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ラヴェル、クープランの墓。 [before 2005]

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今年は、第1次世界大戦の終戦から100年... そして、本日、11月11日が、まさにその100年目の日となります。さて、『惑星』に始まり、第1次大戦中に作曲された音楽をいろいろ聴いて来たのだけれど、戦時下でも、作曲家の創作意欲は衰えず、様々な作品が生まれていたことに驚かされる。一方で、音楽どころではなかったのも事実... そして、多くの命が失われた現実... 音楽界からも多くの犠牲者が出ました。これから才能を開花させただろう若き作曲家たち、イギリスのバターワース(1886-1916)や、ドイツのシュテファン(1887-1915)らが、兵士として戦場に散り... また、民間人にも多くの犠牲を出した第1次大戦、フランスのマニャール(1865-1914)は、西部戦線に近い自らの屋敷に留まって、ドイツ兵と撃ち合いとなり、屋敷諸共火を掛けられ命を落としている。スペインのグラナドス(1867-1916)は、アメリカからの帰国の途上、乗船していた客船がドイツの潜水艦の攻撃を受け、ドーヴァー海峡で亡くなっている。そんな、多くの犠牲を悼み、追悼の曲を聴く。
自らも兵士として戦場に赴いたラヴェルが、戦場に散った戦友たちに捧げたトンボー、ピアノのための組曲、『クープランの墓』を、終戦から100年、レクイエムの代わりに... ロジェ・ミュラロのピアノで、ラヴェルのピアノ作品全集(ACCORD/4760941)で聴く。

ラヴェルは、どこかナイーヴなイメージがある。物静かそうに写る多くのポートレートのイメージのせいだろうか?あるいは、"高雅にして感傷的なワルツ"とか、タイトルも含め、繊細にして瀟洒な作品のイメージのせいだろうか?しかし、ラヴェルの人生を覗いて見れば、ナイーヴなばかりではない一面がすぐに目に入って来る。例えば、第1次大戦で空軍のパイロットに志願したり... ま、もともと身体の弱かったラヴェルは、すでにアラフォーだったこともあり、パイロットに採用されることは無かったものの、1915年に、輸送兵として戦地に赴く。そこでは、軍隊ならではの厳しさ、粗雑さに晒されながら、タフに前線を支え、途中、赤痢に倒れ、手術を受けるような事態に遭いながらも、無事に帰還している。とはいえ、近代戦の惨状を目の当たりにすることも多々あったようで、深く落ち込むことも... さらに、終戦の前年、1917年には、最愛の母を失ったことも重なり、精神的に追い詰められ、しばらく作曲から遠ざかりもした。そうした中、作曲されたのが、『クープランの墓』(disc.1, track.2-7)。
1914年、第1次大戦が開戦した頃に構想された、6つの小品からなるピアノのための組曲は、そのタイトルの通り、フランス・クラヴサン楽派を代表する巨匠、フランソワ・クープラン(今年、生誕350年のメモリアル!)に捧げられた作品... クープランのクラヴサン曲集を織り成すオルドル=組曲のように構成され、フォルラーヌ(disc.1, track.4)、リゴドン(disc.1, track.5)といった、クープランの時代を思い起こさせる舞曲に新たな生命を吹き込みながら、フーガ(disc.1, track.3)に、トッカータ(disc.1, track.7)と、バロック期に形作られた形式をラヴェル流にリヴァイヴァルし、擬古典主義を先取りするような音楽をも展開する。そして、この組曲を特徴付けるのが、6つの小品、それぞれに、戦場で命を落とした戦友たち(友人で、この作品の初演者、マルグリット・ロンの夫、ジョゼフ・ドゥ・マルリアーヴ大尉も含む... )の思い出を刻むこと... いや、戦場を経験しての、トンボー=追悼曲、『クープランの墓』なのである。そこには、ラヴェルの第1次大戦の記憶が綴られているようにも感じる。
始まりのプレリュード(disc.1, track.2)には、ラヴェルが運転するトラックが、風を切って走って行く様子が浮かぶようで... 続くフーガ(disc.1, track.3)には、砲声の止んだ戦場の静けさが広がるのか?戦争が無ければ、少し退屈な田園風景に過ぎなかっただろう牧歌的な様子が、かえって心に響く。で、フォルラーヌ(disc.1, track.4)の、ちょっとルーズな雰囲気は、軍隊生活の気ままさだろうか?リゴドン(disc.1, track.5)の快活さには、兵士たちの鯱鉾張った面持ちが窺えて、メヌエット(disc.1, track.6)の穏やかさには、故郷を遠く離れて思うセンチメンタルが滲むよう。そして、最後のトッカータ(disc.1, track.7)には、戦火の激しさも感じられるのだけれど、ラヴェルはことさら戦争の残酷さ、陰鬱さを描いたりしない。クープラン流のウィットを意識しながら、フランスならではの明朗さに彩られ、まるで、春の野を渡るそよ風のように音楽を紡ぎ出す。だから、切ない... いや、リアルな戦場を知るラヴェルだからこその表現なのだろう。戦場に思いを馳せるラヴェルの姿をそこに見出す。
そんな『クープランの墓』を、ミュラロのピアノで聴くのだけれど、何か、ミュラロのタッチが、兵士、ラヴェルの姿を浮き彫りにするようなところもあって... 極めてクリアなタッチは、少し硬質に感じられ、そのあたりが、ラヴェルの戦場に乗り込んでしまう強気を、小気味良く捉えるようでもあり、おもしろい。ナイーヴなラヴェルのイメージを、さらりと裏切って、ラヴェルのありのままを、シビアに見つめ、そこはかとなしに峻厳な音楽を響かせる。この感覚が、凄く新鮮!ラヴェルの音楽に対して、こういう姿勢もありなんだと、目から鱗が落ちる思いも... これは、『クープランの墓』に限らず、他の全ての作品にもあてはまり、ドビュッシーの二番煎じなんて絶対に言わさない、ラヴェルならではの確かな音楽を、クラリティの高い演奏で、詳らかにして行く、ミュラロ。一方で、技巧的なあたりは、鮮やかに繰り出し、ちょっとジャズのインプヴィゼーションを思わせる、スリリングさも見せて、魅了して来る。いや、峻厳かつ、遊びもあるバランス感覚、クール!

RAVEL: L'ŒUVRE POUR PIANO MURARO

ラヴェル : 前奏曲
ラヴェル : 組曲 『クープランの墓』
ラヴェル : ソナチネ
ラヴェル : 『夜のガスパール』
ラヴェル : 組曲 『マ・メール・ロワ』 *

ラヴェル : 亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル : 水の戯れ
ラヴェル : 『鏡』
ラヴェル : グロテスクなセレナーデ
ラヴェル : 古風なメヌエット
ラヴェル : ハイドンの名によるメヌエット
ラヴェル : ボロディン風に
ラヴェル : シャブリエ風に
ラヴェル : 『高雅にして感傷的なワルツ』
ラヴェル : ラ・ヴァルス

ロジェ・ミュラロ(ピアノ)
オルタンス・カルティエ・ブラッソン(ピアノ) *

ACCORD/4760941




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