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新しい時代の始まりに... 戴冠ミサ。 [2017]

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改まりまして、おめでとうございます。って、もうなんか、お正月のスペシャル版みたいな心地で迎えております、5月1日。テレビで、カウント・ダウンの中継を見ながら、すっかりテンションも上がってしまいました。いや、本当に良い時代になって欲しい!令月風和む世の中になって欲しい!そんな思いを強くした「時代越し」でした。そして、歴史が動きましたよ!歴史の教科書の裏の年表で言ったら、○○時代という区切りの線を乗り越えちゃったわけです。凄い!って、昭和から平成というのも経験しているのだけれど、当時は、そこまで、いろいろ見据えることができるほど、成熟していなかった、というよりこどもだったなと振り返る。でもって、まだまだ未熟であります。もっともっと、しっかりしたい、がんばりたいと思う、晴々しい令和一日目でもあります。そうそう、晴々しいと言ったら、もう、天照大神さまもがんばられたみたいで、天気予報、曇りとか雨だったように思うのだけれど、即位の礼が始まる前には、晴れちゃった!そりゃ、ハレの日だものね。そんなプチ・ミラクルにも、ときめく。
ということで、令和元年の最初は、やっぱりこれかなと。新天皇陛下のご即位をお祝いして、ロランス・エキルベイ率いる合唱団、アクサンチュスと、サンドリーヌ・ピオー(ソプラノ)、レナータ・ポクピチ(アルト)、ベンジャミン・ブルンス(テノール)、アンドレアス・ヴォルフ(バス)の歌、インスラ・オーケストラの演奏で、モーツァルトの戴冠ミサ(ERATO/90295 87253)を聴く!

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新しい時代、令和のクラシック2.0を探る。 [selection]

"Happy New Era"という言い方、カッコいいな... とか、ぼんやり思っている、令和、4日目です。いや、ホント、正月が来たみたい。でもって、寒くない正月... 春の新緑が眩しい頃の正月のスペシャル感たるや!不思議な心地に包まれながらのゴールデン・ウィーク。そうそう、上皇さまがおわします御代を、今、生きているというのも、何だか不思議な心地がして参ります。まるで、歴史の教科書の中へと迷い込んでしまったような... 時代は新しい方へと踏み出したはずなのに、かつての時代が蘇るという、これは、何か特別な時間旅行なのかな?サザン、ユーミン、サブチャンによる伝説となった紅白があって、年越して、確かに正月を迎えたはずだけれど、今、再びの正月のようで、正月のようだけれど、季節は春真っ盛りで、何か、この眩惑される感覚が、本当におもしろい!こんな感覚を味わえるのは、もう、当分、無いのだよね... そう思うと、在り難い。まさに、歴史を体感。てか、歴史って、体感できるんだ!と、変な感動も覚えてしまう。ひとえに、上皇さまの決断の賜物(上皇さま、ゆっくり休まれておられますでしょうか?何より、末永くお元気でありますように、そして、上皇后さまが、『ジーヴス』、じっくりと楽しまれますように... )。これを契機に、令和を、中身ある、良い時代にしていけたらと、強く思う次第です。
さて、本題です。音楽です。令和となって、クラシックはどんな風に前進するのだろう?間もなく、ベルリン・フィルに、新音楽監督、キリル・ペトレンコが迎えられます。新しい時代がやってきそうです。とはいえ、クラシックの音楽そのものは変化しない。これが古典音楽の苦しいところ。それでも、変化ではなくとも、某かの拡張が起こったら刺激的じゃない?ということで、先月末、平成を振り返ったのに続いて、新しい時代、令和のクラシック2.0を、大胆にシュミレーション(?)してみる。

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新しい時代を音楽で寿ぐ!山田耕筰のめでたい交響曲。 [before 2005]

