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没後200年、ガッツァニーガ。もうひとつのドン・ジョヴァンニ... [before 2005]

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突然ですが、18世紀の音楽を、クリスマス・ケーキに例えてみます。すぐに目に付くサンタの飾りは、モーツァルトでしょうか、チョコレートで書かれた"Merry Christmas"の文字は、バッハでしょうか、クリスマス・ツリーの飾りは、ヘンデル?柊の赤い実は、ヴィヴァルディ?それらを美しく取り囲むクリームのデコレーションは、ハイドンかな... そして、みんな、そうした飾りにばかり目が奪われてしまって、ケーキ本体を食べてないよね?幾層にも積まれたスポンジとクリーム、時にはフルーツが挟まっていて... そういうコンビネーションがあって、しっかりと全体を味わってこそ美味しい18世紀の音楽!なんて考えてしまったのは、没後250年を迎えた作曲家たち、コジェルフヴェラチーニポルポラネブラと聴いて来て... ヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハ、ハイドン、モーツァルトの周りには、常に豊かな音楽が鳴り響き、共鳴し合い、そこにこそ、おもしろさがあると思う。
ということで、没後200年を迎えたガッツァニーガに注目!で、ガッツァニーガの名前を知る切っ掛けとなる、もうひとつの『ドン・ジョヴァンニ』、モーツァルトよりも9ヶ月ほど先んじて初演され、その台本の下敷きとされたガッツァニーガのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』(SONY CLASSICAL/SK 46693)を、ブルーノ・ヴァイルの指揮、ターフェルムジーク・バロック管弦楽団の演奏で聴く。

ジュゼッペ・ガッツァニーガ(1743-1818)。
1756年、モーツァルトの誕生から6年遡ると、バッハが逝った年、1750年。この年は、サリエリが誕生した年でもある。そして、さらに7年を遡って、1743年、ヴェネツィア共和国領、ヴェローナで生まれたのが、ガッツァニーガ(ちなみに、サリエリが生まれたレニャーゴは、現在、ヴェローナ県... )。で、ガッツァニーガの父は、息子を聖職者にと考え、そのための勉強を受けさせていたものの、本人は音楽に関心を持ち、こっそりと独学で学んでいたらしい。が、1760年、17歳になった時、ヴェネツィアへ学びに行く機会を得る(どうやら、父親が亡くなったらしい... )。そこにいたのが、ナポリ楽派の巨匠にして、名教師、ポルポラ!ウィーンからナポリへ帰る途中だったか、ガッツァニーガは、運良くポルポラに師事、ナポリへと同行して、師の伝手で、サントノフリオ・ア・ポルタ・カプアーナ音楽院にて学んだ(サンタ・マリア・ディ・ロレート音楽院の楽長に復帰したポルポラからも、作曲など、しっかりと学んでいる... )。1767年、音楽院を卒業すると、当時のナポリ楽派のトップ・ランナー、ピッチンニ(ナポリ流のオペラ・ブッファで人気を博し、後にパリに招聘され、グルックとライヴァル関係に!)の弟子となり、3年間、実地でナポリ楽派の最新のオペラを吸収(その期間中、1768年、インテルメッツォ『トロッキオ男爵』で、オペラ作家としてデビューも果たしている... )。1770年、27歳になったガッツァニーガは、10年間のナポリ修行を終え、ヴェネツィアへ戻ると、翌、1771年に作曲された、オペラ・ブッファ『ラ・ロカンダ』を皮切りに、精力的にオペラを書いたガッツァニーガ... 間もなく、そうした作品の数々は、イタリア各地で上演されるようになり、ナポリからも委嘱を受けるまでに... やがて、その名声は、アルプスを越えて広がり、かのハイドンも、エステルハーザでガッツァニーガ作品を取り上げたほど... という、ガッツァニーガ、43歳、絶好調の頃、1787年、2月5日、ヴェネツィア、サン・モイゼ劇場で初演されたのが、ここで聴く、オペラ『ドン・ジョヴァンニ・テノリオ、あるいは、石の客人』。
モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』より9ヶ月ほど早く初演され、ダ・ポンテがその台本を書くにあたって、叩き台としたガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』。今では、モーツァルトの名作が紹介される時に、ちらりと触れられる程度の作品なのだけれど、ヴェネツィアでの初演は大ヒット!その評判は、すぐさまモーツァルト周辺にも届くほどで、後に、パリ(1792)や、ロンドン(1794)でも上演されている。だけに、その音楽、モーツァルトに負けていない... というより、その充実っぷり、ちょっと驚かされるほど... ただ、規模に関しては、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』に及ばない... というのも、ガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』が初演されたのは、後に駆け出しのロッシーニがファルサ(1幕モノの笑劇... )を上演するサン・モイゼ劇場。大規模なオペラではなく、小規模の軽めの作品を得意とした劇場で... ガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』もまた、そこに合わせ、1時間強の小規模の作品。モーツァルトのように、ドン・ジョヴァンニの遍歴を丁寧に描き、教訓劇としての陰影を濃くしたりはしない。なればこそ、より18世紀的?ガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』の明朗な音楽に触れると、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の仄暗く、ドラマティックなあたりが、ロマン主義に思えて来て、モーツァルト作品としても異質だったのかなと... 一方で、ガッツァニーガの音楽は、思いの外、モーツァルト寄り!その『ドン・ジョヴァンニ... 』には、『フィガロの結婚』(1786)や、『コジ・ファン・トゥッテ』(1790)に通じる感覚があって、歌ばかりでなく、全体をしっかりと構築して来る。ナポリで学んだだけに、ロッシーニの登場を準備したナポリ楽派流のシンプルさを見せるのかと思いきや、意外... でもって、小規模とは思えない充実のサウンドに、魅了される!
で、その充実のサウンドをしっかり鳴らして来るヴァイル!ターフェルムジーク・バロック管が、思いの外、厚みを以って、味わい深く響き出しつつ、活き活きとシーンを描き出すのが印象的。なればこそ、モーツァルトに引けを取らないガッツァニーガの音楽が輝いて、モーツァルトでない『ドン・ジョヴァンニ... 』が、もの凄く新鮮に感じられる。いや、モーツァルトばかりでなく、こういう充実した音楽を繰り出す作曲家がいたのだなと... 裏を返せば、モーツァルトも、ひとつの時代を反映した存在であり、唯一人、特別な存在ではなかったことを思い知らされる。ただ、残念なのは、ディスク1枚に収めるために、序曲やレチタティーヴォなど、いくつかカットされてしまっているところ... やっぱり序曲からきちんと聴きたかった!一方で、いくつかカットされたことで、音楽的には密度が増し、全体に勢いが生まれているのも事実。そして、その勢いに乗って、歌手たちが、実に瑞々しい歌声を聴かせてくれていて... ドン・ジョヴァンニの誘惑者ならではの優男っぷりを素直に歌い魅了して来るジョンソン(テノール)、そんなドン・ジョヴァンニに振り回される従者、パスクウァリエッロ(レポレッロにあたる役... )を歌うフルラネット(バス)は、巧みに狂言回しの役割を担って... 古典的な端正さに包まれながらも、その中で、表情豊かにドラマを紡ぎ出す歌手たちの雄弁さもまた印象的。そうしたパフォーマンスが相俟って、ヴェネツィアを沸かせ、ヨーロッパ中でも人気を呼んだ、もうひとつの『ドン・ジョヴァンニ... 』の輝きが蘇る!

