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グレゴリオ聖歌に追いやられる朗らかさ、ベネヴェント聖歌... [before 2005]

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音楽史の始まりを、グレゴリオ聖歌とすると、めちゃくちゃ気持ち良くスタートが切れる。一方で、グレゴリオ聖歌以前以後の様子を丁寧に見つめると、一筋縄には行かない状況が浮かび上がって来る。当然、グレゴリオ聖歌以前に音楽が無かったわけではないし... というより、各地に、様々な個性を持った音楽が存在していたわけで、グレゴリオ聖歌を安易に"始まり"としてしまうことの方が、随分と乱暴な話しだったりする。何より、9世紀、カロリング朝によって整備されたグレゴリオ聖歌が、すぐさまヨーロッパの教会音楽をリセットできたわけでもなく、前々回、取り上げた、アンブロジオ聖歌モサラベ聖歌古ローマ聖歌など、古代の伝統を受け継ぐ聖歌は、グレゴリオ聖歌以後も歌われ続けていた史実。そのあたりに再び注目しつつ、やがて古代以来の伝統が、グレゴリオ聖歌をベースとした教会音楽に呑み込まれて行く、中世の成長の過程を追ってみようと思う。
ということで、カタリーナ・リヴリャニック率いる、古楽ヴォーカル・アンサンブル、ディアロゴスの歌で、グレゴリオ聖歌以後のイタリア半島、ベネヴェント聖歌を軸に、多文化な状況を捉える実に興味深い1枚、"LOMBARDS & BARBARES"(ARCANA/A 319)を聴く。

