SSブログ

ロマン主義がバッハと出会う、メンデルスゾーン、『パウルス』。 [before 2005]

HMC901584.jpg
17世紀半ば、対抗宗教改革の波に乗って、ローマで誕生したオラトリオ... 瞬く間に多くの作品が作曲されるようになり、18世紀に入ると、オペラと伍して華麗に大変身を遂げる。のだけれど、オラトリオが、オラトリオらしく大成するのは、フランス革命後、教会の権威が大いに揺らいだ後、19世紀だったように思う。下手なことは言えないけれど、オラトリオが題材とする聖書の世界は、実はロマンティック?19世紀のロマン主義と、相性が良いような気がして... それと、ナポレオン戦争(1803-15)がヨーロッパ中を覆い、フランス流の世俗主義が各地に影響を及ぼすと、作曲家たちは、それまでの教会における実用音楽とは異なる、芸術音楽としてのオラトリオを生み出す。ロマン主義との共鳴と、教会から解き放たれたことで、オラトリオは、より普遍的な宗教性を放ったか... いや、ある意味、真っ直ぐな時代、19世紀だったからこそ、オラトリオは、より真摯に表現され、オラトリオらしく大成したように感じる。アイブラーシュポーアのオラトリオを聴いて来て、そんなことを考えた。
ということで、フィリップ・ヘレヴェッヘ率いるシャンゼリゼ管弦楽団の演奏、メラニー・ディーナー(ソプラノ)、アネッテ・マルケルト(アルト)、ジェイムズ・テイラー(テノール)、マティアス・ゲルネ(バス)のソロ、コレギウム・ヴォカーレ、ラ・シャペル・ロワイアルの合唱で、メンデルスゾーンのオラトリオ『パウルス』(harmonia mundi FRANCE/HMC 901584)を聴く。

