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2019年、今年の音楽、リヒャルト・シュトラウス、『ばらの騎士』。 [2017]

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今年の漢字、"令"でしたね。いやはや、皆さま、考えてらっしゃらない。令和で、"令"だなんて、もうちょっと2019年がどういう年だったか、考えてみませんこと?などと、突っ込まずいられないのは、例年のことか... ということで、今年も、選びます。音のタイル張り舗道。が選ぶ、今年の音楽!ま、広く募るようなことはせず、独断と偏見、極まっておりますので、毎年、すんごいのを選んでおります。例えば、昨年、2018年は、ベリオのシンフォニア(音楽史をひっくり返して、大変なことになっちゃった、ような音楽... )でした。一昨年、2017年は、リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』(お馴染み、退廃の定番。耽美の一方で、ドン詰まり感が半端無い... )。そして、初めて選んだ2016年は、リゲティの『ル・グラン・マカーブル』(終末が訪れるも、死の皇帝がスっ転んで、頭打って死んだもんだから、終末が取り止めとなるトホホ... )。って、ちょっと惨憺たる選びよう?いや、振り返ってみると、惨憺たる状態が続いております。その先に、2019年、どんな年だったろうか?良いことも、悪いこともあって、何より、ひとつの時代が終わり、新しい時代が始まった。そんな一年を、少しセンチメンタルに見つめて...
2019年、今年の音楽は、リヒャルト・シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』!カミラ・ニールンド(ソプラノ)の元帥夫人、ポーラ・ムリヒー(メッゾ・ソプラノ)のオクタヴィアン、ピーター・ローズ(バス)のオックス男爵、マルク・アルブレヒト率いるネーデルラント・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、オランダ国立オペラによるライヴ盤(CHALLENGE CLASSICS/CC 72741)を聴く。

