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プッチーニ、三部作。 [before 2005]

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今年は、第1次世界大戦の終戦から100年... ということで、前回、第1次大戦中のドイツ=リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)と、デンマーク=ニールセン(1865-1931)に注目してみたのだけれど、南に下って、イタリア=プッチーニ(1858-1924)に注目してみる。で、プッチーニの戦争の向き合い方は、どこかリヒャルトに似ている。『ラ・ボエーム』(1896)、『トスカ』(1900)、『蝶々夫人』(1904)を立て続けに世に送り出し、国境を越えて人気を獲得していたオペラの大家にとって、ヨーロッパが2つに分かれて戦うなんて、ナンセンス... そもそも、プッチーニの国、イタリアは、ドイツ―オーストリアと三国同盟を結んでおきながら、第1次大戦が勃発すると中立を宣言。その1年後には、イギリス―フランス―ロシアの三国協商側に立って参戦するというカメレオンっぷり... こうしたあたりは、プッチーニの行動にも見受けられ、中立国、スイスを介し、敵国となったオーストリア、ウィーンからの仕事をこなしてしまう大胆さ!そうして作曲されたのが『つばめ』... さすがにウィーンでの初演は難しくなり、1917年、中立国、モナコで初演されるのだけれど、いやはや強か。リヒャルトみたいに、アルプスに引き籠るようなことはしない。そして、そんな『つばめ』と並行して作曲されていたのが、意欲作、三部作。
アントニオ・パッパーノの指揮、ロンドン交響楽団の演奏、マリア・グレギーナ(ソプラノ)、クリスティーナ・ガイヤルド・ドマス(ソプラノ)、アンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)ら、スター、実力派、ふんだんにキャスティングされた豪華歌手陣で、1幕モノのオペラ『外套』、『修道女アンジェリカ』、『ジャンニ・スキッキ』からなる、プッチーニの三部作(EMI/5 56587 2)を聴く。

