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解放区... 17世紀、ヴェネツィア、オラトリオ、華麗なる進化。 [2017]

クラシックでオラトリオというと、やっぱり、お馴染み『メサイア』(1742)を書いたヘンデルのイメージが強い。が、17世紀半ば、ローマで誕生したオラトリオの歩みをつぶさに辿ると、オラトリオ作家、ヘンデルの存在が、少し異質に思えて来る。てか、ヘンデルの、イタリア・オペラ・ブームが去ったら英語のオラトリオ、どうでしょう?みたいなスタンスが、何か引っ掛かる... オラトリオって、そんなもんかァ?いや、18世紀、盛期バロックを迎え、時代はうつろって行く。ヘンデルの、華麗かつ、ダイナミックで、時としてエンターテイメントになり得てしまうオラトリオの姿に、感慨... 対抗宗教改革の熱、未だ冷めやらず、バロックの革新が生々しさを残していた頃の、如何ともし難い狂おしさのようなものが産み落としたオラトリオ。ヘンデルとはまた違ったベクトルで、聴き手に迫る音楽が展開されていたわけだけれど、次第に、あの狂おしさは失われて行って、何を得たか?答えはヘンデル... ということで、ヘンデルに至るオラトリオの道程を追いながら、盛期バロックへの展開を探ってみる。
アンドレア・デ・カルロ率いる、アンサンブル・マレ・ノストルムで、ストラデッラのオラトリオ『聖ペラージャ』(ARCANA/A 431)と、ダミアン・ギヨン率いる、ル・バンケ・セレストで、カルダーラのオラトリオ『キリストの足元のマッダレーナ』(Alpha/Alpha 426)を聴く。