ばらのように芳しいサウンドが満ち充ちて、古き良き時代のワルツに彩られる、『ばらの騎士』... まさに夢見るように麗しいオペラは、1911年の初演以来、聴衆を魅了し続けている。ウルトラ・ロマンティックな『サロメ』(1905)、表現主義へと踏み込む『エレクトラ』(1909)で、近代オペラの最前衛に立ったはずだったリヒャルト・シュトラウスが、一転、『ばらの騎士』では、過去へと引き返す。聴衆が求めるものに、素直に応える。なればこそ、夢を見せてくれるオペラなのだけれど、今、改めて、見つめる、『ばらの騎士』は、『サロメ』や『エレクトラ』とはまた違ったベクトルで、時代に鋭く向き合っていたように思う。そのオーケストレーションは、ワーグナーの延長線上にあって、ますます濃密であり、また、『エレクトラ』の無調からは引き返したとは言え、その調性は危うさを孕み、どこか不安定でもあり、『サロメ』の耽美はまだまだ息衝いている(考えてみれば、『ばらの騎士』の上流社会、『サロメ』のヘロデ王の一族に似ていなくもない?)。そうしたサウンドでワルツを踊り出せば、どこか調子の狂ったメリーゴーラウンドに乗るような、奇妙な感覚を覚え、酔ってしまいそう。酔って、焦点が覚束なくなっての、夢見るようなオペラでもある気がする。で、そういう音楽で描かれる、アンシャン・レジーム、いとも優雅だったモーツァルトの時代なのである。シンプルな和声と、端正なリズムに彩られた古典主義の時代を描こうというのに、その真逆を行く... それも、ワグネリズムの仰々しさと、オペレッタの安っぽさをブレンドするという大胆さ!普段、『ばらの騎士』を見る時、このことが忘れられがちのように思う。それは、あり得ない音楽であり、情景なのである。それでも、そうだ、と、聴衆に思わせてしまうリヒャルト・シュトラウスの力技たるや... 冷静に考えてみると、悪魔的... 一見、懐古的でありながら、舞台上に出現する世界はフェイク(そもそも、銀のばらを届ける求婚の使者、ばらの騎士、という慣習そのものが、台本作家、ホフマンスタールによる創作!)。それも、似て非なる、なんてレベルではない(モーツァルトのブッファはもちろん、サリエリや、ナポリ楽派の軽やかな音楽を思い出して!)、時空を歪めて、強引に創出される、悪夢のような18世紀!そんな風に見つめるならば、『ばらの騎士』は、『サロメ』や『エレクトラ』に負けず、十二分に挑戦的なのだが、見事、その芳しさ、懐古風のパッケージに騙されているわけだ。
とはいえ、騙されてこその『ばらの騎士』。また、騙された中に、普遍的な真実も浮かび上がって... 元帥夫人の物憂さには、輝きを失いつつある旧時代が浮かび、オックス男爵の粗暴っぷりには、旧時代の傲慢さと、旧世代の足掻きが浮かび、そのオックス男爵と婚姻関係を結ぼうとするファーニナル家には、新興なればこその狡猾さが浮かび、その娘、ゾフィーには、新世代ならではの欲求への正直さが浮かび... お伽噺のようでいて、何ともリアルな『ばらの騎士』。そうした中、どこか所在無さげなオクタヴィアンの姿は、このオペラの肝。女声(メッゾ・ソプラノ)が男性(オクタヴィアン)を演じ、女装し男性(オックス男爵)を誘惑までするという、ジェンダーの境界を大いに揺さぶって来るホフマンスタールの台本は、『フィガロの結婚』のケルビーノを下敷きとしたとはいえ、恐ろしく先駆的だったなと... また、そういう境界を曖昧とする仕掛けが、このオペラならではの揺れ動く心理を美しく引き立てて... 何より、揺れ動きながら、旧時代に属するオクタヴィアンが、新世代に恋し、旧世代がそっと身を引くことで、若い恋は成就、新時代が幕を開けるという象徴性。ここに、世のうつろいの真実が反映されているような気がする。そして、その"うつろい"を、これ以上無く、美しく強調したリヒャルト・シュトラウス!3幕、3時間も掛けて、新旧の間を揺れ動くもどかしさ(その優柔不断に、もうひとつのリアルを見出す... )は、やっと踏ん切りが付けられて、狂おしさとなり、このオペラの白眉、最終幕の三重唱(disc.3, track.10)へ... 古いものから新しいものへとうつろう瞬間こそ、この上なく芳しいという... 第1次大戦開戦を3年後に控えた1911年に完成したこのオペラは、間もなく、新しい時代が訪れることを暗示していたのかもしれない。しかし、戦争の破壊による時代の転換は、『ばらの騎士』が暗示したものとは程遠く... なればこそ、去りゆく古きものへのセンチメンタルに包まれた『ばらの騎士』は、特別なのかもしれない。いつの時代も、新しい時代を迎えるということは、困難を伴う。なればこその、夢としての、美しき"うつろい"... そんな夢が、今、とても心に響いて来る。つまり、それは、今が過渡期だからか?ただ美しさに魅了されるのではない、新しい時代を迎えるための鎮痛剤としての『ばらの騎士』?
さて、マルク・アルブレヒトの指揮、オランダ国立オペラでのライヴ盤を聴くのだけれど、まず、印象に残るのは、マルク・アルブレヒト率いるネーデルラント・フィル(オランダ国立オペラのピットでも活躍するオーケストラのひとつ... )の、抑制の効いた演奏... マルク・アルブレヒトの指揮は、リヒャルト・シュトラウスのスコアを少しドライに捉えて、リヒャルト・シュトラウスならではの響きの豊潤さよりも、オペラとしてのドラマ性を丁寧に紡ぎ出す。すると、音楽の構造がクリアになり、全体を貫くライトモチーフは際立ち、ちょっとワーグナーっぽさが強まったり... そういうところから描かれる、甘く切ない恋模様と、ブッフォン=オックス男爵が繰り出すドタバタは、テンポが良く、引き締まって、とても現代的なアプローチと言えるのかも... いや、初演から一世紀を経て、この人気作も、とうとう古典になり切り、いい具合に枯れたか?それくらいで、ちょうど良い?甘く夢見るようなサウンドが全てを呑み込むようなことはなく、リヒャルト・シュトラウスが綿密に構築したドラマ、音楽全体を磨き上げるマルク・アルブレヒト... 今さらながらに、このオペラのすばらしさを再確認させられる。そして、手堅い歌手陣!ニールンド(ソプラノ)の華やかで芳しい元帥夫人、ムリヒー(メッゾ・ソプラノ)の瑞々しく伸びやかなオクタヴィアン、甘やかで花々しいミュラー(ソプラノ)のゾフィー、そして、見事なブッフォンっぷりを発揮するローズ(バス)のオックス男爵!それぞれにキャラが立ち、ライヴ盤ならではの、緊張感が途切れず、ドラマが息衝く感覚も、このオペラ本来のおもしろさを引き立てる。しかし、惹き込まれる。いろいろ、2019年の騒々しさ(オックス男爵みたいな輩が跋扈する一年でありました... )、花々しさ(銀のばらを贈る、ではないけれど、新しい時代を迎える様々な儀式は忘れ難く... )を振り返りながら聴けば、このオペラが描く"うつろい"が、沁みる。

Richard Strauss Der Rosenkavalier DUTCH NATIONAL OPERA

リヒャルト・シュトラウス : オペラ 『ばらの騎士』 Op.59

元帥夫人 : カミラ・ニールンド(ソプラノ)
オックス男爵 : ピーター・ローズ(バス)
オクタヴィアン : ポーラ・マリヒー(メッゾ・ソプラノ)
ファーニナル : マーティン・ガントナー(バリトン)
ゾフィー : ハンナ・エリザベス・ミュラー(ソプラノ)
マリアンネ : イルムガルト・フィルスマイアー(ソプラノ)
ヴァルツァッキ : ミヒャエル・ラウレンツ(テノール)
アンニーナ : カイ・リューテル(ソプラノ)
警部 : スコット・ワイルド(バス)
元帥夫人の執事 : マルク・オムフレー(テノール)
ファーニナル家の執事 : モーシ・フランツ (テノール)
公証人 : アレクサンドル・ヴァシリエフ(バス)
旅館券食堂の主人 : ロベルト・ヴェルレ(テノール)
歌手 : ヨセフ・カン(テノール)
ワーテルランド音楽学校少年少女合唱団
オランダ国立オペラ合唱団

マルク・アルブレヒト/・ネーデルラント・フィルハーモニー管弦楽団

CHALLENGE CLASSICS/CC 72741




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