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ゴシックの終わり、ノートルダム・ミサ、中世の前衛... [2016]

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近頃、ちょっと話題の、集英社新書、『テンプル騎士団』(佐藤賢一著)を読んだ。おもしろかった!何しろ、当のテンプル騎士団を、ジェダイの騎士に例えてしまうのだから... いや、そういうトリッキーさもあって、俄然、中世との距離は近付くよう。けど、そこに描かれるテンプル騎士団の姿は、ジェダイの騎士というより、中世版GAFA。いや、ヨーロッパ全域を高度につないで、国家や経済を潤滑に回して行く様に、現代に通じるものがあり... そんな中世の風景を提示されると、"暗黒の中世"というイメージは吹き飛んでしまう。そう、テンプル騎士団が活躍した中世は、意外とスマートで、豊かで、ある意味、バブリーで、イケイケでもあった。しかし、"災厄の14世紀"がやって来る。盛者必衰の理をあらはし、テンプル騎士団は火炙り(1314)にされ、火炙りにしたカペー朝は断絶(1328)、それによって始まる百年戦争(1337-1453)の泥沼... 決定打は、14世紀半ばにヨーロッパにもたらされるペスト禍!当時のヨーロッパの人口の3分の1が失われたとされる、死に至る病の蔓延は、生産性を低下させ、都市を機能不全に陥れ、社会は崩壊、まさに黙示録のような風景をヨーロッパに作り出した(映画やドラマで描かれる、ゾンビがそぞろ歩くイメージは、ペスト禍の記憶とも言われる... )。それは、まさに、暗黒の中世... 黄金期を迎えた中世が、暗黒へと落ちて行く。歴史とは、時に恐ろくドラマティックだったりする。
そして、暗黒へと落ちようとする中、爛熟を極めた中世の音楽に、新しい技法が登場。アルス・ノヴァ!その新しい技法を駆使して、画期的なミサが誕生する。そのミサ... ビョルン・シュルツァー率いる、古楽ヴォーカル・アンサンブル、グラドラヴォワの歌で、マショーのノートルダム・ミサ(GLOSSA/GCDP 32110)を聴く。いやー、暗黒から響いて来るようだよ、これは...