"LOMBARDS & BARBARES(ロンバルディア人と蛮族)"が捉える中世のイタリアは、今とは全く異なる風景が広がっていた。西ローマ帝国を滅亡に追いやったゲルマン民族大移動があって、東ゴート王国の支配(497-553)、東ローマ帝国の支配(552-568)を経て、遅れて来たゲルマン系、ランゴバルト族が、イタリア半島をほぼ制圧すると、ローマの北側にランゴバルド王国(568-774)、ローマの西側にはランゴバルド族の貴族が支配するスポレート公国、南側にはベネヴェント公国を建国。そして、それらの狭間には、東ローマ帝国の支配領域が残存し、ローマもまたそうした地域のひとつで... 今では、「イタリア」として、統一した国家、言語、文化が確立されているわけだけれど、中世前半には、古代の伝統を細々と守る、かつての首都、ローマがあり、ローマ帝国の言葉、ラテン語を話す多くの人々が、変わらず生活しながら、ギリシャ語を話し、東方的な性格を強めていた東ローマ帝国の支配を受けることで、東からの文化的影響も大きく、さらには、アルプスの北からやって来たランゴバルド族の文化も広がり、様々な文化が織り成す独特な環境が醸成されていた。それは、カロリング朝とローマ教会が提携してからも変わらず... 9世紀、グレゴリオ聖歌を整備したカロリング朝の全盛期が過ぎて、フランク王国が相続により分割。さらに、カロリング朝の王統が途絶えると、北イタリアではフランク王国の有力貴族たちが王位を巡り激しく争い、南では、イスラム勢力の侵攻を受け、11世紀、それに対抗するためにノルマン人たちが招聘され、やがて、東ローマ帝国、ランゴバルド系公国に取って代わる一大勢力を築いて行った。
そういう背景があっての、"LOMBARDS & BARBARES"、軸となるのが、ランゴバルド族によって形作られたベネヴェント聖歌。前述のベネヴェント公国の首都、ベネヴェントに伝わる聖歌で、ランゴバル王国の首都、ミラノに伝わるアンブロジオ聖歌(ランゴバルド王国成立以前に遡る、古代の伝統を受け継ぐ聖歌... )からの影響を受けつつ、よりシンプルなゲルマンの感性を感じさせる聖歌... そのあたり、同じゲルマンであるカロリング朝が整備したグレゴリオ聖歌に通じる透明感を見出し、より距離的に近い場所で歌い継がれていたはずのアンブロジオ聖歌、古ローマ聖歌とは一味違うトーンを響かせて、印象的... いや、ローマよりも南に位置しながら、北の感性を留めるベネヴェント聖歌に触れると、アルプスの北の感性(グレゴリオ聖歌を整備する... )と、南の感性(古代以来の各地で歌い継がれて来た聖歌... )の違いが、より明確になるようで、実に興味深い。1曲目、レスポンソリウム"Ubi est Abel frater tuus"から聴こえて来る、瑞々しく、伸びやかな表情は、どこかそよ風のようで、古代がどっしりと根付いているアンブロジオ聖歌、古ローマ聖歌とは異なる美しさを湛えている。それはまた、グレゴリオ聖歌より、色彩を感じさせるもので... そのあたりに、アンブロジオ聖歌からの影響を見出せるのか... そして、その色彩感が、グレゴリオ聖歌のストイックさには無い、牧歌的な雰囲気を醸し出し、何とも言えず、魅力的!ゲルマンの感性も、アルプスの南、イタリアの明るさに触れたことで、どこか開放的なのかも?
さて、1曲目、レスポンソリウム"Ubi est Abel frater tuus"で、おっ?!と、思わせるのが、単声ではなく、2声で歌われていること!多声音楽がすでに登場していた12世紀の写本からのナンバーは、伝統と革新が融合した形を示しており、古い聖歌だからと言って、ただ古めかしいばかりじゃない。続く、11世紀の写本からのアンティフォナ"Doxa en ipsistis"/"Gloria"(track.2)は、印象的なドローンに彩られ、何とも言えない和音が響き、そのあたり、わずかに東方的?ビザンツ聖歌ほどのミステリアスさは無くとも、十分に不思議な表情を見せて、スパイスを効かせる。グレゴリオ聖歌が整備され、西洋音楽はリセットされた。そう捉えると音楽史はもの凄く解り易いのだけれど、実際は、もっと多様な展開があったのだろう。"LOMBARDS & BARBARES"から聴こえて来る音楽は、グレゴリオ聖歌とはまた違った道を行くゲルマンの感性であり、アンブロジオ聖歌からの影響、ビザンツ聖歌を思わせる東方性、それらがしなやかに融合し、より美しく、心地良く響き出す姿... さらには、教会音楽の進化にも歩調を合わせ、多声音楽へと踏み出す姿... が、そうした独自の歩みは、やがてローマの主流に圧迫され、終わりを迎える。で、そのあたりもすくい上げる"LOMBARDS & BARBARES"... ベネヴェント聖歌を禁ずる一般教令(track.9)が示され、グレゴリオ聖歌に基づくキリエ(track.10)、グローリア(track.11)が続き、明るく開放的だったトーンが、フォーマルに整えられ、堅く、冷たいものに変化して行く。
そこに、切なさを漂わせるリヴリャニック。単にベネヴェント聖歌を歌うだけでない、蛮族の歌と烙印を押されたベネヴェント聖歌の悲哀を織り込んで、より大きなストーリーを聴かせるのか... 悲哀と言っても、やたら悲しげに歌うわけだはないのだけれど、アルバムを聴き進めて行くと、明るさ、朗らかさが失われるようで、そこに、ドラマが滲み、惹き込まれる。いや、この人の音楽性には、改めて感服させられる。そんなリヴリャニックに応える、ディアロゴスの歌声が、またすばらしい!下手に勿体ぶったところが一切無い、ありのままの素直な歌いを、そっと束ねて、若々しくベネヴェント聖歌を歌い上げる。本来、古い聖歌であるはずなのに、遠くアルプスの北からやって来たランゴバルド族の冒険精神とでも言おうか、そういう大胆さから醸し出される若々しさだろうか?清々しく、気持ちの良い歌声に、魅了されずにいられない。それがまた、とても尊く感じられるのが、おもしろい。音楽史における失われてしまった青春の輝き?そんな情景が、ディアロゴスの歌声からは、喚起されるようで、ほろ苦くもある。そこがたまらない。いや、実に感慨深く、味わい深い一枚。

LOMBARDS & BARBARES
DIALOGOS / KATARINA LIVLJANIĆ


レスポンソリウム "Ubi est Abel frater tuus"
アンティフォナ "Doxa en ipsistis"/"Gloria"
レスポンソリウム "Excommunicatio Leonis papae"
レスポンソリウム "Convertimini"
レスポンソリウム "Movens igitur Abraham"
レスポンソリウム "Dixit Isaac patri suo"
カンティクム "Canticum trium puerorum"
アンティフォナとカンティクム "Caminus ardebat"
Admonitio
キリエ "Auctor celorum"
グローリア "Cives superni"
ローマ聖歌、あるいは、アンブロジオ聖歌のヴェルスス 〔リヴリャニックとバグビーによる再構成〕
セクエンツィア "Cantemus canticum"

カタリーナ・リヴリャニック/ディアロゴス

ARCANA/A 319




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