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アルス・スブティリオルの時代を想う、"THINK SUBTILIOR"。 [2017]

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14世紀、中世末、ヨーロッパを一気に暗黒へと突き落とした、ペスト禍... 現代社会からすると、疫病の恐怖というのは、今一、ピンと来ない、なんて、書いておりました、6年前、2014年、アルス・スブティリオルの音楽を取り上げた時。そして、2020年、今、明確に、ピンと来ている。いや、まさか、ピンと来てしまう日が来るとは... 日本は、緊急事態宣言が出されるのか、出されないのか、ギリギリのラインをフラフラしている状態だけれど、世界を見渡せば、ミラノが、パリが、ニューヨークが... 伝えられるニュースは、とにかく衝撃的で、とても現代のこととは思えない。これが一年前だったなら、エイプリル・フールのネタに終わったのに... いや、そこに、現代社会の過信を見る。そして、14世紀も、21世紀も、そう変わらないということを思い知らされる。ならば、今こそ聴いてみよう、アルス・スブティリオルの音楽。ペスト禍を避けて、ひっそりと歌い奏でられた音楽を...
ソラージュ、コルディエ、チコーニア、マッテオ・ダ・ペルージャら、アルス・スブティリオルの作曲家の作品を、即興も挿みつつ取り上げる、ドイツの古楽アンサンブル、サントネーのアルバム、"THINK SUBTILIOR"(RICERCAR/RIC 386)を、ひっそりと聴く。

