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秋に聴くガンバ... シェンクの実直、フィンガーの充実。 [2013]

ヴィオラ・ダ・ガンバはチェロに似て、まったく異なる楽器である。ヴィオラ・ダ・ガンバが古楽器であるがゆえに、うっかりチェロの古い形だと錯覚してしまいそうになるのだけれど... チェロは、ヴァイオリン属の楽器(ちなみに、我々にとってお馴染みのヴィオラは、ヴァイオリン属... )で、ヴィオラ・ダ・ガンバは、ヴィオラ・ダ・ガンバ属の楽器(チェロに似たサイズのものだけがヴィオラ・ダ・ガンバではなく、ヴァイオリン属のように大小4種類の楽器がある... )、まったく別系統ということになる。いや、その音色に耳を澄ませると、その違いは、結構、大きなものとして感じられる。チェロの懐の深い音色には、どこか冬を待つような寂しさがあるのか... その寂しさは、意外とエモーショナル。一方で、ヴィオラ・ダ・ガンバの繊細な音色には、秋の紅葉の鮮やかさと、その散る前の刹那に似た儚さがある。そして、その儚さには、どこか夢見るようなファンタジーが漂い... よく、チェロは、人の声に近い、というようなことを言われるけれど、ヴィオラ・ダ・ガンバからすると、ある意味、それは、生々しい、ということのように思う。そして、生々しさの対極にあるのが、ヴィオラ・ダ・ガンバか... で、何だか、今、そういう音色を欲していて... 前回、聴いた、ドイツ・バロックのガンビスト、ヘフラーに続いての、ヴィオラ・ダ・ガンバ尽くし!
ヴィーラント・クイケンとフランソワ・ジュベール・カイエによるバス・ヴィオールで、2挺のヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ集、『ラインのニンフ』から6曲(RICERCAR/RIC 336)と、ペトル・ヴァクネルのヴィオラ・ダ・ガンバとアンサンブル・トゥールビヨンの演奏で、フィンガーのヴィオラ・ダ・ガンバのための作品全集(ACCENT/ACC 24267)の2タイトルを聴く。


