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モソロフ、鉄工場、だけじゃない... [2015]

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音楽史におけるソヴィエトの存在を振り返ると、それは、まさに"冬"だったなと... 2019年、「表現の不自由」で、お祭り騒ぎができた、一面のお花畑、ニッポンの春からしたら、本当の意味で背筋が寒くなる。不自由、云々の騒ぎでなく、表現の自由が無い世界... クリエイターたちの創意が否定されるなんて、はっきり言って、想像が付かない。しかし、驚くべきは、そうした中にあっても、様々な作品が生み出されていた事実。抑圧下にありながら、クリエイターたちは、強かに、逞しく、自らの表現を模索した。ある意味、抑圧下だったからこそ、到達できた境地もあったように思う。ソヴィエトが崩壊する前後の室内交響曲から、ソヴィエトの停滞期の交響曲、"雪融け"の時代の交響曲を聴いて来て、そんな風に強く思う。冬には冬の力強さ、美しさが存在するように... が、忘れてならない、ソヴィエトにも春は存在した!そもそも、ロシア革命(1917)により、旧来の伝統が打ち壊されて、クリエイターたちは、まったく新しい表現を炸裂させていた!そう、ロシア・アヴァンギャルド...
ということで、ロシア・アヴァンギャルドの申し子、モソロフに注目!ヨハネス・カリツケの指揮、ベルリン放送交響楽団の演奏で、代表作、「鉄工場」に、シュテッフェン・シュライヤーマッハーのピアノで、ピアノ協奏曲(CAPRICCIO/C 5241)などを聴く。

