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第1次世界大戦下、兵士の姿を見つめる音楽、兵士の物語、タラス・ブーリバ... [2018]

今年は、第1次世界大戦の終戦から100年... ということで、第1次大戦中の音楽に注目しております。とはいえ、戦時下、音楽どころではなかったのも事実。終戦の年、プッチーニが三部作を初演しようとした時、歌手たちはみな戦場に駆り出されており、ヨーロッパでの初演を見送っているほど... そう、多くの音楽家たちが、戦闘に立たされたのが第1次大戦。ヴォーン・ウィリアムズは、義勇兵としてイギリス軍の砲兵隊に加わり、ラヴェルはフランス軍で輸送兵として働き、イベールは海軍士官を務めていた。さらに、オネゲルはスイス軍(スイスは中立国だったが... )に従軍し、国境警備にあたり、ヒンデミットはドイツ軍の軍楽隊に、シェーンベルクとベルクはオーストリア軍に召集され、それぞれ、故国のために戦っている。いや、まさに、敵味方に分かれて戦っていたわけだ... 音楽性を巡って対立することはあっても、実際に銃口を突き合わせていたとは、かなり衝撃的。もちろん、それが戦争の現実ではあるのだけれど、第1次大戦は、20世紀音楽を彩る作曲家たちを兵士にしていた。
ということで、第1次大戦下に書かれた兵士たちの物語... ジャン・クリストフ・ガイヨーの指揮、オリヴィエ・シャルリ(ヴァイオリン)ら、フランスの音楽家によるアンサンブルで、ストラヴィンスキーの『兵士の物語』(harmonia mundi/HMM 902354)。ジョナサン・ノットが率いた、バンベルク交響楽団の演奏で、ヤナーチェクの『タラス・ブーリバ』(TUDOR/TUDOR 7135)を聴く。


