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ワーグナー、恋愛禁制。 [2013]

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16世紀末、イタリア、フィレンツェのエリートたちによる、ギリシア悲劇を復活させようという試みに始まるオペラの歴史。1600年、フィレンツェの宮廷の婚礼で、最新の総合芸術としてオペラが披露されると、オペラ制作はイタリア各地の宮廷に飛び火し、さらに、1637年、ヴェネツィアで一般市民向けにオペラの上演が始まると、一大ブームを巻き起こす!続く、18世紀は、何と言ってもナポリ楽派の時代!音楽学校の充実を背景に、歌手をセットで、全ヨーロッパに輸出されたナポリのオペラ。ロンドンパリはもちろん、果てはサンクト・ペテルブルクまで、大いに沸かせることに... ある意味、この時こそが、イタリア・オペラの全盛期だったように思う。そうして迎えた19世紀、イタリアは、オペラの歴史に燦然と輝くスターたちを次々に送り出すわけたが... 一方で、音楽後発国、ドイツから、ワーグナーという怪獣が誕生。その存在は、オペラの歴史=イタリアだったそれまでの当たり前を打ち崩す。という風に見つめると、やっぱり、ワーグナーは、タダモノではなかったなと...
そんな、タダモノではなかったワーグナーの、オペラ怪獣への第一歩、オペラハウスへのデビューに注目してみようと思う。セバスティアン・ヴァイグレ率いるフランクフルト歌劇場による、ワーグナーの『恋愛禁制』のライヴ盤(OHEMS/OC 942)を聴く。