1677年、ヴェネツィアにてストラデッラ、自由の先に次なる時代、『聖ペラージャ』。

A431.jpg
カリッシミ(1605-74)が最初のオラトリオを生み出した頃、1643年、ボローニャで生まれたストラデッラ(1644-82)。カリッシミの次の時代を担うオラトリオの作曲家として名を残す一方で、その破天荒さ(教会の資産の横領を企み、多くの女性と恋をし... )でも知られる人物。後にフロトウによってオペラ化(1844)されるほどの波乱の人生(トラブル・メーカーは各地を転々とし、最後はジェノヴァにて刺殺!)を送っている。それでも世を渡れたのは、ストラデッラが貴族階級の人物で、そうしたコネクションがあり、フリーランスでいられたからだろう... また、そういう他の作曲家たちが望めなかった立場、自由さが、若くして当代一流の腕を育てたようにも思う。そんなストラデッラの才能を買っていたのが、聖都、ローマのミューズ、元スウェーデン女王、クリスティーナ!当時、まだ20代のストラデッラに、様々な作品を委嘱、1671年、ローマにトルディノーナ劇場をオープンさせると、オペラの作曲はもちろん、プロデュース的な仕事も任せている。その後、サン・ジョヴァンニ・デイ・フィオレンティーナ教会のためにオラトリオを書き、大きな評判(ストラデッラの命を狙いにやって来た暗殺者が、その音楽を聴いて、かえってストラデッラを助けたという逸話もある『洗礼者ヨハネ』... )を呼び、名声を高めるものの、1677年、再び問題を起こし、ヴェネツィアへ... ヴェネツィアでは、有力貴族の"愛人"の音楽教師を務め... たら、2人してトリノへ駆け落ち、かよ... で、ヴェネツィアで作曲されたのが、ここで聴くオラトリオ『聖ペラージャ』。
5世紀、美しき放蕩娘、ペラギアが、司教、ノンヌスの説教に回心し、ペラギウスと男性風に改名、修道士として生きて行く... というのが、聖ペラギア=ペラージャの聖人譚。で、ストラデッラは、聖人譚としてよりも、聖と俗の対話として物語を展開。ひとりの人間(=ペラージャ)が、やがて信仰に身を委ねるまでを瑞々しく描く。いや、カリッシミからは隔世の観さえある充実した音楽!一般的なイメージとしての「バロック」がそこにある。とはいえ、ヘンデルのようにひとつひとつのナンバーをガッツリ歌い上げることはしない。バロック・オペラの定型、ダ・カーポ・アリア(A-B-A)の形が定まる前だけに、詩をこねくり回すようなことはせず、淡々と対話を展開して行くのが印象的。初期バロックの詩に即したスピード感が未だ息衝き、盛期バロックの魅惑的な音楽にも彩られる妙!それはまさに過渡期の音楽なのだけれど、実は、音楽劇として、最も理想的な状態にあるように思えてしまう。また、ストラデッラの音楽性も光る!ストラデッラの故郷にして、音楽を学んだボローニャの、古典派を準備した端正なスタイルと、ローマのオペラで培ったドラマ運び... さらには、作曲家生来の自由さを見出す伸びやかな音楽が、盛期バロックを前にしながら、古典主義の明朗さを先取りするようで、興味深い。最後、回心したペラージャのアリア・フィナーレ(track.54)なんて、まるで、春のそよ風が吹き抜けて行くよう!はぁ~ 芳しい...
というストラデッラを聴かせてくれるのが、デ・カルロ+アンサンブル・マレ・ノストルム。ストラデッラの作品を取り上げるプロジェクトを遂行中の彼らだけに、勝手知ったナチュラルさが端々に感じられて、惹き込まれる。規模の小さいアンサンブルならではの澄んだ響きをベースに、活き活きと紡ぎ出される音楽は、美しく魅惑的。宗教的なことは横に置き、すっかり魅了されてしまう。って、この気安さが、ストラデッラの人となりだったか?なんても思わせる。そこに、明るく伸びやかなマメーリ(ソプラノ)のペラージャが無邪気に歌い、ますます魅惑的な!というペラージャを囲む、ペ(コントラルト)の信仰、チェルヴォーニ(テノール)のノンノ、フォレスティ(バリトン)の浮世と、三者三様、味のある存在感を見せて、物語を引き立てる。しかし、不思議とウキウキとして来る音楽。ストラデッラは、けして悪いヤツじゃなかったんじゃ?

STRADELLA Santa Pelagia Ensemble Mare Nostrum De Carlo

ストラデッラ : オラトリオ 『聖ペラージャ』

ペラージャ : ロベルタ・マメーリ(ソプラノ)
信仰 : ラファエレ・ペ(コントラルト)
ノンノ : ルカ・チェルヴォーニ(テノール)
浮世 : セルジオ・フォレスティ(バリトン)
アンドレア・デ・カルロ/アンサンブル・マレ・ノストルム