感傷と、歓喜と、清新に彩られた、特筆すべきゴールデン・ウィークが終わりました。連休も終われば、現実に向かわねばならぬところではありますが、当blogは、まだもう少し、お祝いモード... 新しい時代、令和を音楽で寿ぐ!ということで、日本のクラシック=西洋音楽の草分けにして礎、山田耕筰の、めでたい交響曲を聴く。てか、交響曲がめでたいって、そう無い。例えば、交響曲の父、ハイドンの104番まである交響曲を振り返って、めでたそうなものを探すとすれば、「V字」?いや、あれは、ヴィクトリーの"V"ではなくて、ロンドンでハイドンの交響曲選集が出版されるにあたり、セレクションされた交響曲を"A"から順番にアルファベットを振った結果、22番目、"V"となったというだけの話しでして... おもしろいのは、「V字」だけが、振られたアルファベットを残しているという... いや、"V"だけ残ったということは、ある意味、ヴィクトリーなのかも?なんて、話しはともかく、山田耕筰です。「赤とんぼ」など、誰もがこの人の歌を歌ったことがあるだろうけれど、この「赤とんぼ」の強烈なイメージのせいで、作曲家としての全体像は見え難い。見え難いけれど、改めて見つめてみると、さすがは草分けにして礎!なかなかただならない存在... そして、めでたい!何と、日本人初の交響曲を書いた人物でありまして...
ということで、NAXOS名物、日本作曲家選輯のシリーズから、湯浅卓雄の指揮による山田耕筰の交響曲集を2タイトル... アルスター管弦楽団の演奏で、日本初の交響曲にして卒業制作、交響曲「勝鬨と平和」(NAXOS/8.555350)と、東京都交響楽団の演奏で、邦楽との大胆な融合を試みた異色の交響曲、長唄交響曲「鶴亀」(NAXOS/8.557971)を聴く。

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新しい時代に願いを籠めて、世界の調和。 [before 2005]

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新しい時代、令和を音楽で寿ぐ!山田耕筰のおめでたい交響曲に続きまして、令和の「和」の字に通じる、ヒンデミットの交響曲「世界の調和」を聴いてみようと思う。いや、日本は、ゴールデン・ウィーク中、時間が止まり、まるで夢の中にいるような不思議な心地に包まれていたわけだけれど、一転、世界に目を向ければ、あっちでも、こっちでも、不穏な空気が渦巻いていて... 少し前(そう、オバマ大統領がまだホワイトハウスにいた頃... )までは、それと無しに、ハーモニーがあったように思うのだけれど、今や、酷いポリフォニー... 面子にばかりこだわるみっともない権力者たちの行状が荒目立ちし、不満を抱えた人々は、ただ不満をブチまけるだけの不毛が世界中に横溢している現状。まるで世界中が駄々っ子になってしまったかのような、21世紀。ビューティフル・ハーモニーは、あまりに遠い... もちろん、全てが同じハーモニーを奏でられるなんてことはあり得ないし、ハーモニーも強制されれば、全体主義になってしまうけれど、あらゆる問題に着実に向き合うために、世界があと少し隣で奏でられるメロディーに耳を傾けることができたならば、世界はもっと楽に過ごせる気がするのだよね...
ということで、世界に調和がもたらされますように!今一度、「令和」の言葉に願いを籠めて、ヘルベルト・ブロムシュテットが率いた、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で、ヒンデミットの交響曲「世界の調和」(DECCA/458 899-2)を聴く。

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新しい時代、令月風和む詩情礼賛!詩神ポリムニの祭典。 [2014]