パリのノートルダム大聖堂の建設とともに成長した、ノートルダム楽派によるゴシックのポリフォニーは、13世紀、後にアルス・アンティクアと呼ばれる作曲家たちへと受け継がれると、記譜において、音の長短が明確に示されるようになり、音楽としてより表情が生まれる。が、14世紀、中世の音楽は、さらに前進!1322年頃、フランス王に仕えていた作曲家、ヴィトリ(1291-1361)により、記譜の新しい技法(音の長短を細密に記譜することが可能に... )を紹介する論文、『アルス・ノヴァ(新技法)』が発表されると、複雑なリズムを織り成す新しい音楽が誕生!この新しい技法を用いた音楽は、そのままアルス・ノヴァと呼ばれ、それ以前の古い技法に基づく音楽をアルス・アンティクア(古技法)と呼んだ。さて、ここで聴く、マショー(ca.1300-1377)のノートルダム・ミサは、アルス・ノヴァの代表的な作品。そして、ひとりの作曲家によって通作された最初のミサとして、音楽史上、画期を成す。それまでの音楽が、グレゴリオ聖歌の補強だったり、先人の作品のアレンジに留まっていたりと、今からすると、ちょっと作曲とは言い難い段階にあったのに対し、マショーは、堂々と自らの音楽を綴り、我々の知る"作曲家"らしさを示す。で、そのあたりを象徴的に物語っているのが、ここで聴くノートルダム・ミサに、作曲者として、はっきりと名前を記したこと!アルス・アンティクアの作曲家たちは、まったく名前を残さず、ノートルダム楽派のレオナン、ペロタンの二大巨匠は、かつて凄い巨匠がいた、という後世の記録によって、その名が伝えられるわけで、自ら名前を記したマショーは、それそのものが革新であり、音楽史における"作曲家"としての最初の自覚だった言えるのかもしれない。で、マショーの音楽には、名前を表明せずにはいられない、作家性が漲っている!
当時の楽壇に賛否両論を巻き起こしたアルス・ノヴァ... いや、ノートルダム楽派の手堅い音楽を聴いてからノートルダム・ミサ(ちなみに、「ノートルダム」は、マダム="ma"、私の、"dame"、婦人に似て、"notre"、私たちの、"dame"、婦人という意味があり、それは聖母マリアを指す。つまり、聖母マリアのためのミサ... )を聴くと、アルス・ノヴァの革新に軽く慄いてしまう。その音楽、今を以ってしても、結構、ブっ飛んでいる。それを特徴付けるのが、新しい技法を遺憾なく発揮してのイソリズム!反復するリズムに、メロディーを落とし込む... メロディーにリズムが付くのではない、機械的にメロディーにリズムが割り振られて行く、そんな感じ?アルス・ノヴァ以前の、シンプルなリズムに、シンプルなメロディーを落とし込めば、ミニマル・ミュージックっぽく響いて、小気味良さが生まれるも、シンコペーションやら何やらを盛り込んで、一筋縄には行かないリズムを刻むマショーによるイソリズムは、音楽としての掴み所を失わせるようで、終わりが見えなくなるようでもあり、何だか宇宙を遊泳しているみたいな心地にさせられる。この感覚、音列音楽に触れる時のものと似ているかもしれない。ノートルダム楽派、アルス・アンティクアと、丁寧に育てられて来たゴシックのポリフォニーが、まるで壊れてゆくよう。実際は、飛躍的に、より精緻に織り成されるようになったわけだけれど、織り成して生まれる、この崩壊感?!いや、マショーの音楽と改めて向き合うと、中世のストラヴィンスキーと呼びたくなってしまう。それほどのインパクトがある。で、このノートルダム・ミサが作曲されたのは、1360年から1365年の間と考えられている。ノートルダム楽派が活躍し始めて2世紀、こういう音楽を生み出すに至ったかと思うと、そこに中世の爛熟を見出し、感慨深い...
そのノートルダム・ミサを、シュメルツァー+グランドラヴォワで聴くのだけれど、もうね、何と言いますか、阿鼻叫喚!民俗音楽から古楽を見つめる異色の古楽ヴォーカル・アンサンブル、グランドラヴォワ、でありますからして、いつもながらの地声全開、こぶし回しまくりのフォークロワ調。精緻に音符を捉えるばかりでない、地声の癖と、こぶしがもたらす音の幅が、ただ歌っては得られない味をもたらす。とは言え、それは、味わい深い、なんてレベルを遥かに越えて、強烈なインパクトを聴く者に投げ付けて来る。アカデミズムなど灰燼に帰す、土着性!もちろん、民俗音楽学者、シュメルツァーにより生成された土着性ではあるのだけれど、土の臭いムンムンの圧巻のパフォーマンス!それで、ノートルダム・ミサ(マショーのノートルダム・ミサのみを歌うのではなく、マショーを軸に、ノートルダム=聖母マリアに捧げられるミサを再現する... )を歌うわけです。ミサの前に歌われる、マショーのモテット「汚れなく、罪なく、貞節なるマリア」のテノールの第一声が響いた瞬間から、ただならない。これは、本当に古楽か?というほどにプリミティヴに歌い上げる。それが、まず、最初の洗礼... なのだけれど、アルス・ノヴァならではのポリフォニーは、思いの外、きっちりと構築して来る。地声で歌うからこそ、ひとりひとりの声の個性が際立ったことで、マショーの一筋縄には行かないポリフォニーが、普段(澄んだ歌声による均質なアンサンブル... )より明確に耳に届くようで、かえって小気味良さが生まれるから、おもしろい!そんなグランドラヴォワのパフォーマンスに触れると、ベルカント以前の歌いを、フォークロワに求めることが、大正解に思えて来る。
しかーし、ミサが始まれば、もう、そんな悠長なことを言っていられない... 作曲者不詳の入祭唱(track.2)は、まるで巡礼たちの歌のように朴訥を極めて、唸る!こんなんで、ミサ、始めてしまっていいのかっ?!と思うのだけれど、その唸りに触れれば、古代以来の聖歌が持っていた秘儀性が中世の爛熟の中に呼び戻されるようで、お題目と化していた聖歌に、再び、祈りのパワーが蘇るかのようで、圧倒される。そうして、キリエ(track.3)が歌い出されるのだけれど、地声で、のたくったようにポリフォニーを織り成すと、もはや、地獄の叫びを聴いているようで、背筋が寒くなる。そうだ、"災厄の14世紀"だった... 1337年、百年戦争が勃発、フランスが敗北を重ねる中、1348年、フランスにもペストが広がり出し、1356年、何と、フランス王、ジャン2世が捕虜に!そういう中で作曲されたミサであることを思い知らされるような、グランドラヴォワのパフォーマンス。グロテスクにすら感じられるノートルダム・ミサを聴いて、まず、中てられるのだけれど、ゴシックの到達点としてのグロテスク、中世のカタストロフを反映した暗黒サウンドとして聴くと、もう、ただただカタルシス!一方で、グランドラヴォワの灰汁の強さに耳が慣れて来ると、意外にも、フォークロワ(精緻に歌い上げるばかりでない... )からのアプローチが、マショーの複雑ゆえにまとまりに欠けるポリフォニーを、不思議とひとつにまとめ上げ、モテット同様、奇異なだけではない説得力もしっかりと持たせるから凄い。いや、本当に凄い。

Machaut Messe de Nostre Dame Graindelavoix / Björn Schmelzer

マショー : ノートルダム・ミサ

ビョルン・シュメルツァー/グランドラヴォワ

GLOSSA/GCDP 32110




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