ARCANA/A 431




1697年、ヴェネツィアの華麗なるカルダーラ、『キリストの足元のマッダレーナ』。

Alpha426
ストラデッラが、元スウェーデン女王、クリスティーナのために様々な仕事をこなしていた頃、ヴェネツィアで生まれたカルダーラ(1670-1736)。幼い頃からサン・マルコ大聖堂の聖歌隊で歌い、1681年には、楽長、レグレンツィ(1626-90)に師事。ヴェネツィア楽派として、手堅い技術を身に付けると、1699年にマントヴァ公の宮廷楽長に就任。そこからローマを経て、1715年にハプスブルク家の宮廷副楽長のポストを獲得、以後、帝都、ウィーンで、イタリア人の巨匠として大きな影響力を発揮した。というのが、カルダーラの簡単な略歴。いや、ストラデッラとは大違い!でもって、ここで聴く、オラトリオ『キリストの足元のマッダレーナ』は、マントヴァへ行く少し前、1697/98年シーズンに、ヴェネツィアで初演された作品。つまり、ヴェネツィアで作曲されたストラデッラの『聖ペラージャ』から20年を経た作品... いや、この20年、実に大きかった!ストラデッラの音楽も「バロック」ではあったけれど、カルダーラの音楽には盛期バロックの到来がはっきりと窺える。ヴェネツィア楽派ならではの力強いオーケストラ・サウンドに支えられ、歌手たちが歌うナンバーはどれも華麗!音楽としてより華やかさを増し、聴き手に確かな聴き応えをもたらす。一方で、対抗宗教改革の時代が見せた、あの肉々しさ、生々しさは薄れ、快楽的に音楽に傾倒して行く姿に、少し複雑な気もしないでもない... が、それは、教皇庁の影響から自由でいられたヴェネツィア共和国ならではの感覚でもあり、ローマのオラトリオには無かった都会的な洗練を漂わせる。
で、その中身、ヴィヴァルディ(1678-1741)を思わせる快活なシンフォニアに始まり、地上の愛(俗世における愛のアレゴリーで、天上の愛と、マグダラのマリア=マッダレーナが、聖と俗、どちらの愛を選択するか賭けをする... )が静かに歌い出す最初のアリア(disc.1, track.2)の何と言う美しさ!歌声の魅力をシンプルに引き出す音楽に、のっけから鷲掴み... レチタティーヴォを挿んでのもうひとつのアリア(disc.1, track.4)では、格調高く、コロラトゥーラにも彩られ、まさに「バロック」。ひとつひとつのナンバーは、思いの外、きっちりと歌われ、またそれぞれに表情に富むナンバーで織り成されて、まるでオペラのよう... このあたり、四旬節など、オペラが上演できなかった期間の代替となったオラトリオの性格の変容を垣間見る。なればこそ魅力的な『キリストの足元のマッダレーナ』!ダ・カーポ・アリアの形を採り、堂々たる歌いを聴かせるアリアがあれば、バロックらしい荒ぶるアリアがあり、ソロの楽器のオブリガードが付いて、歌うばかりでない魅力もたっぷり聴かせてくれるアリアも... そうした中で、特に印象深いのが、マッダレーナのアリア「私の涙の海のために」(disc.2, track.19)。波のように打ち寄せるオーケストラによる分散和音に乗って、切々と歌われるナンバーは、静かにして力強い。
というカルダーラを聴かせてくれるのが、ギヨン+ル・バンケ・セレスト。まず、カウンターテナー、ギヨンが率いるあたりが興味深い... で、歌いながらも、歌っていることに引き摺られず、きっちりル・バンケ・セレストをディレクションして来るギヨン。フランスのピリオド・アンサンブルらしい色彩感に彩られながら、軽やかに息衝かせて、カルダーラの音楽のヴェネツィア流を朗らかに引き立てる。ギヨンは新世代のヤーコプスか... そして、忘れてならないのが、すばらしい歌声を聴かせる歌手たち!冒頭から魅了するマッツカート(ソプラノ)の地上の愛、豊かな表情を歌声に籠めるド・ネグリ(ソプラノ)のマッダレーナは、特にすばらしく、聴き入るばかり... で、おもしろいのが、ギヨン(カウンターテナー)の天上の愛。何とも言えず艶やかで、地上と天上がアベコベな感じがする。いや、このアベコベ感がバロックか?艶っぽい天上の愛が、かつての狂おしさを呼び覚ます?ただ美しいだけに終わるのではない、危うさを生んで、スパイスを効かせる。

Caldara Maddalena Ai Piedi Di Cristo Le Banquet Céleste Damien Guillon

カルダーラ : オラトリオ 『キリストの足元のマッダレーナ』

マッダレーナ : エマヌエル・ド・ネグリ(ソプラノ)
マルタ : マリ・ド・ヴィユトレイ(ソプラノ)
天上の愛 : ダミアン・ギヨン(カウンターテナー)
地上の愛 : ベネデッタ・マッツカート(コントラルト)
キリスト : レイナウト・ファン・メヘレン(テノール)
パリサイ人 : リッカルド・ノヴァロ(バリトン)
ダミアン・ギヨン/ル・バンケ・セレスト

Alpha/Alpha 426




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