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令和はどんな時代になるのだろう?と考えて、すぐに思い付くのは、AI... 否が応でもその存在が高まることは間違いない。けれど、現代人のAIに対するイメージは懐疑的。そもそも信頼していない。あるいは、人間の悪い癖で、"万物の霊長"という上から目線が、優れたものは必ず人間に似ているはず... という自意識過剰に絡め取られて、AIのイメージを歪めてしまっているように思う。しかし、AIは、こども騙しでもなければ、人間のように愚かしくもあり得ない。0か1かのデジタルによる計算(量子コンピューターが実現すれば、0と1なんてもんじゃない凄い世界が拓ける!)が生み出す確率が全て... それは、『ターミネーター』だとか、『マトリックス』のような恐ろしいイメージではなく、エヴァのマギ・システムや、『her/世界でひとつの彼女』のOS、サマンサみたいなものになるのだろう。そんなAIがガイドする、感情に左右されない、効率的でスマートな世界が実現されて行く中で、さて人間はどう生きる?そこで求められるのが、"情緒"、なのかなと... それを象徴的に物語っているのが、「令和」、という言葉のように感じる。これまでの漢籍による堅苦しい元号から、万葉集という歌集を典拠とする極めて情緒的な元号が選ばれた驚くべき革新!そこには、人間としてAIの時代をどう生きるべきかが示されているかのように思えて... 令月風和む... 月を見上げて、その凛とした美しさを味わえる、風が和んだことを鋭敏に感じられる人間となれ... AIが社会を補完する時代、人間はクリエイティヴに生きてこそ、なのだと思う。
ということで、新しい時代、令和を音楽で寿ぐ!山田耕筰ヒンデミットに続いてのラモー... ジェルジュ・ヴァシェジ率いるオルフェオ管弦楽団の演奏、ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ)らの歌による、ラモーのオペラ・バレ『詩神ポリムニの祭典』(GLOSSA/GCD 923502)を聴いて、令和の典拠、万葉集にオマージュ(詩神ということで、ほとんどこじつけ... 汗... )を捧げる!

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グレゴリオ聖歌以前、古代を伝える聖歌の諸相... [before 2005]

さて、新しい時代を迎えて、何か特別なこと(って、大したことはできません... )をしてみたいなと、漠然と思い至りまして... 音楽史の始まりへと還ってみる?新しい時代から、古い時代を見つめる。って、実は、当blog、古楽を取り上げることが、最近、めっきり少ないことに気付き、びっくり(古楽、大好きなはずなのに... やっぱり、クラシックの核たる19世紀の音楽の比重の重さに引っ張られてしまうのか?さらに、近代だ、現代だ、バロックだ、古典主義だと、あっちこっち目移ろいしていると、どうも古楽を忘れがち... )。ならば、このあたりで、ガッツリ古楽!で、西洋音楽の種とも言えるグレゴリオ聖歌に立ち返り、そこから、音楽が、どう芽吹き、育ったかを、追ってみようかなと... でもって、まずは、その種が、どこからやって来たかに注目してみる。いや、これが実に興味深い!揺ぎ無く、種としての存在感を見せるグレゴリオ聖歌だけれど、それ以前にも聖歌は存在していて、それはまた、今に至る西洋が確立される前、古代の地中海文化圏に広がっていた初期キリスト教会の姿を垣間見せる、プリミティヴな聖歌でもあって、グレゴリオ聖歌に集約される前の、大地に根差した力強い祈りが響き出す。
という、古い聖歌を、マルセル・ペレス率いるアンサンブル・オルガヌムの歌で... ミラノに伝わるアンブロジオ聖歌(harmonia mundi FRANCE/HMC 901295)、イベリア半島で歌い継がれていたモサラベ聖歌(harmonia mundi FRANCE/HMC 901519)、聖都、ローマに伝わる、古ローマ聖歌(harmonia mundi FRANCE/HMC 901604)の3つを聴く。

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グレゴリオ聖歌からの第一歩、ザンクト・ガレン修道院にて... [2010]

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グレゴリオ聖歌に癒されるのは、なぜだろう?と、ちょっと考えてみた。やっぱり、そのシンプルさだよね... それから、意外と大きいのが、ニュートラルさ... クラシックを見渡した時、グレゴリオ聖歌をテーマに用いている作品は結構ある。教会音楽はもちろん、ハイドンの交響曲など、絶対音楽にもグレゴリオ聖歌のテーマは引用され、ディエス・イレなどは、あらゆる時代において人気だったし... そうした引用に応え得るグレゴリオ聖歌の癖の無さは、音楽として特筆すべきことのように思う。で、興味深いのは、そういうニュートラルさが、人工的に創り出されたこと... ローマ教会の権威が、ヨーロッパの隅々にまで及んでいなかった頃、西ヨーロッパを統一していたカロリング朝は、伝統に裏打ちされたローマ典礼を導入しながら、アルプス以北の感性を用い、個性豊かな各地の聖歌を総合するという一大事業に乗り出す。この"総合"の過程で生まれたニュートラルさ... 国境を越え、民族を越え、より広い地域で受け入れられるように整えられたからこそ、ヨーロッパからは遠く海を渡った先にある日本ですら、聴く者に訴え掛けるパワーを発揮するのだろう。1990年代に巻き起こった、世界的なグレゴリオ聖歌ブームも腑に落ちる。キリスト教徒に限らず、複雑怪奇な現代社会を生きていると、グレゴリオ聖歌のシンプルでニュートラルな響きが、ただならず身に沁みてしまう。でもって、現在、そんな癒しを欲しております。
ということで、グレゴリオ聖歌が整備されて間もなくの頃、そこから一歩を踏み出した音楽... ドミニク・ヴェラール率いる、アンサンブル・ジル・バンショワの歌で、スイス、ザンクト・ガレン修道院に伝わる写本から、9世紀に書かれたトロープス、セクエンツィアを取り上げる1枚、"MUSIC AND POETRY IN ST GALLEN"(GLOSSA/GCD 922503)を聴いて、癒される。