ヘンデルの『メサイア』(1741)、ハイドンの『天地創造』(1798)とともに、三大オラトリオに数えられる、メンデルスゾーンの2作目のオラトリオ、『エリアス』(1846)。この傑作が生まれる10年前... メンデルスゾーン(1809-47)が、ライプツィヒ、ゲヴァントハウス管の指揮者に就任した翌年、1836年に作曲されたオラトリオが、ここで聴く、『パウルス』。キリスト教徒を弾圧する側にいたはずが、天からのイエスの声に回心し、伝道に力を注ぎ、やがて殉教する聖パウロを描くオラトリオ... で、『エリアス』に比べると、どうしても注目され難い作品なのだけれど、そこには、メンデルスゾーンの『エリアス』へと至る過程が示されると同時に、ハイドンの『天地創造』から続く、ドイツ語によるオラトリオの大きな流れも見出されて... いや、アイブラーの『四終』(1810)、シュポーアの『最後の審判』(1826)を聴いて来ての『パウルス』は、感慨深くさえある。ロマン主義がオラトリオに新たな命を吹き込み、聖書の真摯さを解き放って行くハイドン以来の歩みは、それそのものが宗教的に感じられ、何か聖書の世界を巡礼するかのよう。なればこそ、17世紀のエモーショナルなオラトリオ、18世紀の華麗なるオラトリオとは違って、より素直に聖書の世界と向き合える気がして来る。一方で、『パウルス』は、『エリアス』へと至る過程であり、『エリアス』の大成とはまた一味違う、ある種の生々しさを残していて、そこが魅力になっている!ドラマティックなパウロの生涯の重要な場面は、ロマン派のオペラのように展開され、そうした場面をつなぐコラールは、バッハへと還るようなシンプルさも見せ、新旧の要素を、巧みに用い、メリハリのある音楽を巧みに織り成す。
という『パウルス』は、パウロの回心までを描く第1部(disc.1)と、困難な中、ひたむきに伝道に努める姿を追う第2部(disc.2)からなる二部構成... で、まずは、第1部。コラール風のテーマをじっくりと盛り上げる序曲は、これから聖書を歌うに相応しい厳かさがありつつ、程好くロマンティックでもあるという、メンデルスゾーンらしいバランス感覚に長けた音楽。折り目正しく対位法を用いて、5番の交響曲、「宗教改革」(1830)を思わせる充実感があって、序曲にして、それ以上の聴き応えある。そうして幕を開ける第1部、最初の聴き所は、ステファノ(キリスト教徒、最初の殉教者で、パウロは、その石打ちの刑に立ち合った... )の殉教。ステファノによってそれまでの信仰を批判され、人々が怒るコーラス(disc.1, track.5)は、攻撃的なブラスに導かれ、激しく歌われ、まるでオペラ!そこから、どんどんドラマが息衝いて行くと、天からのメッセージ... ソプラノが歌うアリア「イェルサレムよ!」(disc.1, track.7)は、前半の音楽の白眉。ワーグナーを思わせる美しく瑞々しい音楽で、聴き入ってしまう。そして、第1部の山場は、何と言ってもパウロの回心!コーラスがキリストの言葉を歌い(遠い昔から響いて来るようなアルカイックさ... )、テノールが情景を語り(バッハの受難曲の福音史家を彷彿とさせる... )、バスがパウロの慄きを歌う(ロマン派のオペラ!)、という劇的なシーン(disc.1, track.14)。新旧のスタイルを使い分け、それぞれの個性を描き出し、対置されるという、実におもしろいパノラマを展開。このオラトリオの在り方を象徴的に示す場面だと思う。古典に学び、復興に力を注いだ、メンデルスゾーンならではの戦略としての折衷。おもしろい!
さて、第2部では、迫害される側となったパウロの困難な状況を丁寧に歌い紡いで行く。そう言う点で、第1部のようなドラマティックさは抑えられるものの、パウロが伝道を始めたことで、オラトリオはより信仰の根本的な部分を語り始め、メンデルスゾーンらしい端正で落ち着きのある音楽が活きて来る。と同時に、より古典へと回帰して行くようでもあり... エモーショナルなオラトリオや、華麗なオラトリオではなく、教会に集った人々に寄り添ったバッハのカンタータや受難曲、ヘンデルのイズムを超越して行った輝かしいオラトリオを手本とし、「古き良き」を、理想的に『パウルス』の中に蘇らせようとするのか?そうして、第2部、最後の場面は、捕えられたパウロが獄中で書いた、殉教を前にした遺言とも言える、エフェソの信徒への手紙、『エフェソ書』(disc.2, track.19, 20)を、ソロとコーラスが、情感豊かに、寂しげに、しっとりと歌う。いや、派手に殉教で締め括るのではなく、別れの手紙でパウロの歩みを終えるのが、何だか、とても心に響く。そして、その切なさは、最後、コーラスが、主を祝福せよと力強く歌い、輝かしく昇華される(disc.2, track.23)。で、この締めのコーラスは、しっかりと19世紀的なスケールで以って響かせて、聴き手の感動を確かなものとする。このあたり、メンデルスゾーンも強か...
という『パウルス』を、ヘレヴェッヘの指揮で聴くのだけれど、ピリオド界を代表するマエストロらしい、メンデルスゾーンの古典マニアなあたりを浮き彫りにする仕上がりがなかなか興味深く... その音楽からは、バッハやハイドン、ベートーヴェンをも見出せて、メンデルスゾーンでありながら、思いの外、多彩に聴こえるおもしろさ!いや、これこそがメンデルスゾーンの音楽の真実なのだと思う。ヘレヴェッヘは、「メンデルスゾーン」という個性よりも、それまでのドイツの音楽の集大成としての『パウルス』をすくい上げるかのよう。そんなマエストロに応える、コレギウム・ヴォカーレ、ラ・シャペル・ロワイアルのコーラスがすばらしく、ドイツ語のオラトリオの真摯さを丁寧に表現しながらも、色彩感に富み、存分に輝かしさも見せて、見事。また、4人のソリストたちも、それぞれに瑞々しい歌声を聴かせて、魅了して来る。で、忘れてならないのが、クリアかつ味のあるサウンドを繰り出すシャンゼリゼ管!メンデルスゾーンの音楽というのは、その古典的なあたりが、単調に捉えられてしまうことがあるけれど、シャンゼリゼ管は、ひとつひとつの情景を息衝かせ、驚くほど隙が無い!オラトリオだけに、もちろん主役は歌なのだけれど、オーケストラも、しっかりと聴かせます。

MENDELSSOHN ・ PAULUS
COLLEGIUM VOCALE ・ LA CHAPELLE ROYALE
ORCHESTRE DES CHAMPS-ÉLYSÉES
PHILIPPE HERREWEGHE


メンデルスゾーン : オラトリオ 『パウルス』 Op.36

メラニー・ディーナー(ソプラノ)
アネッテ・マルケルト(アルト)
ジェイムズ・テイラー(テノール)
マティアス・ゲルネ(バス)
合唱 : コレギウム・ヴォカーレ、ラ・シャペル・ロワイアル
フィリップ・ヘレヴェッヘ/シャンゼリゼ劇場管弦楽団

harmonia mundi FRANCE/HMC 901584




nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。