戦時下、呪いを掛けられたかのようなストラヴィンスキーが強かに綴る、兵士の物語。

HMM902354.jpg
第1次大戦が勃発する前年、1913年、『春の祭典』の初演は、音楽史における第1次大戦だった気がする。変拍子、不協和音... 東の果て、アジアとつながるロシアからやって来たバーバリズムは、さながら近代戦に登場した戦車のようにヨーロッパの伝統を破壊して行った。振り返れば、第1次大戦の予言だったか... そんな、衝撃的な音楽によって、一躍、時の人となったストラヴィンスキーは、第1次大戦が勃発すると、母国、ロシアに帰ることができなくなり、中立国、スイスに引き籠る(時折、ディアギレフのいるイタリアへも足を運んでいる... )。当然、『春の祭典』で人々を驚かすような機会は奪われ、ロシアに帰ることができなくなった反動からか、ロシアの民話を素材に、よりロシアの大地に根差したテイストを用いたバレエ、『狐』(ポリニャック公爵夫人の委嘱... )、『結婚』(戦前から構想、バレエ・リュスでの上演を念頭に作曲... )、そして、ここで聴く『兵士の物語』を作曲する。で、どの作品も興味深いのだけれど、より第1次大戦を反映しているのが『兵士の物語』か...
音楽どころではなくなった中、追い打ちを掛けるように、1917年、ロシア革命が勃発、ロシアでの資産を失ってしまったストラヴィンスキー。この経済的危機を乗り越えるために試行錯誤したのが、『兵士の物語』。場所を選ばず、どこでも上演できるよう小編成のアンサンブルによる音楽と、話しの筋をよりわかり易く示すために語りを用い、俳優を用い、伝統的なバレエの形にこだわらないという、背に腹は代えられない仕様。が、それこそが、この作品に、思い掛けない革新性を生み出してしまうから、ストラヴィンスキーは天才というか、強かというか、改めて聴いてみると、唸ってしまう。その音楽、ロシアのフォークロワに彩られながらも、ラグタイムやタンゴを引き込み、小編成のアンサンブルによるシンプルな音楽は、擬古典主義をも先取りして、各奏者が自在に活躍するあたりは、コンチェルト・グロッソを復活させるようでもあり、何気に凝っている。が、響き出すサウンドは、絶妙にチープ!で、そのチープさには、『三文オペラ』(1928)を予兆するセンスの冴えを見出す。
そして、ロシアの民話を素にラミュ(スイスの小説家... )が脚本を書いた兵士の物語... 兵士が奏でていたヴァイオリンと、悪魔の本を交換したことで、翻弄される兵士の姿を2部構成で描く。恋に破れるも、商売で大成功。が、兵士の頃の自由さを懐かしみ、放浪。その先で出くわした、病の王女。悪魔との賭けに勝ち、再びヴァイオリンを取り戻した兵士は、そのヴァイオリンで王女を癒し、結ばれる。が、悪魔に呪いを掛けられ、故郷へ帰れなくされる。しかし、望郷の思いは募り、王女と2人、故郷へ... 兵士は、国境を越えたところで、悪魔に連れ去られてしまう。ダークな長靴を履いた猫のようなストーリーなのだけれど、ストラヴィンスキーの置かれた状況(悪魔はディアギレフ?そして、ソヴィエトの成立により戻るに戻れない... )が重なる?かつ、第1次大戦後の兵士たち、1920年代の"失われた世代"の姿を予言するのか?いや、『春の祭典』もそうだけれど、ストラヴィンスキーの作品というのは、何か予言めいて、悪魔的?一見、軽妙な物語に漂う、ただならなさ...
その『兵士の物語』、圧巻のパフォーマンス、NAXOS MUSIC LIBRARYで見つけてしまいました(リリースはまだ先なのか?)。オーボエ奏者、ガイヨーの指揮、シャルリのヴァイオリンを筆頭に、フランスの腕利きが揃ったアンサンブル、サンドル(ナレーション)、ポダリデス(兵士)、ヴュイエルモーズ(悪魔)という、味のあるフランスの俳優たちによる語り... いやはや、全てが相俟って、最高にチープ!第1次大戦下の旅回り一座の悲哀とヤケっぱちを見事に音にして、どうしようもなく魅惑的。フランス人たちのエスプリの真髄を思い知らされる... で、印象的だったのが、サンドルのナレーション!ストラヴィンスキーのマーチに乗って、切れ味鋭くシュプレッヒ・ゲザングのように繰り出すカッコよさ!もちろん、他の台詞でも、表情豊かに、味わいたっぷりで、フランス語がわからなくとも、惹き込まれてしまう魔法。『兵士の物語』は、組曲版が一般的だけれど、俳優陣が光れば、やっぱりオリジナル!演奏、語り、一丸となって、痛快に物語を綴る。

IGOR STRAVINSKY HISTOIRE DU SOLDAT

ストラヴィンスキー : バレエ 『兵士の物語』

ナレーション : ディディエ・サンドル(語り)
兵士 : ドゥニ・ポダリデス(語り)
悪魔 : ミシェル・ヴュイエルモーズ(語り)
フィリップ・ベロー(クラリネット)
ジョルジョ・マンドレージ(ファゴット)
ブルーノ・トンバ(コルネット)
ギョーム・コテ・デュモーラン(トロンボーン)
オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)
ベルナール・カゾーラン(コントラバス)
エリック・サミュ(パーカッション)
ジャン・クリストフ・ガイヨー(指揮)