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グレゴリオ聖歌に追いやられる朗らかさ、ベネヴェント聖歌... [before 2005]

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音楽史の始まりを、グレゴリオ聖歌とすると、めちゃくちゃ気持ち良くスタートが切れる。一方で、グレゴリオ聖歌以前以後の様子を丁寧に見つめると、一筋縄には行かない状況が浮かび上がって来る。当然、グレゴリオ聖歌以前に音楽が無かったわけではないし... というより、各地に、様々な個性を持った音楽が存在していたわけで、グレゴリオ聖歌を安易に"始まり"としてしまうことの方が、随分と乱暴な話しだったりする。何より、9世紀、カロリング朝によって整備されたグレゴリオ聖歌が、すぐさまヨーロッパの教会音楽をリセットできたわけでもなく、前々回、取り上げた、アンブロジオ聖歌モサラベ聖歌古ローマ聖歌など、古代の伝統を受け継ぐ聖歌は、グレゴリオ聖歌以後も歌われ続けていた史実。そのあたりに再び注目しつつ、やがて古代以来の伝統が、グレゴリオ聖歌をベースとした教会音楽に呑み込まれて行く、中世の成長の過程を追ってみようと思う。
ということで、カタリーナ・リヴリャニック率いる、古楽ヴォーカル・アンサンブル、ディアロゴスの歌で、グレゴリオ聖歌以後のイタリア半島、ベネヴェント聖歌を軸に、多文化な状況を捉える実に興味深い1枚、"LOMBARDS & BARBARES"(ARCANA/A 319)を聴く。

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中世、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、巡礼が運んだ音楽... [before 2005]

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今、改めて、ヨーロッパにおける中世を振り返ってみると、ちょっとただならない。いや、ただならないというより、「中世」という言葉ばかりが先行して、その中身について、実は、あまりよく知らない?"暗黒の中世"なんて言い方が、それを象徴しているのかも... 何たって、暗黒の一言で説明できるほど、中世は短くない。古代から中世へ、四世紀をも掛ける長い移行期間があって、9世紀、カロリング朝による西ヨーロッパの統一と、それによる政治的安定に裏打ちされたカロリング・ルネサンス(グレゴリオ聖歌が整備される!)が大きく花開いて... が、その矢先、分割相続により、西ヨーロッパには現在に至る国境線が出現。線が引かれたことで、こちら側とあちら側で相争うようになり、王統が断絶すると、王位を巡って、線の内側でも激しく争う事態に... 一方、北からはヴァイキングの侵入、東からはイスラム勢力の圧迫を受け、暗澹たる西ヨーロッパ。だったが、11世紀、農業革命により生産性が向上すると、地中海を渡って十字軍を繰り出せるほどの余力を生み、これが聖地巡礼のブームを巻き起こし、東西の交流が中世に新たな輝きをもたらした。当然、音楽も、そうした波に乗った!
ということで、巡礼たちが紡ぎ出した音楽に注目... マルセル・ペレス率いる、アンサンブル・オルガヌムの歌で、十二使徒、聖ヤコブの墓のある、聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラに伝えられるカリクスティヌス写本から、12世紀、聖ヤコブのための晩禱を再現するアルバム、"COMPOSTELA"(ambroisie/AMB 9966)を聴く。いや、巡礼たちの音楽がただならない...

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