ワーグナーが、初めてオペラに取り組んだのは、1832年、19歳の時、『婚礼』という作品だった。が、途中で挫折。1834年、20歳で完成させた『妖精』が、オペラ、第一作となる。しかし、上演には至らなかった... そう、オペラ怪獣への道程は、なかなか険しいものがあった(このあたり、いきなりスカラ座デビューを果たし、成功してしまうヴェルディとは対照的... )。そんな若きワーグナーが、オペラ作家デビューを飾るのは、プロイセン王国の地方都市、マクデブルク。『妖精』を完成させた年、マクデブルクの市立劇場を拠点としていたベートマン一座の音楽監督に... 指揮者としての仕事に忙殺される中、新たなオペラの作曲を始める。それが、ここで聴く、『恋愛禁制』。先日、聴いた、『妖精』は、一作目にして、驚くほど充実した音楽を響かせており、驚くばかり... が、またそこから、確かな成長が窺える、二作目... 音楽監督として、幅の広い作品(モーツァルトの古典から、ベートーヴェン、ウェーバーのドイツの作品、そして、当時、一世を風靡していたイタリアのベルカント・オペラまで... )の上演に関わり、実地で学んだ感覚が活きているのだろう。一作目から二作目への飛躍には、目を見張るものがある。『妖精』の音楽に、それとなしに表れていた"ワーグナーらしさ"、オペラに対するこだわりのようなものは引っ込めて、実際に劇場に掛かることを意識した、ある意味、プロとしての確かな姿勢が表れている。また、そうあることに窮屈さを感じないのが印象的。というより、嬉々として、人気のイタリア・オペラ風の音楽を繰り出していて、これって本当にワーグナー?いや、もう、序曲から、ワーグナーとは思えないアゲアゲ感が半端無い...
小気味良く鳴らされるパーカッション!弾けるリズム!16世紀、シチリア王国の首都、パレルモを舞台としたオペラの序曲は、タランテラでも踊り出しそうな勢いで、南欧の明るく楽しげな雰囲気がはち切れんばかり。てか、こんなワーグナー、他に無い!ロッシーニの序曲のようにスパークする感覚があって、ヴェルディの序曲のような魅了されるメロディーがあって、ウェーバーの序曲を思い出させるドラマ性も感じられ、いいとこ取り、かつ、序曲として、ブリリアントにまとまっている!で、その長さ、6分!オペラを始めるのに適度な長さ、というのが、ワーグナーにして奇跡(『妖精』は、12分だったよ... )。何より、最高に楽しい!けど、ワーグナーの他の序曲からすると、毛色が違い過ぎて、序曲集には拾われないのが残念過ぎる... これは、間違いなく、名序曲ですよォ。という序曲の後で、幕が上がれば、ますます楽しい!シェイクスピアの喜劇、『尺には尺を』を原作に、ワーグナー自ら書いた台本は、ドイツからやって来た総督が、あんまりにも真面目過ぎて(ドイツ気質のアレゴリー?)、恋愛に、お酒に、カーニヴァルなどなど、お楽しみ全般を禁止。破った者は死刑!というトンデモ法を施行(ドイツ気質=堅物、プロイセン王国への風刺?)。パレルモの街は大騒動に... で、うっかり禁を破って死刑宣告されてしまった兄を救うため、一発、ハニー・トラップを仕掛ける知恵者の妹、美しき修道女、イザベッラ。総督、フリードリヒは、とんだクソ野郎で、現代なら一発アウトのセクハラ要求。が、仮面を付けてのカーニヴァル(禁止されているはずなのに、ノコノコやって来るフリードリヒ... )を利用(『フィガロの結婚』の最終幕と同じ、女性が入れ替わるやつ... )し、総督のクソっぷりを衆目の下に曝してみせる。ね、お楽しみ禁止は馬鹿げたこと... よって、兄は釈放、恋愛解禁、みんなでカーニヴァルを楽しむよ!大団円、めでたし、めでたし... を、本当に楽しい音楽で描き出す。で、その"本当に楽しい"は、どうやって生み出されるのか?それがまたワーグナーならではの密度なのだよね...
1幕(disc.1, 2)、見るからにイタリア・オペラ風なのに、レチタティーヴォがあって、アリアがあって、というナンバー・オペラの在り方から一歩を踏み出して、思惑が絡む登場人物たちの丁々発止のやり取りこそを活かし、アンサンブル重視で聴かせて来る。だから、聴かせ所になるようなアリアは、あまり無い... イザベッラが、兄の助命を訴えるシーン(disc.2, track.5)では、美しい歌をたっぷりと聴かせてくれるも、それは、切れ目無く、ひとつのシーンを構成していて、こういうドラマの作り方、後のワーグナーへとつながるなと... 一方で、後のワーグナーの重苦しさは一切無いのが『恋愛禁制』の最大の魅力!ロッシーニみたいに活きのいい音楽でスラップスティックに盛り上げれば、ベッリーニのような流麗さで魅惑もする。あるいは、後のウィンナー・オペレッタを先取るようなキャッチーさもあって、ワクワクさせられっぱなし!そういう解り易さが、密度を伴って繰り出されるという... ロッシーニが、『イタリアのトルコ人』(1814)で試みた、ナンバー・オペラの枠組みを取っ払うこと、ヴェルディが、その集大成、『ファルスタッフ』(1893)で至った、笑いを有機的な音楽で紡ぎ出すという高度な仕立てを、極当たり前のようにこなせてしまう若きワーグナー。これは、ある意味、後のワーグナーと伍す音楽だったように思う。だから、2幕(disc.3)、ジングシュピール=歌芝居のスタイルで、台詞が音楽を区切って、ナンバー・オペラの形に戻ってしまうのは、ちょっと残念(1幕にも、トンデモ法の説明で台詞があるのだけれど... )。それでも、楽しさは、十分。フィナーレなんて、後のワーグナーがまったく想像できないほどの賑やかさ!最高!
さて、そんな『恋愛禁制』を、理屈抜きで楽しめるのは、ヴァイグレ+フランクフルト歌劇場のアゲアゲのパフォーマンスも大きい。いや、『妖精』もすばらしかったけれど、『恋愛禁制』もすばらしい!ドイツのオペラハウスの底堅さをベースにしながら、若きワーグナーの思い掛けないイタリア気質に火を付けて、ぱぁーっと明るく、豊かな色彩を引き出していて... 何より、ライヴ盤だからこそ勢いが、『恋愛禁制』の楽しさを加速させる。で、単に勢いばかりでないのが、ヴァイグレ+フランクフルト歌劇場の確かな所。普段、スルーされてしまいがちな、若きワーグナーと真摯に向き合って、楽しさの下に見え隠れする、二作目としての成長の証、きちんとオペラを紡ぎ出そうとする構築性を丁寧に響かせていて、聴けば聴くほどに発見がある。で、欠かせないのが、表情豊かなキャストたち!それぞれにキャラが立っていて、また見事なアンサンブルを織り成し... そうした中、柱となるヒロイン、イザベッラを歌うリボル(ソプラノ)の麗しくも機転の良さを感じさせる器用さ、堅物にしてクソ野郎という総督、フリードリヒを歌うナジ(バリトン)の、ちょっといい男感とか、実に巧みに演じていて、魅了されずにいられない。そして、フランクフルト歌劇場合唱団!街のみんなを活き活きと歌い上げていて、そんな歌声に触れていると元気が出てしまう!で、思うのです。1836年の初演も、こうだったら... ベートマン一座の力量不足に、準備不足が重なって、ワーグナーのオペラ作家デビューは失敗に終わる。

Richard Wagner Das Liebesverbot

ワーグナー : オペラ 『恋愛禁制』

フリードリヒ : ミヒャエル・ナジ(バリトン)
ルツィオ : ピーター・ブロンダー(テノール)
クラウディオ : チャールズ・リード(テノール)
アントニオ : シモン・ボーデ(テノール)
アンジェロ : フランツ・マイヤー(バス)
イザベッラ : クリスティアーネ・リボル(ソプラノ)
マリアーナ : アンナ・ガブラー(ソプラノ)
ブリゲーラ : トルステン・グリュムベル(バス)
ダニエリ : キーワン・シム(バス・バリトン)
ドレッラ : アンナ・ライベルグ(ソプラノ)
フランクフルト歌劇場合唱団

セバスチャン・ヴァイグレ/フランクフルト歌劇場ムゼウム管弦楽団

OHEMS/OC 942




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