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レイハ、サロンの大交響曲、ベートーヴェン、七重奏曲。 [2019]

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音楽史から見て、ベートーヴェンは、どんな時代を生きていたのだろう?ベートーヴェンの音楽があまりに揺ぎ無く存在しているものだから、その時代が過渡期だったなんて、普段、あまり考えない。が、その揺ぎ無いあたりから、ちょっと視点をずらせば、ベートーヴェンの時代が過渡期であったことを思い知らされる。そう、古典主義の時代から、ロマン主義の時代へとうつろう時代... で、そういう史実に触れて、ますます興味深く思うのが、ベートーヴェンのあの揺ぎ無さ... あれは、何なのだろう?新しい時代に前のめりになりながらも、実は、しっかりと伝統の上に立脚するという、意外と頑固な保守性... 19世紀を切り拓いたベートーヴェンの音楽ではあるものの、あくまで18世紀の延長線上に存在していて、まさしく、最後のウィーン古典派。しかし、それは、ただのウィーン古典派ではなくて、ウルトラ古典主義!というのが、ベートーヴェンの際立った個性を形作っているように思う。そんな風に、改めて認識するために、ベートーヴェンの周辺にも注目してみたいなと...
ベートーヴェンの弟子、リースに続いて、同い年で、同級生で、同僚でもあったレイハ。ジュリアン・ショーヴァン率いる、ル・コンセール・ド・ラ・ローグの演奏で、レイハのサロンの大交響曲、第1番と、ベートーヴェンの七重奏曲(APARTE/AP 211)を聴く。