GAZZANIGA: DON GIOVANNI
Johnson ・ Furlanetto ・ Serra ・ Szmytka ・ Allemano ・ Weil

ガッツァニーガ : オペラ 『ドン・ジョヴァンニ・テノリオ、あるいは、石の客人』 〔抜粋〕

ドン・ジョヴァンニ : ダグラス・ジョンソン(テノール)
ドンナ・エルヴィーラ : ルチアーナ・セッラ(ソプラノ)
ドンナ・アンナ/マトゥリナ : エルジビエタ・シミトカ(ソプラノ)
ドンナ・シメナ : エディト・シュミット・リーエンバッヒャー(ソプラノ)
パスクウァリエッロ : フェルッチョ・フルラネット(バス)
オッタヴィオ公爵 : カルロ・アッレマーノ(テノール)
騎士長 : ヨハン・ティッリ(バス)
旅人 : アントン・シャリンガー(バス)
ランテルナ : ヘルムート・ヴィルトハーバー(バス)
シュトゥットガルト室内合唱団

ブルーノ・ヴァイル/ターフェルムジーク・バロック・オーケストラ

SONY CLASSICAL/SK 46693



さて、ガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』の後日談として、名作の方を、おさらい...
プラハで、モーツァルトの名作、『ドン・ジョヴァンニ』が初演されるのは、1787年、10月29日。そこに至るまでには、曲折があった... 前年、1786年の春、『フィガロの結婚』をウィーンで初演したモーツァルトだったが、ウィーンの音楽シーンにおける激しい競争を背景とした足の引っ張り合いにより、早々に打ち切られてしまう。しかし、その年の年末、プラハで上演され、大成功!プラハは、この大成功を契機に、モーツァルトに新作を委嘱。ヴェネツィアで評判となっていたガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』に注目、ベルターティによる台本を取り寄せ、『フィガロの結婚』の台本作家、ダ・ポンテによって、リライト。モリエールの戯曲『ドン・ジュアン』などを参考に、ストーリーを拡大。モーツァルトは、その台本を受け取ると、一気に作曲、ヴェネツィアの『ドン・ジョヴァンニ... 』の初演からわずか9ヶ月ほどで、名作、『ドン・ジョヴァンニ』が初演を迎える。もちろん、プラハの観衆は新作に熱狂!評判は帝国の首都、ウィーンにも伝わり、『ドン・ジョヴァンニ』ばかりでなく、『フィガロの結婚』もウィーンで再演(1789)、そして、今度こそ大成功!モーツァルトは、オペラ作家としての地位を確固とする。
でもって、ガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』を聴いていると、モーツァルトのものと、ちらほら似ているようなところがあって、おもしろい。例えば、ドン・ジョヴァンニの地獄落ちのところとか、地獄に落ちて、みんなが集まり歌うフィナーレとか... つまり、台本ばかりでなく、音楽においても、ガッツァニーガの『ドン・ジョヴァンニ... 』は、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』に、それとなしに影響を与えていたと言えるのかもしれない。もちろん、迫力という点で、モーツァルトには及ばないのだけれど、モーツァルトも影響を受けた痕跡を見出すと、ガッツァニーガの作曲家としての力量に感心させられる。




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