペラのようにキングズ劇場で上演するような代物ではなく、当時、世間を騒がせた有名な脱獄囚や、ロンドンのダークサイドで暗躍した窃盗団の元締めを登場させ、そこに、当時の首相、ウォルポールの姿を重ねて、刺激的な風刺を効かせるという、かなりタブロイド的な内容だった。で、そんなタブロイド感を活かそうと、ゲイは音楽を徹底してチープなものにする。古くからの伝承曲であるバラッドや、定番だったダンス曲を使い回し、芝居の合間に俳優たちに歌わせ、さらに、パーセルや、ヘンデルらのアリアも引っ張り込んで、ごった煮的にナンバーを構成。イタリア・オペラに対する風刺も効かせつつ、イタリア・オペラにはあり得ないユルさで物語を彩った。すると、耳馴染みのあるメロディーが芝居中に溢れ、洋楽とも言えるイタリア・オペラとは違う気安さが、ロンドンっ子たちの耳を捉えたのだろう。
さて、バーロウ+ブロードサイド・バンドは、『ベガーズ・オペラ』をそのまま取り上げるのではなく、そこから9つのナンバーを選び、ロンドンっ子たちの耳に捉えただろうメロディーに焦点を合わせ、そのオリジナルにも迫り、多層的に『ベガーズ・オペラ』の音楽を見つめる。その1曲目、1幕からのエア"Cold and raw"... まず、オリジナルにあたる、1651年、ジョン・プレイフォードにより出版されたカントリー・ダンス集、"The English Dancing Master"に収録された"Stingo, or the Oil of Barley"を、ヴァイオリンで奏でる。その後で、トマス・ダーフィーが編纂したバラッド集、"Wit and Mirth, or Pills to Purge Melancholy"に収められた、同じメロディーによるバラッド"The Farmer's Daughter"をテノールが歌い、それからソプラノによって『ベガーズ・オペラ』のエア"Cold and raw"として歌われる。さらに、スコットランドの作曲家、ウィリアム・ギボンズにより通奏低音とヴァイオリンにアレンジされた"Up in the morning early"も奏でられ、ひとつのメロディーが辿った興味深い展開を詳らかにする。そうして浮かび上がるのは、イタリア・オペラの対極にあった、スタンダードを大切にするイギリス音楽の姿... 素朴なメロディーが、実に大切に歌い継がれ、やがて『ベガーズ・オペラ』に行き着き、そのヒットが、また新たな音楽へと仕立て直されて行く。それはまるで音楽における民俗学とでも言おうか、音楽史には捉え切れない、より人々に寄り添った音楽の姿の変遷を見せてくれるようで、とても味わい深い。
で、ひとつひとつのナンバーが、言いようもなく、郷愁を誘う。バラッドの魔法?取り上げられるエアは、バラッドに基づくものばかりでなく、フランスのシャンソン(track.3)があり、スコットランド民謡(track.8)があり、最後は、グリースリーヴス(track.9)まで登場。思いの外、ヴァラティに富んでいるのだけれど、どのナンバーも、人々に寄り添ったメロディーだけに、人懐っこく、それでいて、やさしい。そのやさしさを、訥々と奏でるバーロウ+ブロードサイド・バンドの演奏が、またいい味を醸していて... イタリア・オペラの豪華さとは対極にある、フォークロワなテイストを残したサウンドが、『ベガーズ・オペラ』のリアリティを強調するよう。一方で、オリジナルに対し、最小限ではあるけれど、チェンバロを中心としたコンティヌオが施されたエアを聴くと、ああ、これはオペラ(劇場側の意向で、ペープシュによりアレンジされている... )なのだなとも感じられ... オリジナルとの差異に表情を生み出すのも絶妙。そして、忘れてならないのが、2人の歌手!クエッラ(ソプラノ)、エリオット(テノール)ともに、楚々とした雰囲気を保ち、ひとつひとつのナンバーが持つトーンを丁寧に歌い、そこに重ねられた幾世代の心象のようなものを解き放つよう。そうして漂い出す、かつてのイギリスの素朴さ... 古き良きロンドン... この懐かしさは、時空を越えて、我々の心にも某かのものを去来させてしまう。

The Beggar's Opera THE BROADSIDE BAND

バラッド・オペラ 『ベガーズ・オペラ』 から 9つのエアとその基になったバラッド

パトリシア・クエッラ(ソプラノ)
ポール・エリオット(テノール)
ジェレミー・バーロウ/ブロードサイド・バンド

harmonia mundi FRANCE/HMA 1951071




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