オランダからやって来たガンビスト、シェンク、ラインの畔で生み出される実直。

RIC336.jpg
ヨハネス・シェンク(ca.1656-after 1716)。
オランダ、アムステルダム生まれのヴィオラ・ダ・ガンバの名手は、生没年も覚束なく... 新教国、オランダに在って、隠れカトリックだった?とか、ちょっと謎めいた前半生を送っていて、誰に師事したかなど、わかっていないことが多い。ただ、当時のオランダには、ヴィオラ・ダ・ガンバ=ヴァイオルの伝統国、イギリスから多くのガンビストが招聘されており、シェンクの初期の作品には、イギリスからの影響が窺えるとのこと... その音楽の端緒には、イギリスに連なる人物が存在していたのかもしれない。一方で、1686年、最初のオランダ語によるオペラ、『バッカス、セレスとヴィーナス』を書いた作曲家として、オランダ音楽史に確かな足跡も残し、カンビストとしてばかりでなく、作曲家としても活躍していた。が、シェンクと言えば、やっぱりガンビスト... その腕前は、国境を越えて注目され、1696年、アマチュアのガンビストだった、プファルツ選帝侯にしてユーリヒ=ベルク公、ヨハン・ヴィルヘルム(在位 : 1690-1716)に見出され、デュッセルドルフ(ベルク公国の首都、ライン河右岸の畔にある街... )の宮廷楽団に加わる。同世代だった選帝侯の信任はとても厚く、その従者をも務めるほどで、音楽に留まらず宮廷で重きをなしたよう(宮廷楽団の顧問官も務めている... )。というシェンクが、1704年にアムステルダムで出版(選帝侯に献呈!)したのが、ここで聴く、2挺のヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ集、『ラインのニンフ』。選帝侯の宮廷を彩った音楽なのだろう... そして、それは、選帝侯と一緒に奏でた作品でもあったか?
1曲目、3番、ニ長調のソナタ(track.1-5)の始まり、アダージョ... ラインの水面が朝陽を受け、やわらかに光り始めるような、詩情を漂わせる音楽。ヴィオラ・ダ・ガンバの落ち着いた響きが丁寧に重ねられ、何とも言えない穏やかさに包まれる。そこからのアレグロ(track.2)は、2挺のヴィオラ・ダ・ガンバが、小気味良く対位法が紡いで、確かな音楽を織り成す。そのあたり、バッハに通じるものがあって、印象的。2曲目、7番、ロ短調のソナタ(track.7-10)では、短調の重々しさが、よりバッハっぽい?けして派手な音楽ではないのだけれど、2挺のヴィオラ・ダ・ガンバで奏でられることで生まれる安定感、無理なく機能する対位法が生む充実感は、聴き手をやさしく包んで、深い安らぎをもたらしてくれるよう。いや、ドイツ・バロックの実直さだろうか?このソナタ集は、「ソナタ」というイタリア由来の形式を語りながら、フランスの舞踏組曲のような多楽章構成で、タイトルも"Le Nymphe di Rheno(ラインのニンフ)"とフランス語で綴られており、何だか錯綜しているのだけれど、イタリアやフランスとは違うスケール感やトーンがあって、じわーっと沁み入るような音楽を紡ぎ出す。作曲家はオランダ生まれだけれど、ラインの畔で生み出された音楽には、確かなドイツ・バロックの精神が感じられる。
という『ラインのニンフ』を聴かせてくれるのが、巨匠、ヴィーラント・クイケンと、次世代の名手、ジュベール・カイエ。豪華共演、もう申し分無いです。バス・ヴィオールの味わい、繊細さを存分に繰り出して、シェンクの手堅い音楽から深い表情を引き出し、聴き入るばかり。はっきり言って、2挺のバス・ヴィオールによる音楽なんて、渋過ぎるのだけれど、その渋さの中にも、豊かな世界を見せてくれるのが、この2人の凄いところ。2挺のバス・ヴィオールから響き出す音楽には、抱かれる様な懐の深さが感じられ、ただならぬ安心感が広がる。それは静かで、穏やかなのだけれど、そっとバス・ヴィオールの音色に、意識を向けていると、思い掛けなくイマジネーションは広がり... 何だろう、この感覚、暖炉の火を見つめるような感覚だろうか?音楽を聴きながら、それ以上の体感があるようで、おもしろい。何より、癒される... 選帝侯も、こんな風に癒されたのだろうか?さて、1716年、選帝侯がこの世を去ると、シェンクの消息は途絶えてしまう。新選帝侯は、デュッセルドルフではなく、ハイデルベルクに宮廷を構え、さらにマンハイムへと移し... この地で、ドイツ・バロックは次なる段階へと一歩を踏み出す。が、そこにシェンクはいなかった。それが、何だか、切ない。

JOHANNES SCHENCK LE NYMPHE DI RHENO
François Joubert-Caillet Wieland Kuijken


シェンク : ソナタ 第3番 ニ長調 〔『ラインのニンフ』 から〕
シェンク : ソナタ 第7番 ロ短調 〔『ラインのニンフ』 から〕
シェンク : ソナタ 第2番 イ短調 〔『ラインのニンフ』 から〕
シェンク : ソナタ 第11番 ト長調 〔『ラインのニンフ』 から〕
シェンク : ソナタ 第8番 ハ短調 〔『ラインのニンフ』 から〕
シェンク : ソナタ 第12番 ニ短調 〔『ラインのニンフ』 から〕

ヴィーラント・クイケン(バス・ヴィオール)
フランソワ・ジュベール・カイエ(バス・ヴィオール)

