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ウィーン、ピアノを並べて、音楽教師、モーツァルト... [2013]

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モーツァルトは、見事なオペラ充実した交響曲確かな室内楽印象に残る教会音楽の数々を残した。改めて、その仕事ぶりを俯瞰した時、何でも卒なくこなす器用さ、オール・マイティーっぷりに、感服させられる。バッハはオペラに挑まなかったし、ベートーヴェンもオペラには苦戦した。ショパンはピアノに閉じ籠り、あれほど見事なオーケストレーションを繰り出したワーグナーは、結局、楽劇の外にあまり関心を持たなかった。あらゆる音楽に対して、意欲的である、バランス良く取り組む、ことは、難しいのかもしれない。なればこそ、希有なモーツァルト... なのだけれど、今、あえて、モーツァルトの専門は何か、を考えてみると、ピアニストだったんじゃないかなと... 前回、父、レオポルトのハンマーフリューゲルのためのソナタの素朴さに触れ、前々回、1780年代、飛躍的な進化を遂げるモーツァルトのピアノ協奏曲を思い起こすと、モーツァルトが、当時、未だ黎明期を抜け出せていなかった楽器、ピアノにおいて、如何にパイオニアであったかを思い知らされる。いや、音楽史の大きな流れから、モーツァルトの仕事を捉えれば、その最大の功績は、ピアニストとしてのものだったように感じる。
そんなモーツァルトのピアノを、×2で!ロシアのピリオドのピアノのパイオニア、アレクセイ・リュビモフと、その門下にして、ロシアのピリオドのピアノの次世代を担う、ユーリ・マルティノフのデュオによる、モーツァルトの2台のピアノのためのソナタに、2台のピアノ用にアレンジされたアダージョとフーガなど興味深い作品集めたアルバム(Zig-Zag Territoires/ZZT 306)を聴く。

