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東を見つめて、静かなる神秘主義の永遠、タヴナー... [before 2005]

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『エレクトラ』『アンティゴナ』『ウリッセ... 』と聴いて来て、つくづく思うのは、オペラはギリシアが好きだなァ、ということ... もちろん、ギリシア悲劇の復活に端を発するオペラにとって、ギリシアは欠くことのできない起点ではあるのだけれど、その後はギリシア悲劇と異なる音楽劇像を極めて行ったオペラであって... いや、オペラという小さな枠で捉えてはいけないのかもしれない。西欧文化を象徴するオペラにギリシアが欠かせなかったのは、西欧におけるギリシアという存在の大きさをそのまま物語っているのだろう。嗚呼、ヨーロッパはずっとギリシアに焦がれていたわけだ... そうして、リアルなギリシャと齟齬が生まれるわけだ... これぞ、悲劇!
さて、少し違った視点からギリシアを見つめていた作曲家がいた。イギリスに生まれながら、ギリシア正教に帰依し、東方教会にインスパイアされた、ジョン・タヴナー(1944-2013)。ポール・グッドウィンの指揮、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックによる演奏とコーラスで、タヴナーの声楽作品集、"ETERNITY'S SUNRISE"(harmonia mundi FRANCE/HMU 907231)を聴く。

ポスト"ゲンダイオンガク"な作曲家として知られるタヴナー。そのアンビエントな音楽は、ペルト(b.1935)やブライアーズ(b.1943)と並んで、「癒し系」として人気を博した。けれど、その音楽の背景を改めて読み込んでみると、また違ったヴィジョンが見えて来る気がする(てか、これまで、自身が、安易に「癒し系」というレッテルを貼って来ただけか... ということで、反省... )。ギリシア正教に改宗し、ギリシア正教会ばかりでなく、ロシア正教会の聖歌にも関心を寄せ、現代音楽にして、難解な"ゲンダイオンガク"とは一線を画す、中世の昔に還るようなシンプルな音楽を編み出したタヴナー。そこに神秘主義への傾倒が加わり、シンプルな中にも深淵を見せるサウンドを繰り広げる。さらには、インド音楽や、イスラム世界の詩にも関心を寄せ、文化の壁を越えて、より大きな神秘性を目指し、希有な音楽世界を創出する。その頂点とも言えるのが、演奏時間が7時間にも及ぶという、『神殿のヴェール』(2003)。もはや、音楽というより秘儀とすら言えそうな作品に、驚かされ、圧倒される。
というタヴナーの90年代の作品を集めたアルバム、"ETERNITY'S SUNRISE"。アルバムのタイトルにもなっている「永遠の日の出」で始まるのだけれど、いやー、タヴナー・ワールド!静謐なオーケストラの響きを背景に歌われるソプラノの声の浮世離れした表情!歌でありながら、風景そのもののように響くようで... 夜空が白み、静かに日の出を見守るようなその音楽の圧倒的な様!静かなのに、何てエモーショナルなのだろう。太陽のパワフルさを最も感じられるのは日の出のように思うのだけれど、その"日の出"という瞬間と、永遠を結び付けて生まれる、何とも言えない感傷... タヴナーの父の死、ダイアナ妃の死を経験して生まれた作品とのことだが、永遠の始まりとしての"日の出"は、ある種の葬送曲なのだろう。始まりなのに終わりを内包した音楽の深さ... これほど深くありながら、底が見通せるほどの透明感を湛えた響き... ちょっと他では味わえない感覚だと思う。そして、もうひとつ興味深いのが、響きの透明感の中にエキゾティシズムが香るところ。クリアであることは、極めて西欧的のように思うのだけれど、そこに東方的なトーンを引き込むタヴナーの魔法。続く「天使の歌」(track.2)から聴こえて来る、時折、半音階が滲むソプラノが歌うメロディー、その下でドローンを思わせるオーケストラの低音の響きに触れると、ビザンツ帝国末に活躍したギリシャの作曲家、プルシアデノスによるビザンツ聖歌を思い出す。さらに、「ペトラ」(track.3)での、バリトンのソロが歌う、静かにして滔々と歌われるメロディーも、どこかビザンツ聖歌を思わせ、印象的。最後、「葬送の聖歌」(track.5)の、コーラスによるやわらかなハーモニーには、ロシアの聖歌の雰囲気が漂い、不思議にノスタルジック。やっぱりタヴナーの音楽には、「東方」が効いている。
そうした中で、また一味違う独特さ(この作品だけが80年代の作曲でもあって... )を放つのが、4曲目、「サッフォー、抒情的断章」(track.4)。サッフォーの詩を2人のソプラノで歌うのだけれど、そのミステリアスさと来たら、もう... まるで、サッフォーの時代の昔にタイムスリップしてしまったような、そんな錯覚を覚える古代感!古代ギリシアの音楽の再現で味わう、エキセントリックな気分と通じるものがあるようで、おもしろい。タヴナーも、そうした古楽の先鋭的な試みの影響も受けていたのだろうか?東方教会の聖歌に根差した他の作品との対比がくっきりと浮かび上がり、マジカル。これが、単にアンビエントなだけではない、程好い苦みをアルバムにもたらしてアクセントに... 「癒し系」だけではない、タヴナーの神秘主義を際立たせる。
そんなタヴナーの音楽を聴かせてくれるのが、ホグウッドが創設したピリオド・オーケストラ、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック(そのコーラス部隊も大活躍!)。現代音楽をピリオド・オーケストラが奏でるという、本末転倒な状況が生み出す擬似エンシェント=古の響きのおもしろさ!古楽器が作曲家にとってのパレットに成り得ていることが、まったく以って刺激的!何より、そこから生まれる得も言えぬ古雅なトーン... タヴナー・ワールドをこれほど引き立てる装置は他にないように思う。そこに、ロザリオ(ソプラノ)の浮世離れした歌声が乗って... アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックのコーラス部隊がやわらかなハーモニーを編んで... ひたひたと心に迫って来るタヴナー・ワールドは、凄い。

TAVENER: ETERNITY'S SUNRISE ・ THE ACADEMY OF ANCIENT MUSIC/GOODWIN

タヴナー : 永遠の日の出 *
タヴナー : 天使の歌 **
タヴナー : ペトラ **
タヴナー : サッフォー ― 叙情的断章 **
タヴナー : 葬送の聖歌 **

パトリシア・ロザリオ(ソプラノ) *
ジュリア・グッティング(ソプラノ) *
ジョージ・モーズリー(バリトン) *
アンドルー・マンゼ(ヴァイオリン) *
アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック合唱団 *
ポール・グッドウィン/アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

harmonia mundi FRANCE/HMU 907231




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