アレクサンドル・モソロフ(1900-73)。
まだ、ロシア帝国だった時代、チャイコフスキー(1840-93)の急逝から7年、ショスタコーヴィチ(1906-75)が生まれるのは6年後の1900年、キエフにて、弁護士をしていた父の下、裕福な家庭に生まれたモソロフ。母は、ボリショイ劇場の歌手で、モソロフは、その母からピアノを学び始める。1917年、そうして迎えたロシア革命、モソロフは、17歳、人民委員の事務所で働き始め、ロシア内戦(共産主義者=赤軍と、それ以外=白軍が1922年まで戦闘を繰り広げた... )が始まると、赤軍に従軍。が、負傷し、除隊。1922年、モスクワ音楽院へと進み、グリエール(1875-1956)、ミャスコフスキー(1881-1950)らに師事。そして、在学中から頭角を表し、1924年には、モスクワ現代音楽協会の主催で、自作のコンサートが開かれるほど... で、卒業の翌年、1926年に作曲されたのが、代表作、交響的エピソード「鉄工場」!ボリショイ劇場から委嘱されていたバレエ『鋼鉄』(1927年に初演されている... )から、オーケストラ用の小品として切り出されたのが、この作品。それは、まさに、鉄工場の中に放り込まれたような、ノイズが織り成す交響楽!チャイコフスキーはもちろん、ストラヴィンスキーすら過去としてしまうような大胆な音楽は、旧社会を葬り去り、機械化されて行くソヴィエト社会、第一次大戦後の近代の時代の到来を直截的に表現。1930年には、ベルギー、リエージュで開かれた国際現代音楽祭で披露され、世界的な反響(1931年、山田耕筰によって、日本初演されている!)を呼び、国際的な名声を博す。が、スターリンが権力を掌握する1930年代、モソロフの革新性は、当然、忌避されることに... そして、他の誰よりも革新的だったがために、体制からの攻撃は激しく、それをかわすため、中央アジアへ民俗音楽の研究に赴き、フォークロアに根差した保守的な作風に変えてみたりするも、1936年、作曲家同盟(体制が作曲家たちの創作を管理するための組織... )から追放。翌、1937年には、反ソヴィエト的として、逮捕。白海運河建設の強制労働に送られる。が、師、グリエール、ミャスコフスキーらが奔走し、1938年に強制労働から解放(1942年までの、モスクワ、レニングラード、キエフからの追放に減刑... )。以後、社会主義リアリズムに適った作品を書き続けるも、ソヴィエトの音楽シーンの中心で輝くことはなく、ロシア・アヴァンギャルドの申し子は、忘れ去られてしまう。
という、モソロフの作品集。まずは、お約束、「鉄工場」(track.1)!ドンガンドンガン、そのサウンド、今、聴いても、アヴァンギャルドだよ... けど、3分強。そのインパクトとは裏腹に、思いの外、小品。3分強のドンガンドンガンで、作曲家、モソロフの力量を見据えるのは無理があった。そこで聴く、1番のピアノ協奏曲(track.2-4)!「鉄工場」の翌年、1927年に作曲された作品だけに、マシーン・エイジ、インダストリアルな臭いがプンプンして来るコンチェルトで、おもしろいのは、同じく、1920年代、ジャズ・エイジの雰囲気もふわっと漂うところ... 薄暗い工場の中へ、恐る恐る踏み込むように始まる1楽章(track.2)、機械が放つノイズが止むと、ピアノが思い掛けなくジャジーな表情を見せて、なかなか雰囲気ある!西欧を旅し、直にジャズの熱狂を体験しただろうモソロフだけに、ショスタコーヴィチのジャズ組曲のトンチンカンとは一線を画し、きちんとブルーに響くのが印象的。で、そのブルーを、インダストリアルに沁み込ませるような、1楽章の後半。フリッツ・ラングの映画『メトロポリス』(1927)的なディストピアが浮かび上がるようで、西欧の作曲家による1920年代が、浮かれっぽいのに対し、プロレタリアート、ソヴィエトの音楽は、しっかりとダーク。続く、2楽章(track.3)は、サティの『パラード』(1917)を思い出させる?近代都市の喧騒をコラージュするかのように音楽が展開。最後、終楽章(track.4)では、ピアノのオスティナートが音楽を引っ張り、再びインダストリアルな気分が呼び起こされ... ノイジーにして、リズミカル!「鉄工場」だけでは、イロモノっぽいけれど、そのセンスで以って、見事、コンチェルトを織り成したモソロフ、作曲家としての力量は、十二分!でもって、コンチェルトでも、バリバリのロシア・アヴァンギャルド!で、思う。旧世代の音楽からしたら、その音楽、アブストラクトなのだけれど、不思議と気難しさを感じさせない。それは、新しい時代の在りのままを音楽で捉えようとする、ある種の素直さから来るもの?若きモソロフのピュアが反映されている気がする。
で、まだまだロシア・アヴァンギャルドは続きます。1番のピアノ協奏曲の後に取り上げられる「コルホーズにトラクターが到着」(track.5)は、「鉄工場」と同じ、バレエ『鋼鉄』からのナンバー... 民謡が聴こえて来るコルホーズ=集団農場の牧歌的な風景に始まり、やがて、ブゥーンブゥーン、ポポポポポポッ、トラクターが近付いて来るよ!働く車、凄いなー、的な、こども目線を思わせるワクワク感が膨らんで行って、最後、勇壮に革命歌風旋律が奏でられて、キャッチー!おそらく、これこそが、社会主義リアリズムの模範解答だったのだろうなと... 3曲目、チェロとピアノによる「伝説」(track.6)は、一転、チェロの艶やかなトーンを活かして、シックな音楽を聴かせる。それは、1924年、学生時代の作品で、スクリャービンの象徴主義を思わせて、魅惑的ですらある。で、同じ年に作曲された、1番のピアノ・ソナタ(track.7)は、ピアノならではの重厚感を活かしつつ、少し無機質にノイジーに奏で、後のインダストリアルな路線を示す。このあたりに、モソロフの音楽性の確立が窺えるのか... そして、最後は、1928年の歌曲、「4つの新聞記事」(track.21)。で、本当に新聞記事+広告を歌ってしまう!もね、犬が逃げた、とか、ネズミ駆除、簡単にできます、とか、歌う内容は、シュール(そこには、鋭い風刺が含まれているとのこと... )!で、その音楽、シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』(1912)を思わせる感覚があって、表現主義的。いや、「鉄工場」だけでは知り得ない、この作曲家の成長過程、表現の幅が、実に興味深い!
そんな作品集を、カリツケの指揮、ベルリン放送響の演奏、シュライヤーマッハーのピアノを軸に聴くのだけれど、ドイツ人の指揮者、オーケストラ、ピアニストならではの実直さが、まず印象深い。ドンガンドンガンな「鉄工場」だけに、イロモノ的に捉えられる帰来もなくもないところを、彼らは、思いの外、丁寧に演奏(作曲家でもある、カリツケの視点も効いている... )。「鉄工場」などは、ノイジーさを強調するのではなく、響きの色彩感をしっかりと引き出し、そこから、独特の軽やかさを生んで、意外とポップな仕上がり。ピアノ協奏曲(track.2-4)では、そうしたオーケストラと、少し抑制を効かせたシュライヤーマッハーのピアノがよく馴染んで、ひとつのサウンド・スケープを描き出すよう。すると、コンチェルトの派手さよりも、モソロフが輝き得た時代の風合いが広がって、ロシア・アヴァンギャルドも味わい深いものとなり、どこかノスタルジックに染まる。一方、「伝説」(track.6)での、リームケのチェロの落ち着き、「4つの新聞記事」(track.21)での、ちょっぴりヒステリックなプシェニチニコワ(ソプラノ)の歌声も、それぞれに味があって、「鉄工場」とはまた違うモソロフの魅力をきちんと聴かせる。そうして見えて来る、モソロフという作曲家の全体像。それが、とても、新鮮。

ALEXANDER MOSOLOV IRON FOUNDRY ・ PIANO CONCERTO NO. 1
SCHLEIERMACHER ・ KALITZKE


モソロフ : 交響的エピソード 「鉄工場」 Op.19 *
モソロフ : ピアノ協奏曲 第1番 Op.14 **
モソロフ : コルホーズにトラクターが到着 *
モソロフ : チェロとピアノための 「伝説」 Op.5 **
モソロフ : ピアノ・ソナタ 第1番 Op.3 *
モソロフ : 4つの新聞記事 Op.21 **

シュテッフェン・シュライヤーマッハー(ピアノ) *
リンゲラ・リームケ(チェロ) *
ナタリーヤ・プシェニチニコワ(ソプラノ) *
ヨハネス・カリツケ/ベルリン放送交響楽団 *

CAPRICCIO/C 5241




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