1781年、長年仕えたザルツブルク大司教と派手に喧嘩を繰り広げ(たけど、そう悪い人でもなかったのだよね、大司教... )、とうとう解雇を勝ち取ったモーツァルトは、帝国の首都、ウィーンで、水を得た魚のように活躍を始める。が、その前に、話しを一年ほど巻き戻しまして、1780年、ハプスブルク帝国は画期を迎えていた。それまで、帝国を率いて来た、マリア・テレジア(1717-80)が世を去り、その長男、神聖ローマ皇帝、ヨーゼフ2世(在位 : 1765-90)が国政を握ると、啓蒙専制君主として、次々に開明的な政策を打ち出し、帝国の近代化を推し進める(が、性急な改革は、結局、巧く行かなかった... )。そうした新しい時代の気分は、ウィーンの街を活気付かせ、帝国の首都としてばかりでなく、ヨーロッパにおける開明的な文化の中心として、にわかにウィーンの地位を引き上げた。もちろん、それは音楽シーンにも刺激を与え、音楽好きの皇帝を筆頭に、サリエリやハイドン、台本作家、ダ・ポンテに、フィクサー、スヴィーテン男爵ら、人材にも恵まれ、ウィーンは、一躍、古典主義の音楽の新しい拠点に急成長する。そうした中、モーツァルトは、ピアニストとして華々しく活動。普段はオペラを上演するブルク劇場、ケルントナートーア劇場でのコンサート、メールグールベ(当時、ウィーンで人気の、ディナー・ショーを提供するホテル... )や、アウガルテン(ウィーンの北にある宮殿で、当時、その庭園は一般にも開放され、毎週日曜の朝、野外コンサートが開かれていた... )での予約演奏会、そして、音楽好きの貴族たちによる、プライヴェートな演奏会と、様々な場所で、モーツァルトのピアノは、ウィーンっ子たちを虜にした。
そして、モーツァルトが、一気にブレイクした1781年の作品、2台のピアノのためのソナタ(track.1-3)を聴くのだけれど... ピアニストとして活躍する一方で、若きヴィルトゥオーゾは、ピアノ教師としても活躍を始めており、この2台のピアノのためのソナタも、まさに、そうした教え子のひとり、裕福な経済顧問官を父に、音楽の道を目指していた、ヨーゼファ・バルバラ・アウエルハンマー(1758-1820)と演奏するために書かれたもの(アウエルハンマー邸のプライヴェートな演奏会で初演... )。で、このアウエルハンマー嬢が、嗜みとしてピアノを学んでいた当時の良家の子女とは一線を画すツワモノでして... モーツァルトに付く前は、コジェルフ(1747-1818)に師事し、その演奏はすでに一級、モーツァルト曰く、うっとりさせるほどの腕前だったとか(一方で、"化け物のようなブス"とも書き残しているヴォルフガング、アンタって、最低!)... いや、このソナタを聴けば、アウエルハンマー嬢が、モーツァルトに引けを取らない、化け物級の腕前であったことが窺える。もう、最初の一音から自信に溢れており、大胆に、それでいて堂々と、2台のピアノが息つく暇なく音楽を繰り出す!何より、凄腕のピアニストが2人で繰り出して生まれる重厚感、色彩の豊かさ、ダイナミックさたるや!1台のピアノで弾かれるソナタとは雲泥の充実感がある。というより、もはや交響曲... ピアノという楽器の持て得る力を最大限に引き出して、それを2つ並べて、共鳴させ、よりスケールの大きな音楽を生み出す。とにもかくにも、1楽章の冒頭から、ピアノに呑み込まれてしまうよう。でありながら、2楽章、アンダンテ(track.2)では、2台のピアノが、やさしく対話するように展開(アウエルハンマー嬢は、先生に恋しちゃったらしい... )し、モーツァルトならではの愉悦に包まれ... 終楽章(track.3)では、ダンサブルに楽しいリズムが爆ぜて、アゲアゲ!けど、端々にウィットが感じられ、特に、最後、コーダを前に、ふと21番のピアノ協奏曲の終楽章のラヴリーなテーマが空耳のように聴こえたり?いや、何て魅惑的なのだろう。てか、唸ってしまうほどの力作... モーツァルト、ウィーンでの絶好調が、そのまま響き出す。
さて、もうひとつ、2台のピアノのために書かれたラルゲットとアレグロ(track.4, 5)を挿んでの、アルバムの後半は、2台のピアノ用にアレンジされた作品を2曲... まずは、弦楽のために作曲されたアダージョとフーガ(track.6, 7)。沈痛なアダージョの後、悲劇的なテーマがフーガを織り成して、聴く者に迫って来る名曲を、フランツ・バイヤー(昨年、亡くなった、ドイツのヴィオラ奏者で、モーツァルトのレクイエムの補筆でも知られる音楽学者... )のアレンジで聴くのだけれど... 熱心に古典を研究していたモーツァルトの、その成果を形にする、バッハのような厳格な対位法を綾なす作品は、2台のピアノで捉えると、音楽の構造が露骨に強調されるようで、よりバッハへと近付いていて、興味深い。いや、モーツァルトの中のバッハが炙り出され、その古風さに驚かされる。そこから、一転、2番のピアノ四重奏曲を、ヨハン・ゴットフリート・プラッチェ(モーツァルトと同時代を生きたシュレジエン出身のチェコの作曲家... )のアレンジで聴くのだけれど、こちらは、元々、ピアノが重要な役割を担っていた作品だけに、実にナチュラルに2台のピアノに置き換えられており、何より、モーツァルトと同世代の作曲家によるアレンジが、モーツァルトの時代の空気感を息衝かせ、素敵。で、おもしろいのは、プラッチェによるアレンジが、モーツァルトのサウンドを少し整理するようで、そうすることで、かえってモーツァルトらしさが際立つケミストリー!モーツァルトの手を離れての「モーツァルト」らしさに、思い掛けなく魅了される。
という、2台のピアのための作品、アレンジを、リュビモフ、マルティノフの演奏で聴くのだけけれど、見事です。さすがは師弟!息が合っているばかりでなく、響き出す音色までが溶け合って、より強靭なサウンドを生み出している!でもって、その強靭さを以ってして刻まれる表情の何と豊かなこと!その音色は、アンティークで、間違いなくピリオドのピアノなのだけれど、それがどうしたと、ガツンガツン打鍵し、音楽を物にして行く2人の姿が、カッコ良過ぎ!この大胆さが、ロシア流儀のピリオド・アプローチか?いや、それくらいだからこそ、モーツァルトの絶好調が、存分に響き出し、グイグイ聴く者を惹き込んで来る。で、パワフルなだけでなく、愉悦だったり、ウィットだったり、古典主義の時代の趣味の良さも、卒なく聴かせてしまう妙... てか、縦横無尽!こういう縦横無尽さこそ、モーツァルトの音楽を奏でる上で必要なものだと思う。お上品だったり、癒し系だったりという、安易なイメージでは絶対にあり得ない真実のモーツァルト像に迫る、リュビモフ、マルティノフの2人。そんな2人の演奏に触れると、モーツァルトとアウエルハンマー嬢の師弟もまた、凄くカッコ良かった気がして来る。師弟で丁々発止の音楽を繰り広げるスリリングさ... こういうの、ホント、カッコいい。

WOLFGANG AMADEUS MOZART PIECES FOR TWO FORTEPIANOS
Alexei Lubimov, Yury Martynov


モーツァルト : 2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448
モーツァルト : 2台ピアノのためのラルゲットとアレグロ 変ホ長調 K.deest 〔レヴィンによる補完版〕
モーツァルト : アダージョとフーガ ハ短調 K.546 〔バイヤーによる2台ピアノ版〕
モーツァルト : ピアノ四重奏曲 第2番 変ホ長調 K.493 〔プラッチェによる2台ピアノ版〕


アレクセイ・リュビモフ(フォルテピアノ)
ユーリ・マルティノフ(フォルテピアノ)

Zig-Zag Territoires/ZZT 306




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