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グレゴリオ聖歌からの第一歩、ザンクト・ガレン修道院にて... [2010]

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グレゴリオ聖歌に癒されるのは、なぜだろう?と、ちょっと考えてみた。やっぱり、そのシンプルさだよね... それから、意外と大きいのが、ニュートラルさ... クラシックを見渡した時、グレゴリオ聖歌をテーマに用いている作品は結構ある。教会音楽はもちろん、ハイドンの交響曲など、絶対音楽にもグレゴリオ聖歌のテーマは引用され、ディエス・イレなどは、あらゆる時代において人気だったし... そうした引用に応え得るグレゴリオ聖歌の癖の無さは、音楽として特筆すべきことのように思う。で、興味深いのは、そういうニュートラルさが、人工的に創り出されたこと... ローマ教会の権威が、ヨーロッパの隅々にまで及んでいなかった頃、西ヨーロッパを統一していたカロリング朝は、伝統に裏打ちされたローマ典礼を導入しながら、アルプス以北の感性を用い、個性豊かな各地の聖歌を総合するという一大事業に乗り出す。この"総合"の過程で生まれたニュートラルさ... 国境を越え、民族を越え、より広い地域で受け入れられるように整えられたからこそ、ヨーロッパからは遠く海を渡った先にある日本ですら、聴く者に訴え掛けるパワーを発揮するのだろう。1990年代に巻き起こった、世界的なグレゴリオ聖歌ブームも腑に落ちる。キリスト教徒に限らず、複雑怪奇な現代社会を生きていると、グレゴリオ聖歌のシンプルでニュートラルな響きが、ただならず身に沁みてしまう。でもって、現在、そんな癒しを欲しております。
ということで、グレゴリオ聖歌が整備されて間もなくの頃、そこから一歩を踏み出した音楽... ドミニク・ヴェラール率いる、アンサンブル・ジル・バンショワの歌で、スイス、ザンクト・ガレン修道院に伝わる写本から、9世紀に書かれたトロープス、セクエンツィアを取り上げる1枚、"MUSIC AND POETRY IN ST GALLEN"(GLOSSA/GCD 922503)を聴いて、癒される。

