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"EXPLORING TIME WITH MY PIANO"、バロックをピアノで探検。 [2014]

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さて、2020年は、ポーランド出身(とはなっているものの、生まれはリトアニアというね、東欧の歴史の複雑さ... )で、やがてアメリカに渡り活躍するピアノのヴィルトゥオーゾ、ゴドフスキー(1870-1938)の生誕150年のメモリアル!インドネシア、ジャワ島を旅して生み出されたジャワ組曲(1925)、その究極的な超絶技巧が、一昔前(?)、マニアックな界隈で話題となったこともありましたが、普段、なかなか注目されることの少ないコンポーザー・ピアニスト... ショパンに、オペラに、ウィンナー・ワルツなどなど、多くのトランスクリプションを残し、やはりその超絶技巧で以って驚かせてくれるのだけれど、一方で、その超絶技巧から生み出される繊細さを持った響きに触れると、ゴドフスキーのピアノに対する鋭敏な感性が感じられ、魅了されずにいられない。それは、美しい響きへの強いこだわりに裏打ちされたもの... いや、ゴドフスキーのピアノは美しい!超絶技巧にして、そこに留まらない、その美しさ、このメモリアルで注目されたらなと、隠れゴドフスキー・ファンは願います。
そんなゴドフスキーによるトランスクリプションも含めての、ピアノから見つめるバロック... セルゲイ・カスパロフが、ピアノで弾く、ルイエ、ラモー、ドメニコ・スカルラッティ、バッハ、"EXPLORING TIME WITH MY PIANO"(Alpha/Alpha 606)を聴く。