harmonia mundi/HMU 807553




戦時下、高まるナショナリズム、ブレイクするヤナーチェクの鋭い視線、隊長ブーリバ。

TUDOR7135
チェコ、モラヴィア地方の中心都市、ブルノを拠点に、地道に活動を続けていたヤナーチェクが、第1次大戦下、1916年、62歳の誕生日を迎える少し前、とうとうプラハでもブレイクを果たす。代表作のひとつ、オペラ『イェヌーファ』がプラハで大成功を収める。が、そこに至るには12年もの時間が必要だった... 1904年にブルノで初演された『イェヌーファ』は、それまでの国民楽派とは一線を画す、響きの細胞にまで民族性を感じさせる、ヤナーチェクならではの独特なサウンド(チェコの奔流とは一味違うモラヴィア地方ならではのトーン... )を以って、怜悧にリアリズムを展開するオペラ。長年、ハプスブルク帝国に組み込まれ、ドイツ文化の影響を受けて来たプラハでは、ヤナーチェクのオペラは、あまりに泥臭く、時代を先取りするその音楽は、奇異なものに映ったのだろう。ブルノでの成功とは裏腹に、プラハでは門前払いを喰らっていた。が、第1次大戦におけるナショナリズムの高まりは、ヤナーチェクの立場を大きく変えることになった。第1次大戦は、国内にも大きな変化をもたらしていた。そして、その頃に作曲された、狂詩曲「タラス・ブーリバ」(track.6-8)を聴くのだけれど...
ゴーゴリの小説『隊長ブーリバ』を題材に、その物語のピークとなる3つの死、ブーリバの2人の息子と、ブーリバ自身の死を音楽とした3曲からなる狂詩曲「タラス・ブーリバ」。ヤナーチェクは、汎スラヴ主義(つまり、反オーストリア... )を訴えたロシアにシンパシーを感じ、ロシア兵への激賞としてこの狂詩曲を書いたとされるものの、どーだろ?ゴーゴリの出身地、ウクライナを舞台に、コサックの生き様を描く物語は、とにかく、軍人のアホさ、戦争の愚かさを、悲哀を籠めて描いた小説であって、それを音楽とする狂詩曲「タラス・ブーリバ」は、第1次大戦下、ミリタリズムに躍らされるヨーロッパ全体を、どこか揶揄するような風情がある。だから、描かれる3つの死を、ことさらドラマティックに、ヒロイックに描こうとなどせず、どこか厭世的な態度で、絵本を読み聞かせるような、ある意味、リアリティを消し去って、メルヘンを思わせる空気感で包む。だから、際立つ哀しさ、遣る瀬無さ... ヤナーチェクらしい鮮やかさと、フォークロワに彩られてユーモラスなところから、戦争へと至る人間の心理の歪みを抉り出す。今、改めて狂詩曲「タラス・ブーリバ」を聴くと、その感性の鋭さに驚かされ、脱帽。
さて、第1次大戦の結果、チェコは、"チェコスロヴァキア"として独立を果たす。と同時に、『イェヌーファ』の評価がヨーロッパ中にも広まり、ヤナーチェクは、一躍、国際的な名声を獲得。そんな晴れがましい晩年、1926年、チェコスロヴァキア陸軍に捧げることを念頭に作曲されたのが、ヤナーチェク作品中、最もポピュラーなシンフォニエッタ(track.1-5)。狂詩曲「タラス・ブーリバ」を聴いてから、この人気作に触れると、巨匠然とした威厳に、おお!っとなる。お馴染みのファンファーレの堂々たるあたりが余計に際立つ。のだけれど、狂詩曲「タラス・ブーリバ」で聴こえた繊細さは、薄れてしまったか?もちろん、ヤナーチェクらしい鮮やかさは極まり、フォークロワによるシンプルな在り方はモダニスティックに昇華され、新しい時代の到来を重厚に謳い上げるのだけれど、何かが物足りない気もしなくもない?いや、これが第1次大戦後の空気感なのかも...
なんて、いろいろ考えさせられる、ノットが率いた、バンベルク響の演奏。ノットの明晰にして、少し斜に構えたような、独特なトーンが、ヤナーチェクの独特さに、ピタリとはまり、じわーっと凄い。例えば、派手なイメージのあるシンフォニエッタが、ヤナーチェクを育んだモラヴィアの大地と結び付き、土が鳴るよう。で、バンベルク響の重厚な響きも、それを強調。ヤナーチェクならではの鮮やかさを、少し落ち着いて捉え、音楽の密度をグンと上げ、いつものヤナーチェクよりズシリと来る。そして、際立つ個性から、もう少し深い味わいを引き出す。おもしろいのは、その味わいに、時代のうつろいが感じられるところ... 時代の転換期を生きたヤナーチェクの、静かに時代を見つめる視線が演奏に表れていて、印象深い。

JANÁČEK: SINFONIETTA - TARAS BULBA

ヤナーチェク : シンフォニエッタ
ヤナーチェク : 狂詩曲 「タラス・ブーリバ」
ヤナーチェク : オペラ 『利口な女狐の物語』 組曲 〔ターリヒによる編集〕

ジョナサン・ノット/バンベルク交響楽団

TUDOR/TUDOR 7135




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