ローマ教会の支持を取り付けて、フランク王国の宮宰(官房長官のようで、総理大臣みたいな... )から、玉座に登り(751)、やがて帝冠をも授けられ(800)、エルベ川からピレネー山脈、イタリア半島中部から北海まで、西欧のほぼ全域をその支配下に置いたカロリング朝(アルプスの北のゲルマン系、新興勢力... )。その権力と結び付くことで、一段上の権威を狙ったローマ教会(アルプスの南の古代を受け継ぐ古い組織... )。この王朝と教会の提携が、その後のヨーロッパの形(フランス、ドイツ、イタリアという現在の西欧の中核を成す国割りも、カロリング朝の分割相続に端を発する... )を創り出す。つまり、5世紀に始まる、長かった古代から中世への移行が、9世紀、とうとう完遂し、今に至るヨーロッパの歴史が、ここから始まった!そして、音楽史もまたしかりで... 前述の通り、個性豊かな古代以来の聖歌の数々を総合し、国際統一規格として生み出されたのが、グレゴリオ聖歌。それはまさに西洋音楽の種... 間もなく種は発芽し、二葉を広げ、グングン伸び、たくさんの花を咲かせ、実を結び、時に葉を落したこともあったけれど、紆余曲折を経て、現在へと至る。そういう、大樹としての音楽史の、最初の一粒、種としてのグレゴリオ聖歌を見つめれば、感慨を覚えずにはいられない。癒し、というより、もはや、愛おしさすら感じてしまう。というあたりはさて置きまして、音楽史は、グレゴリオ聖歌という種から、どう一歩を踏み出したのか?ここで聴く、"MUSIC AND POETRY IN ST GALLEN"は、まさに、その瞬間を捉える!
で、音楽史の最初の一歩は、グレゴリオ聖歌を補強することだった... シンプルなワン・フレーズを歌うグレゴリオ聖歌(だから、お題目っぽい?)、そのワン・フレーズを補足するために、新たな詩句を加えて、言葉の意味を、より解り易く歌ったのが、トロープス。で、この補強作業、グレゴリオ聖歌が整備されると間もなく、当時のフランク王国の中心地域(現在の独仏の間... )に点在する修道院で始まったと考えられている。というトロープスから、もう一歩を踏み出したのが、セクエンツィア。グレゴリオ聖歌に"続けて"(という意味を持つ「セクエンツィア」... )、ワン・フレーズを越えた詩句を歌うために、新たに書かれたパート。で、後に独立したナンバーとなる。いや、まさしく、種から芽が出たイメージ?というセクエンツィアの最初期の作曲家として名前を残したのが、スイス、ザンクト・ガレン修道院の修道僧、ノトケル(ca.840-912)。そして、このノトケルを筆頭に、グレゴリオ聖歌以後における、最初期の教会音楽の成長において、大きな役割を果たしたのが、このザンクト・ガレン修道院の修道僧たちだった。フランク王国の中心地域からは、大分、離れ... というより、アルプスの山の中、当時は、辺境とも言える土地に立つザンクト・ガレン修道院だけれど、カール大帝の後を継いだルードヴィヒ1世(在位 : 814-840)により、王直属の修道院に指定され、カロリング・ルネサンスを背景に、大いに繁栄!音楽に限らず、様々な知識が集積し、王立総合大学のようだった。そんなザンクト・ガレン修道院に遺されている、9世紀に書かれた写本から、トロープス、セクエンツィアをグレゴリオ聖歌とともに歌う、ヴェラール+アンサンブル・ジル・バンショワ。
その1曲目、グレゴリオ聖歌のアレルヤで始まり、花やかなメリスマに彩られた後、それを受けて、ノトケルのセクエンツィア"Dilecte deo"(track.2)が続き、よりメロディアスな音楽が展開され、ぱぁっと色付くよう!グレゴリオ聖歌のシンプルさから一歩が踏み出されて生まれる、音楽としてのスムーズさというのか、グレゴリオ聖歌からセクエンツィアへ、スルスルと歌いつなげられて行く様子に、何とも言えない心地良さを覚えてしまう。続く、トゥオティロのトロープス(track.3)は、仄暗くストイックな入祭唱の詩句に、味わい深くも花やかなメロディーが差し挿まれ、魅惑的にすら感じられてしまう(のは、グレゴリオ聖歌があまりにストイックだからなのだろうけれど... )。そんなセクエンツィア、トロープス... 徹底して単声による音楽なのだけれど、ソロとコーラスが交唱=アンティフォナを織り成して、グレゴリオ聖歌からトロープス、セクエンツィアへとギアが入るあたり、そこはかとなしに盛り上げて、聴き手を惹き込んで来る。いや、意外にも豊かな響きに、魅了されてしまう!一方で、単声ならではの真っ直ぐさが、祈りの言葉を雄弁に引き立てて、その言葉は解らなくとも、何か心に、直接、訴え掛けられるようで、ドキっとさせられる瞬間も... もちろん、その後の教会音楽に比べれば、そりゃもうストイックなのだけれど、音楽史の第一歩の初々しさは、何だか力強い。力強くなって、癒しのパワーが勢い付いている!
そんな、ザンクト・ガレン修道院で生まれたトロープス、セクエンツィアを、ヴェラール+アンサンブル・ジル・バンショワで聴くのだけれど、まず、ひとりひとりの個性が感じられるナチュラルな歌声がとても心地良く、それらがひとつ束になると、スっと透明感を増し、伸びやか... いや、見事に息の合ったところを聴かせ、感服。この息の合い様が、透明感を生み出すのだよね... そして、美しい!まるで、アルプスから流れ出す清流のよう。その澄んだ表情を見つめていると、吸い込まれそう。吸い込まれて、一気に中世の修道院へとトリップしてしまうかのよう。石造りの修道院の、清冽な空気感... そして、修道院を抱く、アルプスの峻厳な山々まで望めるようで、この凛とした空気感がたまらない。で、おもしろいのは、凛としながら、どこか温もりに似た、肌触りの良さも感じられ... そんな歌声に包まれる居心地の良さが、不思議。

Music and Poetry in St Gallen ・Ensemble Gilles Binchois ・ Vellard

グレゴリオ聖歌 アレルヤ "Iustus ut palma"
ノトケル : セクエンツィア "Dilecte deo"
グレゴリオ聖歌 入祭唱 "Puer natus est"/
   トロープス "Hodie cantandus est(トゥオティロ)"/"Hodie natus est"
グレゴリオ聖歌 アレルヤ "Dies sanctificatus"
ノトケル : セクエンツィア "Natus ante sæcula"
グレゴリオ聖歌 聖体拝領唱 "Viderunt omnes"/
   トロープス "Hodie pectore mundo(トゥオティロに属する)"/"Cernere quod"
グレゴリオ聖歌 入祭唱 "In medio ecclesiæ"/
   トロープス "Dilectus iste(ノトケルに属する)"/"Quoniam dominus(トゥオティロ)"/
   "Os tuum inquiens"/"Milibus argenti"
ノトケル : セクエンツィア "Laus tibi Christie"
グレゴリオ聖歌 入祭唱 "Ecce advenit"/
   トロープス "Hodie clarissimam"/"Forma speciosissimus(ノトケルに属する)"/"Olim quem"
ラトペルト : ヴェルスス "Ardua spes mundi"
グレゴリオ聖歌 奉献唱 "Terra tremuit"/
   トロープス "Gaudete et cantate(トゥオティロ)"/"Monumenta aperta sunt"/
   "Notus est dominus"/"In pace factus est"
ノトケル : セクエンツィア "Læta mente"
グレゴリオ聖歌 入祭唱 "Viri Galilæi"/
   トロープス "Ex numero frequentium(ノトケルに属する)"/"Quasi quid"
グレゴリオ聖歌 アレルヤ "Dominus in Sina"
グレゴリオ聖歌 奉献唱 "Viri Galilæi"
グレゴリオ聖歌 アレルヤ "Spititus domini"
ノトケル : セクエンツィア "Sancti spiritus"

ドミニク・ヴェラール/アンサンブル・ジル・バンショワ

GLOSSA/GCD 922503




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