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ワーグナー、妖精。 [2013]

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オペラの歴史において、最もインパクトを残した存在は誰だろう?バロックの火蓋を切ることになるその誕生から、今、現在に至るまで、多くの作曲家がオペラを書き、伝説的な歌手たち、指揮者たちが、それぞれの時代を彩って来た。また、熱心なパトロンたちもいて、個性的なプロデューサーもいて、近年においては、演出家たちの活躍も際立つ... そんなオペラ400年の歴史をざっと振り返って、ひとりを選ぶというのは、なかなかにして無謀なことのようにも思う。が、ひとり選ぶとするならば、やっぱり、この人、ワーグナー(1813-83)... その影響は、オペラに留まらず、広く芸術全般に及び、熱狂的な支持者を生む一方で、アンチも生み出し、19世紀後半の芸術界を大いに掻き回した。こういう存在、なかなか他に探せないように思う。が、そんなワーグナーが残したオペラは、わずか10作品(『ニーベルングの指環』は、ひとつと数えることにします... )。同い年のライヴァル、ヴェルディ(1813-1901)が、30近い作品を残したことを考えれば、まずその少なさに驚かされる。いや、たった10作品で、最大のインパクト足り得ることが凄い... それだけ、中身の詰まった、どころか、ただならぬ密度を持ったオペラを世に送り出していたことになるか... 改めて、ワーグナーという存在の凄さを思い知らされる。
ということで、18歳のワーグナーが書いた、2つのピアノ・ソナタに続き、20歳のワーグナーが初めて書き上げた、オペラ... セバスティアン・ヴァイグレ率いるフランクフルト歌劇場による、ワーグナーのオペラ『妖精』のライヴ盤(OHEMS/OC 940)を聴く。