RICERCAR/RIC 336




ヨーロッパ各地を巡ったガンビスト、フィンガー、育まれた国際性による充実。

ACC24267
ゴットフリート・フィンガー(ca.1660-1730)。
チェコ、モラヴィア地方、オロモウツの司教の宮廷に仕える音楽家を父の下、生まれた、フィンガー。幼い頃から司教の楽団(当時、ザルツブルクへと移る前のビーバーも仕えていた... )に加わり、音楽を学び、また最新の音楽に触れようとイタリアをも旅し、やがてガンビストとしての腕を上げると、1682年、バイエルン選帝侯のミュンヒェンの宮廷へ... 1685年には、イギリスへと渡り、ジェイムズ2世の王室礼拝堂聖歌隊=チャペルでヴァイオルを弾く。が、1688年、名誉革命によりジェイムズ2世が亡命、チャペルは解散となると、フィンガーはフリーの音楽家に!オペラに挑戦したりと、ヘンデル渡英前夜、急成長を遂げるロンドンの音楽シーンで存在感を見せる。一方で、その評価は、パーセル(1659-95)に及ばず、そのあたりがもどかしかったか、1701年、新天地を求めイギリスを離れることに... そうして向かったのが、ポーランド、シロンスク地方、ブロツワフ(当時は、ハプスブルク家が支配... )。ここで、ハプスブルク帝国の軍人だったプファルツ選帝侯の弟、カール・フィリップ(結婚により、ポーランド、シロンスク地方と縁があった... )に仕えることに... 1716年、カール・フィリップが、兄、ヨハン・ヴィルヘルムの死に伴い、カール3世フィリップ(在位 : 1716-42)として選帝侯位を継承すると、フィンガーはプファルツ選帝侯の宮廷楽団に加わる(奇しくもシェンクの後任のような形に... )。1720年、宮廷がマンハイム(やはり、ライン河右岸にある街... )に移されると、フィンガーも付き従い、1730年、マンハイムで世を去る。
というフィンガーのヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれた全作品を聴くのだけれど、始まりのアリアと変奏の、そのアリアの明朗なメロディーを聴くと、何だか春が来たよう。シェンクの味わい深い世界とは隔世の観すらある。通奏低音に支えられて、明瞭に旋律を歌うヴィオラ・ダ・ガンバからは、軽やかさが生まれ、その軽やかさが色彩を纏い、イタリアを旅した者ならではの感覚を見出せるのか... 続く、2番のソナタ(track.2)は、通奏低音も一緒になって、クラスターのような響きで幕を開けるのが、ちょっと衝撃的... で、その後、ヴィオラ・ダ・ガンバが存分に即興的なパッセージを繰り出して、どこかビーバーの大胆さを思い起こさせる。が、後半は、やはりヴィオラ・ダ・ガンバが明朗にメロディーを歌い、どこかオペラ的?この歌う感覚が、フィンガーの音楽の特徴... 歌うことによって、ドイツ・バロックの実直さとは違う華麗さが放たれ、魅惑的ですらある。いや、シェンクと聴き比べると、同じヴィオラ・ダ・ガンバでも、まったく違う表情を引き出し得ていて、おもしろい。また、6番のソナタ(track.7)の最後、スコットランド民謡のようで、フィンガーのイギリスでの活躍を垣間見せる。一転、独奏によるホ短調の前奏曲(track.16)、ニ短調のソナタ(track.17)、ト短調のディヴィジョン(track.18)では、対位法をしっかり織り成し、ドイツの実直さも... いや、実に器用なフィンガー!もっと掘り起こされて欲しい人物。
で、このフィンガーのヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれた全作品を弾くのが、チェコのガンビスト、ヴァグネル。まず、その花やかな音色に魅了される!ヴィオラ・ダ・ガンバという楽器が秘めたヴィヴィットさを解き放ち、徹底して軽やかに鳴らし、フィンガーの明朗な音楽を際立たせる。そして、アンサンブル・トゥールビヨンの通奏低音... ヴァグネルのヴィオラ・ダ・ガンバをやさしく引き立てるところもあれば、思いの外、存在感を出して、単なる伴奏に留まらず、より積極的に音楽を構築する姿勢も見せて、大胆でもある。だから、より響きが厚くなるようで、ソナタを越えた聴き応えが生まれ、おもしろい(若干、録音が追い付いてないところも?)。そうして味わう、充実したフィンガーの音楽。その充実には、オロモウツに始まり、ヨーロッパ各地を巡り、国際音楽マーケットとして急成長していたロンドンの音楽シーンでの活躍があって、育まれた国際性もあるのか... イタリアを強く打ち出しながらも、コテコテのイタリアにはならないバランス感覚がフィンガーの音楽をより魅力的なものとし、そのあたりが、マンハイム楽派へとつながるようであり、興味深い。

Finger The complete music for viola da gamba solo Wagner

フィンガー : アリアと変奏 ニ長調
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ 第2番 ニ長調
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ 第3番 イ長調
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ 第4番 ニ短調
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナチネ イ長調
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ 第5番 イ長調
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ 第6番 イ短調
フィンガー : バレッティ・スコルダーティ
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ 第1番 ニ長調
フィンガー : 前奏曲 ホ短調
フィンガー : ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ ニ短調
フィンガー : ディヴィジョン ト短調

ペトル・ヴァクネル(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
アンサンブル・トゥールビヨン

ACCENT/ACC 24267



シェンクからフィンガーの音楽を聴くと、感慨深いものがある。オランダから、ヨーロッパ各地から、ライン河へと集まって来る様々なスタイル、センス... それは、デュッセルドルフからマンハイムへと遡り、やがてマンハイム楽派を醸成し、古典主義の花が咲くのか...




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