20世紀末だったろうか?チェンバロの時代の作品はチェンバロで... という雰囲気があったように思う(ピリオド隆盛で、オーセンティックなアプローチが幅を利かせた時代... )。その後で、21世紀、今、チェンバロのために書かれた作品をピアノでも弾こう!そんな雰囲気が醸成されつつあるような気がする(ピリオド隆盛によって開拓されたレパートリーがピアノへと広がる?)。バッハばかりでなく、クープランなど、フランス・クラヴサン楽派あたりを入口に、コアなバロックへと踏み込むピアニストたち... いや、ピアノというマシーンで、改めてバロックと向き合えば、また違ったパノラマが見えて来る。そして、ロシアのピアニスト、カスパロフの"EXPLORING TIME WITH MY PIANO"が、まさに、それ!僕のピアノと時間探検。何だか、ドラえもんの映画のサブ・タイトルみたいでラヴリーなのだけれど、カスパロフによるバロック探検は、フランスの巨匠、ラモー(1683-1764)、ロンドンで活躍したルイエ(1680-1730)、イタリアが生んだ新世代、ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)、そして、ドイツの大御所、バッハ(1685-50)と、チェンバロの時代を彩った4人の鍵盤楽器奏者たちの作品を、それぞれに4つのパートに分けて取り上げる(幅を持たせつつ、実にバランスの取れた4人!)。で、"EXPLORING TIME WITH MY PIANO"の、さらにおもしろいところが、ピアノの時代のヴィルトゥオーゾたちによるトランスクリプションも取り上げるところ... ルイエとラモーでは、前述のゴドフスキー(track.2-4, 7, 9)、スカルラッティでは、ロマン主義の時代のヴィルトゥオーゾ、タウジヒ(track.12, 13)、バッハでは、ラフマニノフ(track.20-22)によるトランスクリプションがオリジナルと並び、バロック縛りなのに異なる時代の感性が入り込んで、またケミストリーが生まれるという... ピアノによるバロック+後のヴィルトゥオーゾによるバロック、これが、実におもしろい!
で、ラモーの前奏曲(クラヴサン曲集、第1組曲の... )によって始められる"EXPLORING TIME WITH MY PIANO"。フランスらしいセンチメンタルに包まれて、ラモーらしく色彩が強調され、クラヴサンらしさを際立たせただろう装飾に彩られたその音楽は、ピアノで奏でると、一転、音の少なさが露わとなり、そうして浮かび上がる間が印象的。で、その後半部分をゴドフスキーによってトランスクリプションされたメヌエット(track.2)が続くのだけれど、ピアノを知り尽くしたヴィルトゥオーゾ、ゴドフスキーは、オリジナルにあった間を、ピアノらしい美しい響きで埋めて、また新たな芳しさを生み出す。すると、ラモーの音楽は、ポスト・バロック的な感性を放ち始め、さらにはショパンすら聴こえて来そうな華麗さも見せ、新しい表情で聴く者を魅惑する。そんなラモー(track.1-4)の後で取り上げられるのが、ルイエ(track.5-9)... ロンドンで活躍したヴィルトゥオーゾの音楽は、フランスのラモーとは違って端正な音楽を繰り出し、同じバロックでも、海を渡れば、また違ったバロックが存在していたことを意識させられる。で、ルイエもまたゴドフスキーによってトランスクリプションされるのだけれど、ルイエの端正はいじりがいがある?サラバンド(track.7)は、フランス・バロックを思わせる装飾を纏い、優雅。ジーグ(track.9)は、19世紀を思わせる力強さを籠めて、まるでロマン主義の音楽のよう。いや、バロックはロマン主義の予告編とも言えるわけで... そうしたあたりを意識させるケミストリーが印象的。そして、スカルラッティ(track.10-13)... まず、1曲目のロ短調のソナタ(track.10)の、しっとりとした表情に惹き込まれる!それは、オリジナルでありながら、すでに19世紀っぽいリリカルさがあって... 続く、ホ長調のソナタ(track.11)の軽やかさは、モーツァルト!スカルラッティの先駆性は、ピアノによってこそ引き立つのか... いや、すでにピアノを弾いていたスカルラッティだけに、ピアノこそしっくり来るのかもしれない。が、そんなスカルラッティの先駆性に対し、タウジヒによるトランスクリプション(track.12, 13)は、それを抑えるような感覚があって、かえって紋切っぽく仕上がり、また魅力的。
さて、最後がバッハ(track.14-22)。いやはや、"音楽の父"の安定感たるや!やっぱり、凄い... 一方で、取り上げられるBWV 818aの組曲、第1曲、前奏曲(track.14)の疾走感は、ちょっと、ロック。タウジヒによる紋切っぽいバロックの後だと、めちゃクール!で、トランスクリプションされた方が古臭く聴こえるというアベコベが、"EXPLORING TIME WITH MY PIANO"をより刺激的なものとするのか... 他の作曲家たちが、モードに追われるように作曲していたのに対し、バッハは、モードの外(よって、極めてローカルであり、オールド・ファッションだった... )で作曲していたことが、かえって時代を超越する音楽に至り... そこから聴こえて来るのは、バッハの現代性!バッハの音楽を、改めて、ラモー、ルイエ、スカルラッティと、同世代のバロックの作曲家と並べると、その現代性が明確になるようで、またケミストリー... そんなバッハの最後を締めるのが、ラフマニノフによりトランスクリプションされた3番の無伴奏ヴァイオリン・パルティータ(track.20-22)。この名作の明朗さが、ラフマニノフの華麗さにドンピシャではまって、驚かされる!ヴァイオリンのための音楽が、ピアノに落し込まれることで、響きはよりシャープなものとなり、そういうシャープさを以って、的確に音が足されて行き、輝きはさらに増す。そうすることで、バッハの現代性がさらに拡張されるようで、何だかポップにすら感じられる。そこには、ラフマニノフの現代性(そのロマンティックなイメージとは裏腹に、20世紀前半のアメリカで活躍したラフマニノフのモダニストとしての一面も忘れるわけには行かない... )も共鳴しているのだろう。しかし、美しい!
そんなバロックを聴かせてくれたカスパロフ。まず、そのクリアなタッチに魅了される。で、彼のクリアさは、バロックのシンプルさを瑞々しく捉えて、チェンバロの時代の音楽をナチュラルにピアノに反映させることができるのが特徴的。もちろん、これまでも、バッハなどいくらでもピアノで弾かれて来たわけだけれど、カスパロフのバロックに対するナチュラルさは、何か、一味違う。オリジナル主義を志向するような、チェンバロの響きを意識したタッチではなく、より音楽そのものに意識を寄せ、バロックのシンプルさを活かし切る。そして、そのシンプルな中に詩情を籠め、麗しさを漂わせ、バロックの音楽に眠っていた新たな美しさを呼び覚ますかのよう。で、呼び覚まして、ラモー、ルイエ、スカルラッティ、バッハ、それぞれのおもしろさを卒なく引き出し、それぞれに息衝き、そうすることで、バロックがまた新鮮に感じられて... そういう新鮮さを生み出すピアノという楽器の魅力にも気付かされて... バロックのシンプルさが、かえってピアノならではの豊潤さを強調し、改めて、この楽器が持つリッチなトーンに魅了される。最後のラフマニノフ(track.20-22)なんかは、特に!そう、"EXPLORING TIME WITH MY PIANO"は、バロックのみならず、ピアノの素敵さも掘り起こす。という風に、二重にも三重にもケミストリーを仕掛けて来るカスパロフ、実に魅惑的なピアニストだなと...

EXPLORING TIME WITH MY PIANO
Sergei Kasprov


ラモー : 前奏曲 〔クラヴサン曲集 第1巻 から〕
ゴドフスキー : メヌエット イ短調 〔『ルネサンス』 第1巻 から〕
ゴドフスキー : サラバンド ホ長調 〔『ルネサンス』 第1巻 から〕
ゴドフスキー : リゴードン ホ長調 〔『ルネサンス』 第1巻 から〕
ルイエ : アルマンド ホ短調
ルイエ : クーラント ホ短調
ゴドフスキー : サラバンド ホ短調 〔『ルネサンス』 第2巻 から〕
ルイエ : ジーグ ホ短調
ゴドフスキー : ジーグ ト短調 〔『ルネサンス』 第2巻 から〕
ドメニコ・スカルラッティ : ソナタ ロ短調 K.87
ドメニコ・スカルラッティ : ソナタ ホ長調 K.162
タウジヒ : パストラル ホ短調 〔原曲 : ドメニコ・スカルラッティのソナタ ニ短調 K.9〕
タウジヒ : カプリッチョ ホ長調 〔原曲 : ドメニコ・スカルラッティのソナタ ホ長調 K.20〕
バッハ : 組曲 イ短調 BWV 818a
バッハ : 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番 ホ長調 BWV 1006 〔編曲 : ラフマニノフ〕

セルゲイ・カスパロフ(ピアノ)

Alpha/Alpha 606




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