ワーグナーが本格的に作曲を学び始めるのは18歳... 劇場人一家(継父、ガイヤーは、ウェーバーの友人!)の中で育つも、こと音楽に関してはスロー・スターターだったわけだ。が、学び始めてしまえば、瞬く間に作曲家として力を付け、1832年、19歳の時に書いた交響曲は、プラハで初演、間もなくゲヴァントハウスでも取り上げられるほど... そうした中、宿命とも言うべき、オペラにも挑む!で、『婚礼』という作品を書き始めるものの、女優として活躍していた姉、ロザリエの否定的な感想(ワーグナーの書いた台本が残酷過ぎる... 当世風ではない=すでにワーグナーらしさが表れていた?)に、投げ出してしまう若きワーグナー。なんか、可愛い... というより、こんな時期もあったんだなと、感慨... で、改めて書いたのが、ここで聴く、『妖精』。18世紀のイタリアの劇作家、ゴッツィ(『トゥーランドット』や『3つのオレンジへの恋』の原作者として知られる... )の『蛇女』を土台としながら、自ら台本を書いているのだけれど、いやはや、話しが入り組んでおります。人間界のトラモント王国の王子、アリンダルと、妖精界の王女、アーダの異類婚姻譚(ちなみに、"アルリンダ"と"アーダ"という名前は、『婚姻』で用いていたもの... やっぱり、思い入れ、強かったんだね... )が軸となって、そこに、様々な物語を想起させる展開が盛りに盛り込まれて、頭がこんがらがる!ので、恐ろしく簡単に説明します。1幕は、人魚姫(+ローエングリン+浦島太郎)、2幕は、オルランドの物語(+魔笛+メディア)、3幕は、オルフェウスの冥府下り。みたいな感じで、最後は、妖精界にて、ハッピー・エンド!という物語は、兄、アルベルトが歌手兼演出家をしていたヴュルツブルクで作曲(兄のコネもあって、ヴュルツブルクの劇場の合唱指揮者の仕事を一シーズン努めている... )。1834年、21歳となる前に完成。しかし、上演には至らず(『婚姻』のこともあってか、姉、ロザリエ、ライプツィヒでの上演に奔走するのだけれど... )。それもまた致し方なし... 実際に上演を考えるなら、話しの筋をもっと整理しないと...
しかし、その音楽の充実には、びっくりします。まず、12分にも及ぶ序曲... いや、12分ですよ!ワーグナーは、最初っからワーグナーだったんだなと、ツッコミを入れずにいられない長さ。なのだけれど、長さばかりじゃなく、すでに、後の序曲、前奏曲を思わせる雄弁さがあって、内容の詰まった12分に感心。そうして幕を開ける1幕(disc.1)、ドイツ・ロマン主義の先駆者、ウェーバーの風情を見せつつ、ドイツ伝統のジングシュピール=歌芝居から一歩を踏み出して、全ての台詞に音楽が施され、完全なるオペラに仕上げられているのが印象的(自らで台本を書いている強み... )。だから、音楽は、より濃密に繰り出され、揺ぎ無く感じられる。いや、オペラ歴云十年のベテランが響かせる音楽だわ、これ... 続く、2幕(disc.2)、のっけからドラマティックなシーン(王位継承者たる王子の不在で、独立の危機に陥ったトラモント王国... )が展開され、ちょっとヴェルディを思わせる(晩年の傑作、『オテロ』の幕開け、嵐のシーン... )のがおもしろい。で、ドラマティックさばかりでなく、アリアの華麗さもヴェルディを思わせるところがあって、そのあたりがワーグナーにして聴き易さも生むのか... というより、グイグイ惹き込まれてしまう!あのインパクトの強いワーグナー性が確立される前の、ウェーバーのキャッチーさ、ヴェルディの解り易さに通じる音楽は、後のワーグナーとはまた違う魅力がある。そして、最後、3幕(disc.3)では、後のワーグナーを思わせる壮麗さも窺えて... ドラマの佳境、石になってしまった妖精王女を人間王子が救う場面(disc.3, track.11)は、まさにワーグナーならではの流麗さが広がり... それでいて、どこかで聴いたような、デジャヴュ感も味わう(夕星の歌とか、『タンホイザー』のフィナーレ直前に、雰囲気、似ている... )。いや、3幕に限らず、あちこちから、後のワーグナーを彩るフレーズやテーマが聴こえて来るようで、おもしろい。また、ライト・モティーフを思わせるテーマの重用も見受けられ、なかなか興味深い『妖精』。これは侮れない作品だぞ!
と思わせてくれる、ヴァイグレ+フランクフルト歌劇場のパフォーマンスが素晴らし過ぎる!ドイツ語圏のオペラ雑誌、『オーパンヴェルト』で、年間最優秀歌劇場にコンスタントに選ばれるのも納得。雄弁で力強いオーケストラ、表情豊かなコーラスが、ヴァイグレの指揮の下、隙無く、しっかりとドラマを紡ぎ出す気持ち良さ!音楽劇の醍醐味をたっぷりと味合わせてくれる。なおかつ、普段、ほとんど顧みられることの無い、というより、どうせ習作だろ?くらいに見られている若きワーグナーの音楽に、いや、けしてそんなことは無い!と、熱く向き合う姿が何とも魅力的。彼らのパフォーマンスがあって、またさらに輝く『妖精』。だから、第一作という試運転感が一切無い。とにかく、迷いなく音楽が流れ出して、その安定感から生まれる安心感が半端無い。だから、聴き知った音楽に触れるような、奇妙な錯覚を覚える。そして、主役、妖精王女を歌うウィルソン(ソプラノ)、人間王子を歌うフリッツ(テノール)がまたすばらしい!ウィルソンの堂々たる歌いっぷりは、まさにワーグナーのプリマを印象付け、フリッツの明朗にして瑞々しい歌声は、王子さまそのもの。この2人だけでも、見事なのに、脇がまた見事にキャラが立っているから、入り組んだ話しも、ドラマが息衝く!そこには、ライヴならではのテンションもあるだろう... 若きワーグナーの熱さに乗って、最後まで勢いを失わない歌手陣。どころか、1幕より2幕、2幕より3幕と、どんどんドラマは膨らみ、3枚組の長丁場も、まったく飽きさせない。そうして、つくづく思う。20歳、初めて完成させたオペラで、これほどの音楽を繰り出せるものなのか?ワーグナー、恐るべし...

Richard Wagner Die Feen

ワーグナー : オペラ 『妖精』

妖精の王 : アルフレッド・ライター(バス)
アーダ : タマラ・ウィルソン(ソプラノ)
ツェミーナ : アーニャ・フレデリカ・ウルリッヒ(ソプラノ)
フェルツァーナ : ファニータ・ラスカーロ(ソプラノ)
アリンダル : ブルクハルト・フリッツ(テノール)
ローラ : ブレンダ・リー(ソプラノ)
モラルド : マイケル・ネイジー(バス)
ドローラ : クリスティアーネ・カルク(ソプラノ)
ゲルノット : トルステン・グリュンベル(バス)
ギュンター/使者 : シモン・ボーデ(テノール)
ハラルト : セバスティアン・ゲイアー(バリトン)
グロマ : サイモン・ベイリー(バス)
フランクフルト歌劇場合唱団

ゼバスティアン・ヴァイグレ/フランクフルト歌劇場ムゼウム管弦楽団

OHEMS/OC 940




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