アントニーン・レイハ(1770-1836)。
ベートーヴェンがボンの宮廷歌手の家に生まれる10ヶ月ほど前、チェコ、プラハの、やはり音楽家の家に生まれたレイハ。誕生から間もなく、父は世を去り、母に育てられるも、10歳の時にネグレクトを経験... 自ら、祖父の下へと赴き、その後、南ドイツ、エッティンゲン・ヴァラーシュタイン侯の宮廷に仕えていた、チェロ奏者の叔父、ヨーゼフ・ライヒャ(チェコ名が、ヨゼフ・レイハ... )に引き取られる。こどものいなかった叔父夫婦は、レイハに愛情を注ぎ、叔父からはヴァイオリンとピアノを、叔母からはフルートを学ぶ。1785年、叔父が、ケルン選帝侯のボンの宮廷に移ることとなり、レイハもボンへ... そこで、フルート奏者として宮廷楽団に加わり、音楽家としての第一歩を踏み出す。そうして生まれた、ベートーヴェンとの出会い!2人は意気投合し、1789年には、揃ってボン大学で学び出す(1792年、ベートーヴェンは、ハイドンに見出され、ウィーンへと移る... )ものの、フランス革命(1789)がヨーロッパ全体を揺るがし始め、1792年、フランス革命戦争(1792-99)が勃発。1794年、ボンの街がフランス軍により占領されると、レイハは、ハンブルクへと逃れる。が、宮廷楽団というボックボーンを失ってしまった若い音楽家に、新天地は、なかなか厳しいもので... ならばと、1799年、パリへと挑戦するレイハ。革命を背景とする新たなオペラの潮流(ロマン主義の序奏!)を生み出していたパリで、一旗揚げようと乗り込むも、成功には至らず、1801年、ウィーンへ... そこで、ベートーヴェンに再会。そして、まだまだ健在だったウィーン古典派の巨匠たち、サリエリアルブレヒツベルガー(ウィーンのシュテファン大聖堂の楽長で、ベートーヴェンの師でもある... )らに師事し、改めて、理論を学びつつ、作品も発表、充実した生活を送る。が、今度はナポレオン戦争(1803-15)に翻弄されることに... 1805年、ウィーンはフランス軍に占領されると、音楽活動はままならなくなり、レイハは、もう一度、パリに挑む決意をする。1808年、パリに拠点を移したレイハだったが、オペラでは再び失敗。が、ウィーン仕込みの理論は大いに力を発揮、教師としての名声を確立。1817年には、コンセルヴァトワールの教授に就任。ベルリオーズグノーら、名立たるフランスの作曲家たちがレイハの下で学ぶ。そんなレイハは、1829年にフランスに帰化(フランス名は、アントワーヌ・レイシャ... )、1835年には、アカデミー・フランセーズの会員にも選ばれ、文字通りの権威に... そして、ベートーヴェンの死から9年、1836年、パリで世を去る。
というレイハが、第九が初演された翌年、1825年に作曲したのが、1番のサロンの大交響曲(track.1-4)。えーっと、"大"交響曲とか言いながら、九重奏曲です。サロンにおいて、九重奏という編成は、やっぱ、"大"か... しかし、実際、サロンで演奏されたかどうかなどはわからないようなのだけれど... そのあたりは、ともかく、バシっと4楽章構成で、編成こそ九重奏だけれど、しっかりと交響曲の体を成していて、どこか、当時、よくあった、交響曲の室内楽版のような印象も受ける。サロンの、だから、軽い音楽、ということもなく、手堅い交響曲が織り成されていて... いや、サロンにしては、ちょっとアカデミック過ぎるんじゃ?くらいの硬派さも聴かせる充実の音楽。ロマン主義の到来を意識させる仄暗い序奏の後で、ウィーン古典派仕込みの明瞭な音楽が繰り出される1楽章... 新しさと古さが絶妙に結ばれて、時折、ベートーヴェンを思わせる力強さも表れ、魅了される!続く、2楽章、アダージョ(track.2)は、モーツァルトを思い出させる、古き良きアンシャン・レジームの物憂い空気が漂い、このあたりは、サロンっぽい?で、さらにアンシャン・レジームを呼び覚ます3楽章、かつての貴族社会を象徴する舞曲、メヌエット(track.3)が登場... この作品が作曲された時代というのは、ナポレオンが敗退(1815)し、王家が帰って来た復古王政の時代(1815-30)。音楽においても復古調だったか?穏やかで上品なメヌエットは、ある意味、この時代を特徴付ける象徴的なものと言えるのかもしれない。しかし、終楽章(track.4)では、再び、力強さが戻って来て、ドラマティックで、革命と戦争を経験しての激しさが表れるよう。それがまた、ベートーヴェンを思わせつつ、ロマン主義へと一歩を踏み出そうとする音楽になっていて、興味深い。いや、ウィーン古典派の伝統と、ベートーヴェン(ウルトラ古典主義!)と、ロマン主義の目覚めが、絶妙に織り成すカクテル... 美味です。過渡期の弱さではなく、過渡期の美味しいところを存分に活かし得た音楽は、なかなか素敵なのです。
さて、後半は、ベートーヴェンの七重奏曲(track.5-10)。レイハの1番のサロンの大交響曲から遡ること25年、1800年に完成された音楽は、ベートーヴェンという個性が確立される直前だけに、旧時代のままの音楽... まるで、モーツァルトのセレナードを聴くよう。6楽章からなるあたりも、セレナードのよう。で、レイハの"大"交響曲の後だと、余計にセレナード感が増して、こちらこそ、まさにサロンだなと... いや、ベートーヴェンも、かつては、こういうたおやかな、あるいは、軟派(?)な音楽を書いていたわけです。何より、軟派なベートーヴェンがたまらなく魅惑的だったりする。そして、魅惑的なベートーヴェンは、当時、サロンで、大人気だった!ベートーヴェンという作家性を前面に押し出すことなく、古典主義の時代の古典美、端正さをベースに、良い意味での中庸さに包まれる中、アンシャン・レジームのウィットにも彩られて、耳に心地良く素敵な音楽が卒なく繰り広げられる。一方で、間もなく確立されるベートーヴェンの個性を予告するような5楽章、スケルツォ(track.9)の存在が印象的で... もちろん、後のスケルツォのような激しさや鋭さは未だないものの、ベートーヴェンを象徴する舞曲の登場には、おおっ?!となる。そこからの終楽章(track.10)は、重々しい序奏に始まって、しっかりとソナタ形式を構成、交響曲のような聴き応えをもたらす。もちろん、交響曲といっても、ウィーン古典派の内にあるものだけれど、交響曲という、ある意味、硬派さも最後で聴かせてくれるところに、ベートーヴェンらしさを感じてしまったり... それがまた前半のレイハの"大"交響曲と共鳴し、レイハの中に表れていたベートーヴェンっぽさを絶妙に回収してしまう、妙。いろいろ魅惑されながらも、最後は、落ち着くべきところに落ち着く感覚、おもしろい。
そんな、レイハとベートーヴェンを、ショーヴァン(ヴァイオリン)率いるフランスの次世代ピリオド・オーケストラ、ル・コンセール・ド・ラ・ロージュで聴くのだけれど... いつもの、オーケストラとしての演奏とは違う、室内楽編成。九重奏と七重奏による演奏は、当然ながらひとつひとつの楽器の存在がクリアに示され、一丸となったオーケストラとはまた違う、室内楽としての魅力を存分に楽しませてくれる。で、室内楽編成となったル・コンセール・ド・ラ・ロージュは、目の詰まったアンサンブルを繰り広げるのではなく、絶妙なユルさが介在していて、良い意味で音がバラけ、9つ、7つと、それぞれ楽器の、ピリオドならではの味わいが、より丁寧に引き出されるよう。でもって、如何にもピリオドな、古い楽器の枯れたトーンに染まることはないのが、彼らの次世代性... あくまでも、味わいを引き出して、その味わいに、豊かな色彩を広げてみせる。そうして編まれるアンサンブルには、当然、色彩が溢れ、印象的。で、色彩が溢れて、全体がほんわかして明るい!それが、めちゃくちゃ心地良い!やわらかなそよ風に吹かれながら、春の陽気を、静かに、確かに味わう感覚?もちろん、交響曲としての硬派なあたりもしっかり押さえて、聴き応えも十分。魅了されずにいられない。

REICHA, BEETHOVEN: SYMPHONIES DE SALON LE CONCERT DE LA LOGE JULIEN CHAUVIN

レイハ : サロンの大交響曲 第1番 ニ長調
ベートーヴェン : 七重奏曲 変ホ長調 Op.20

ル・コンセール・ド・ラ・ロージュ

APARTE/AP 211




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