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エストニア、ルーン歌謡と民謡聖歌。 [2013]

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冬はピアノ... に、続いて、冬っぽさを求めて、北欧の音楽なんか聴いてみようかなと... で、バルト三国、エストニアに注目!さて、エストニアと言いますと、N響のシェフ、パーヴォの出身国でありまして、つまり、ヤルヴィ家の故国でありまして、そのヤルヴィ家とも親交のある、癒し系の先駆者、ペルトを生んだ国。いやいやいや、それだけじゃない、クレークに、トゥビンに、トルミスに、トゥール、何気に、音楽大国... そんなエストニアの音楽の真骨頂は何かと言いますと、ズバリ、歌!何と、現在のエストニア共和国は、"歌う革命"(ソヴィエトからの独立運動、人々は、デモで歌ってソヴィエトに対抗した!ことからそう呼ばれる... )によって成立しておりまして... というくらいに、歌うことは、エストニアの人々にとって、欠かせないもの。それを象徴するのが、5年に一度、首都、タリンで開かれる、全国歌謡祭(1869年に始まり、紆余曲折ありながらも、昨年、第27回を開催!2003年には、ユネスコの無形文化遺産にも登録... )。国中から集まった様々な合唱団が、民族衣装を着て、練り歩き、歌い、最後はひとつとなって、愛国歌を歌うという民族の祭典。で、その規模、30万人(エストニアの人口が130万人というから... 凄い... )!いや、歌うエストニア、恐るべし... そんなエストニアの、歌のルーツを探る。
エストニアの作曲家、マルゴ・コラルが率いる、エストニアのヴォーカル・アンサンブル、ヘイナヴァンケルが、エストニアの人々が太古の形式を受け継ぐルーン歌謡と、民謡をベースとしたエストニアの聖歌に、そうしたエストニアの歴史と伝統に根差したコラル自身による作品を歌うアルバム、"song of olden times"(harmonia mundi/HMU 907488)を聴く。