アルス・スブティリオルの音楽を見つめる時、その背景は欠かせない。災厄の14世紀... 中世のGAFA、テンプル騎士団の解体(1307)、ローマ教皇のアヴィニョン捕囚(1309-77)、からの、シスマ、教会分裂(1378-1417)。それらを引き起こした、フランス、カペー朝の断絶(1328)。それに伴う王朝交代により始まった百年戦争(1337-1453)。その最中に発生した、ペスト禍(1348-1420)。中世のバブルは弾け、ゴシックの都、パリからは、音楽家たちが各地へと散って行き、その先々で、ゴシックの音楽は進化を遂げることになる。そうした中、アヴィニョンを中心に、フランスからイタリア各地へと広まった、アルス・スブティリオル(繊細な技法、という意味... )。それは、開かれたゴシックの大聖堂に響く聖歌の対極にある、閉じられたエリートたちのサークルで歌われた世俗歌曲... 中世末の前衛、アルス・ノヴァの尖がったサウンドを、より繊細に洗練させつつ、アルス・ノヴァによる記譜の進化(そもそも、アルス・ノヴァ=新技法とは、記譜の新技術を示す... )を受けて、それまでに無い複雑なリズムを刻み、躊躇うことなく半音階も用い... ややもすると、記譜の技術革新により可能となった複雑さで遊ぶような、マニエリスティックな様相も... その延長線上に、五線譜をハート型にあしらったりと、グラフィカルな複雑さすら見せる(ジャケットにある円形のものは、ここで聴くアルバムでも取り上げられる、コルディエの「さながらコンパスを使ったかのように」のスコア... )。そういうマニアックさは、戦争を避け、ペストを避け、引き籠って至ったもの。何より、中世の瓦解を目の当たりにした音楽は、ナイーヴで、儚げで、厭世的で、どこかデカダンですらあって... ここで聴く"THINK SUBTILIOR"には、"CERCLE DES FUMEUX"、煙のサークルというサブ・タイトルが付されているのだけれど、この"煙"とは、麻薬の煙だそうで... "THINK SUBTILIOR"にも、アスプロワ(track.5)、ソラージュ(track.10)による、煙を歌う作品が取り上げられる。もちろん、アルス・スブティリオルの作品が全てそういうものではないけれど、災厄からの逃避としての麻薬があって、それによるトリップを経ての複雑なリズム、半音階、マニエリスムというのは、なかなか興味深い(20世紀後半のサイケデリックな時代と重なるよう... )。もちろん、現代において、麻薬の使用は肯定され得ないもの。しかし、そういうデカダンが時代を超越するトリガーとなり、音楽史のスケールでは測れない表情を引き出すマジック... その飄々とした雰囲気、思い掛けなく都会的なトーン... アヴァン・ポップ?なんて言ってみたくなる。で、それを強調する、サントネーのアプローチ...
フランスの作曲家、ソラージュ、コルディエ、アプスロワに、フランドルで生まれイタリアで活躍したチコーニア、そして、イタリアの作曲家、マッテオ・ダ・ペルージャと、14世紀末から15世紀初頭に掛けて、アルス・スブティリオルが密やかに大輪の花を咲かせた時代の代表的な作曲家たちを丁寧に網羅する"THINK SUBTILIOR"。が、ただ網羅するに留まらない、サントネー... アルス・スブティリオルの作品の合間に、トール・ハラルド・ヨンセン(バロック・ギターやキタローネの奏者として活躍... が、このアルバムではミキシングを担当!)によってリミックスされたサントネーの演奏(デジタルに加工されて、スペイシー!)が挿まれ、これが効いている。始まり、"haze"、靄と名付けられたトラックには、カタカタカタカタっと、何かの小さな音が聴こえて来て、何の音だろう?と思わず耳をそばだてれば、遠くから鳥の鳴き声(リコーダーによる... )が聴こえて来る。それは、次のナンバーの予告であって... 間もなく、靄の中から歌が姿を現わす。作曲者不詳の"Onques ne fu si dure pertie"(track.2)。恋愛関係の薄情さを冷ややかに歌う中で、オチオチ、オチオチ、と、ナイチンゲールのさえずり(「オチオチ」というさえずりは、"oci"と綴られ、殺せの意味になるとのこと... こういうダークさが時代を反映するのか... )を模倣するのが印象的。で、それは、美しくも、ちょっとシュールで、ミステリアス。また、ヨンセンのリミックスに挟まれることで、そのあたりが、より引き立ち... ヨンセンのリミックスは、素材こそ古楽器による演奏だけれど、加工されたサウンドは、古楽からは逸脱し、ニュー・エイジ風。が、驚くほど、アルス・スブティリオルの音楽に馴染んでしまう。"Onques ne fu si dure pertie"のみならず、他のナンバーもまたそう... そのあたりに、アルス・スブティリオルの音楽の特殊性、あるいは可能性を感じてしまう。だから、ますますアヴァン・ポップっぽい!
しかし、魅惑的な音楽... 半音階でもって、悩ましく、一筋縄には行かないトーンを生み出し、シンコペーションによって、思い掛けなく、ゾクっと来るような表情を紡ぎ出す。ジワジワと聴く者を浸食して来る、アルス・スブティリオルの音楽... そんな音楽を、まったりと、夢見るように歌い、奏でる、サントネー... まず印象に残るのは、オルガネットを弾きながら歌う、ランズベルク!その、ふわーっと多幸感を溢れさせるソプラノは、無垢を思わせながら、魅惑するものがあって... アルス・スブティリオルの技巧的なあたりも、軽やかに歌いつつ、澄んだ歌声に、ニュアンスに富む表情を籠めて、時に鮮烈にも、瑞々しくも歌い、たおやかにして、デカダンな匂いを漂わせる妙。極めてアルカイックなのだけれど、とても現代的にも感じるランズベルクの音楽性、おもしろい。で、これは、サントネー全体にも言えて... リコーダー、ヴィエール、リュート、オルガネットからなるサントネー。中世末からルネサンス初期に掛けてを専門とするアンサンブルなのだけれど、彼らのサウンドには、楽器の古さを強調するようなところがない。ヴィマーのリコーダーの深い音色、ヘレイのヴィエールの真っ直ぐさ、ハルメリンのリュートのしっかりとした発音、ランズベルクのオルガネットの落ち着いた響き、それぞれ、古楽器であることは間違いないのだけれど、中世っぽさを前面には出さない。というより、それぞれの楽器の個性を明確に示し、音楽史から古楽器を解き放つかのよう。そうして、音楽史からは少し浮いて感じられるアルス・スブティリオルの音楽を、さらにすくい上げて、音楽史どころか、ジャンルの枠組みからも浮き上がらせるような、サントネー(もちろん、ヨンセンのリミックスも効いている!)。"THINK SUBTILIOR"は、どこか突き抜けている。で、突き抜けて漂い出す厭世感に魅了されずにいられない。災厄の21世紀の気分にしっくり来る。

THINK SUBTILIOR SANTENAY

haze 〔トール・ハラルド・ヨンセンによるリミックス〕
作曲者不詳 : これほど苦しい別れがあるだろうか
ephemeral 〔トール・ハラルド・ヨンセンによるリミックス〕
ソラージュの 「けむたき者は、煙によって煙にまく」 に基づく リュートの演奏
アスプロワ : わたしはけむたき者だから
emanation 〔トール・ハラルド・ヨンセンによるリミックス〕
ソラージュ : バジリスクは、生まれつき
マッテオ・ダ・ペルージャ : 太陽のそばに 〔器楽による演奏〕
exhalation 〔トール・ハラルド・ヨンセンによるリミックス〕
ソラージュ : けむたき者は、煙によって煙にまく
コルディエ : さながらコンパスを使ったかのように
perfume 〔トール・ハラルド・ヨンセンによるリミックス〕
チコーニア : 輝く光の筋がひとすじ

サントネー
ユッラ・フォン・ランズベルク(ヴォーカル/オルガネット)
エロディ・ヴィーマー(リコーダー)
シラールド・ヘレイ(ヴィエール)
オリ・ハルメリン(リュート)

RICERCAR/RIC 386




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