エストニア人は、フィン・ウゴル系という言語グループにカテゴライズされる。そう、フィンランド人と同じグループ。で、このフィン・ウゴル系の言語を話す人々は、他のヨーロッパの人々とちょっと違う経路を経て、今、在る地に至る。その、ちょっと違う経路というのが、アジア経由!フィン・ウゴルの、ウゴルとは、ヨーロッパとアジアを分けるウラル山脈の東側、シベリア中西部、かつてユグラと呼ばれていた地に由来する。そこは、北方アジア人が活動した地域で、ヨーロッパからやって来たエストニア人の御先祖、まだフィンランド人と別れる前の民族集団は、北方アジア人と出会い、深く交流を持ったことによって、やがて北方アジア系の言語を話すようになり、フィン・ウゴル語派が形成される(その後、再び西へと帰り、今に至る... )。つまり、エストニア人は、アジアナイズされたヨーロッパ系の人々とも言えるわけだ。それはまた、歌にも言えるようで... "song of olden times"で歌われる、ルーン歌謡は、エストニアを含む、バルト・フィン諸語が話される地域(エストニア、フィンランド、ロシアのカレリア地方... )に伝わる古い歌で、少なくとも紀元前1千年紀まで遡ることができるらしい。となると、その歌いには、北方アジア人との交流の記憶が残されている?シンプルなテーマを反復して行くルーン歌謡は、我々、日本人が、どこかで耳にした、数え唄のような、仕事唄のような、そんな雰囲気かあって、どことなしにアジアっぽい。また、そうしたあたりを巧みにすくい上げるコラルによるアレンジが効いていて、大胆にホーミーを取り入れたり(track.3, 8, 10, 12)と、国境なんて概念が無かった時代、ユグラでの交流に思いを馳せる。
さて、エストニアは、絶え間なく周辺国の支配を受けて来た。北方十字軍の侵攻(1193)に始まり、デンマーク、ドイツ騎士団、スウェーデン、ロシア、ソヴィエト... 当然ながら、そうした宗主国からの影響は大きかった。で、特に大きな影響を与えたのが、支配階級を形成したバルト・ドイツ系の貴族たち。宗主国の栄枯盛衰の一方で、ドイツからやって来たバルト・ドイツ貴族たちは、エストニアの地に根付き、西の「ヨーロッパ」な文化を伝えることに... そして、16世紀、ドイツで宗教改革が起こると、エストニアの地にも宗教改革がもたらされる。それまでのラテン語による典礼は廃され、ドイツのコラール(聖歌隊ではなく、会衆が歌う讃美歌... )の影響下、民謡をベースとしたエストニア語による聖歌が生まれ、教会で歌われることに... それが、"song of olden times"のもうひとつの題材、民謡聖歌。民謡からの借用だけに、極めて素朴で、土に根差した音楽を感じ、ドイツのコラールが持つ清明さは無い。いや、そうあって、どこか音楽の根源を見出せる気がする。で、おもしろいなと思ったのが、やさしく牧歌的なメロディーを歌う、「主よ、お守りいただき感謝します」(track.11)... それは、アメリカの開拓時代の讃美歌(ヨーロッパ大陸で積み上げて来たロジックを否定するようなシンプルさ... これもまた民謡聖歌と言えるのかも... )に通じる平明さが窺えて、誰しもが歌える民謡聖歌の性格を意識させられる(しかし、何てやさしげな音楽だろう!)。ドイツにおけるプロテスタントの教会音楽は、コラールによって、ルネサンスを脱し、大いに前進するわけだけれど、エストニアの場合、民謡聖歌は、グレゴリオ聖歌が整備される以前へと回帰するようで... だから、とてもナチュラルな印象を受ける。自らの感性で歌い、祈る、ナチュラルさ... だからか、とても心休まる思いがして来る。いや、宗教改革によってエストニアの音楽の民族性は、強化されたと言えるのかもしれない。
という、ルーン歌謡―民謡聖歌に基づく、コラルによる作品がまたすばらしい!それは、アレンジ?エストニアのフォークロワの歴史と伝統を活かし、その魅力をますます引き立てながら、西洋音楽のフォーマットに落とし込み、確かな洗練を以って、音楽としてのさらなる輝きを放つ!始まりの、「わが心目覚め、歌えよ」の、野良仕事の合間から聴こえて来そうな、どこか懐かしいキャッチーなメロディー... それをルーン歌謡のスタイルを踏襲し、反復し、コール・アンド・レスポンスを織り成しながら、色彩に富む、明朗なハーモニーを施して、聴く者を、一気に惹き込んで来る。フォークロワを材料に、フォークロワの形式を受け継ぎながら、フォークロワに留まらず、ニュー・エイジ的な雰囲気を漂わせるコラル、クール!3曲目、「来たれ創造主よ/おお、創造主、純粋な精神」(track.3)では、グレゴリオ聖歌(ラテン語)と民謡聖歌(エストニア語)でアンティフォナを繰り広げた後、それらがジワーっと重なって、最後はポリフォニーを織り成し、おもしろい音楽を繰り出す。いや、それは、ミクスカルチュラルなエストニアの音楽(北方アジア人との交流があり、宗主国からの影響があり、育まれた... )を象徴するようで、なかなか興味深い在り様を聴かせる。一方、「逃げられたガチョウ」(track.6)では、ルーン歌謡のスタイルを最も解り易く示し、短いフレーズをただひたすらに繰り返すのだけれど、それをミニマル・ミュージックに昇華してしまうのが、現代の作曲家ならではの感性... 小気味良く繰り出されるエストニアの言葉の響きは、心地良く、聴き入ってしまう。しかし、コラルの、伝統と現代の折り合いの付け方の上手さたるや!感服するばかり...
そんなコラルに率いられたヘイナヴァンケルが、圧巻!北欧の合唱ならではのクリアさを存分に活かしつつ、フォークロワとそれに根差した音楽を表情豊かに歌い上げ、魅了されずにいられない。で、先述のホーミーも、本当に見事!「イエスよ、わたしはあなたを見捨てません」(track.10)の冒頭、まずホーミーでテーマが提示されるのだけれど、ホーミーでメロディーを歌ってしまうことに舌を巻く(そうか、ホーミーって、ただ、ウィィィィーって言っているだけじゃないんだ... )。そういう、特殊唱法を体得したメンバーもいるだけに、ひとりひとりのポテンシャルの高さは、さすが... で、ひとりひとりの声に、確かな存在感があって、室内合唱らしく、シャープに歌い上げても、けして冷たくはならない。と言うより、得も言えず活力に溢れ、温度さえ感じられ... だからこそ、土に根差した音楽を、きちん掘り起こし、その魅力を圧倒的な響きで示せるのだろう。すると、そこに、音楽の原初の姿が見えて来るのか... 単にエストニアのフォークロワに注目するのではなく、フォークロワに潜む、原初の音楽の記憶にアクセスし、より深く、より広い世界を見せてくれるのが、コラル+ヘイナヴァンケル。"song of olden times"、昔日の歌の、「昔日」とは、文明の垣根が生まれる以前の、全てが未だひとつだった楽園の日々のことなのかもしれない。そう、失われた楽園... 反目し合うしか存在理由を示し得ない21世紀を生きる身には、その音楽が沁みる。泣ける。この冬の時代に、ポっと、やさしく、温めてくれる。

Songs of Olden Times Estonian Folk Hymns and Runic Songs

コラル : わが心目覚め、歌えよ
異教徒の救い主
コラル : 来たれ創造主よ/おお、創造主、純粋な精神
主よ、私はここにいます
おおアダム、何と罪な
コラル : 『昔日の歌』 第1番 逃げられたガチョウ
コラル : 『昔日の歌』 第2番 奇跡の家
コラル : 『昔日の歌』 第3番 創造物
おおイエス、あなたの苦しみ
コラル : イエスよ、わたしはあなたを見捨てません
主よ、お守りいただき感謝します
お前はあのように死ぬか
子らを来させよ
来なさいと神の息子は言い
今や休息が夜のとばりに

マルゴ・コラル/ヘイナヴァンケル

harmonia mundi/HMU 907488




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