プッチーニが三部作のアイディアを思い付くのは、第1次大戦が始まる前... オムニバスであるオッフェンバックの『ホフマン物語』を雛型に、ダンテの『神曲』(ルネサンスの先駆者、ダンテが、自らを主人公に、古代ローマの詩人、ウェルギリウスに導かれ、あの世を巡る物語... )の、地獄篇、煉獄篇、天国篇に基づく、1幕モノのオペラを3つ組みで作曲しようとしたのが、ここで聴く三部作... 『ホフマン物語』や『神曲』が素になったことは、普段、あまり顧みられず、三部作はばらされ、別の作品と組み合わされて上演されることも多々あり... そうした中、改めて、三部作として聴いてみるのだけれど... ヴェリズモ・オペラ、ここに極まれり!の、パリ社会の底辺を舞台に、痴情のもつれの果ての殺人というバッド・エンドもバッド・エンドな『外套』(disc.1)に始まり、イタリアの女子修道院を舞台とした悔恨と救済の物語、『修道女アンジェリカ』(disc.2)が続き、フィレンツェのある富豪の死によって巻き起こる、トンデモ横領事件の珍騒動と若い恋人たちのハッピー・エンド!『ジャンニ・スキッキ』(disc.3)と、どれも他愛の無いというか、オペラにありがちなストーリーが並べられる三部作。けれど、その"ありがち"に、文学史上、燦然と輝く『神曲』に当てはめてしまう洒脱さ!いや、ある意味、リアルな地獄(『外套』)であり、煉獄(『修道女アンジェリカ』)であり、天国(『ジャンニ・スキッキ』)なのだと思う。そして、観客は、ダンテのように、ウェルギリウス(これは、指揮者だな... )に導かれ、巡るわけです。そして、これが、第1次大戦中に作曲されたことが、とても象徴的に思えて来る。世界初の近代戦は、戦争景気なども含めて、あの世を巡るように、この世の沙汰では無かったのだろう。今、改めて、プッチーニの、そして、第1次大戦の『神曲』として、三部作を見つめてみると、とても感慨深いように思う。なんてことのないオムニバスにこそ、当時の気分が、滲み出て来る気がする。
さて、第1次大戦の終結を半年後に控えた頃、1918年の春、三部作は完成。初演の劇場を探るも、戦時下では、キャスティングも難しく(多くの歌手が戦場に行っていた... )、そもそも、ヨーロッパにオペラを上演する経済的余裕も無く(三部作は、1幕モノとは言え、3つのオペラを一夜に上演するわけで、実は贅沢な仕様だった... )、というところに、アメリカ、ニューヨーク、メトロポリタン・オペラから、世界初演の打診を受け、第1次大戦終結(11月11日)から間もない12月14日、初演に漕ぎ着ける。が、観客の反応は微妙なものだったとのこと... 『外套』はまあまあ、『修道女アンジェリカ』は不評、『ジャンニ・スキッキ』は喝采!プッチーニらしさをより感じるのは『外套』と『修道女... 』だろうか?そして、もう一歩を踏み出して、より有機的に音楽を展開する『ジャンニ... 』。「私のお父さん」(disc.3, track.)が、とにかく有名だけれど、それ以外の印象は、なかなか刺激的。オペラ黎明期に還るような、台詞と音楽の一体感を見せ、軽快に愉快なドラマを織り成して、19世紀のナンバー・オペラを鮮やかに過去のものとし、20世紀のオペラの方向性を示す。一方で、『外套』には印象主義を思わせるトーンが見受けられ、その陰惨さを描くあたりでは、表現主義を思わせるところも... 近代音楽を意識するプッチーニの姿が浮かぶよう。女声だけで歌われる『修道女... 』は、そのたおやかさが、プッチーニのリリカルな魅力を引き立てつつ、女声のみのある種の軽やかさ、麗しさが、普段のプッチーニとは一味違うクリアな感覚も生まれるのか... 悔恨と救済を扱うあたりが、何かオラトリオを思わせる雰囲気もあって、実は、三部作の中で、最も個性的?という三部作、その音楽の在り様は、地獄に煉獄、天国だけあって、三者三様。けれど、三部作として、絶妙に連なっていて、一段、一段、昇って行く感覚がおもしろい。何より、3つ揃っての聴き応えは、なかなかのもの。
という三部作を、パッパーノの指揮、ロンドン響の演奏で聴くのだけれど... まず、驚かされるのは、本当に豪華な歌手陣!『外套』のジョルジェッタを歌うグレギーナ(ソプラノ)、アンジェリカを歌うガイヤルド・ドマス(ソプラノ)、『ジャンニ・スキッキ』の恋人たちを歌う、ゲオルギュー(ソプラノ)、アラーニャ(テノール)たちの花々しさ!さらに、『外套』のコワモテ、ミケーレを歌うグエルフィ(バリトン)に、ミケーレに殺されるルイジを歌うシコフ(テノール)、『修道女... 』で、修道院長を歌うパーマー(メッゾ・ソプラノ)、そして、ジャンニを歌うファン・ダム(バリトン)と、実力派たちが、バシっとドラマを引き締めて、3つのドラマ、それぞれに雄弁に描かれて、惹き込まれる。イタリア・オペラの歌ありきを存分に味あわせてくれる。一方で、ロンドン響も負けていない!パッパーノの巧みな指揮に導かれ、シンフォニー・オーケストラならではのクリアな響きが威力を発揮。歌に隠れがちなプッチーニの音楽のおもしろさ、揺ぎ無い伝統とそこはかとなしに盛り込まれる革新性をしっかりと響かせ、鮮やか!この鮮やかさがあってこそ、生きて来る歌手たちであり、ドラマでもある。何より、三部作としての一体感、プッチーニ版、『神曲』であることを意識させる展開... パッパーノの三部作の真価を改めて問うような意気込みを感じる。そうして、全てが相俟っての充実を極めた音楽!魅了されずにいられない。

PUCCINI IL TRITTICO PAPPANO

プッチーニ : オペラ 『外套』

ミケーレ : カルロ・グエルフィ(バリトン)
ジョルジェッタ : マリア・グレギーナ(ソプラノ)
ルイジ : ニール・シコフ(テノール)
イル・ティンカ : リカルド・カッシネッリ(テノール)
イル・タルパ : エンリコ・フィッソーレ(バリトン)
ラ・フルゴラ : エレーナ・ツィリオ(ソプラノ)
流しの歌手 : バリー・バンクス(テノール)
恋人たち : ロベルト・アラーニャ(テノール)
恋人たち : アンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)
ロンドン・ヴォイシズ

プッチーニ : オペラ 『修道女アンジェリカ』

アンジェリカ : クリスティーナ・ガイヤルド・ドマス(ソプラノ)
公爵夫人 : バーナデット・マンカ・ディ・ニッサ(アルト)
修道院長 : フェリシティ・パーマー(メッゾ・ソプラノ)
修女長 : エレーナ・ツィリオ(ソプラノ)
修錬長 : サラ・フルゴーニ(メッゾ・ソプラノ)
ジェノヴィエッファ : ドロテア・レシュマン(ソプラノ)
オスミーナ : ジュディス・リース(ソプラノ)
ドルチーナ : ラシェル・スターニシ(ソプラノ)
医務係の修道女 : フランチェスカ・ペダーチ(ソプラノ)
托鉢の修道女 : アンナ・マリア・パンツァレッラ(ソプラノ)
修錬女 : ロサリンド・ウォーターズ(ソプラノ)
助修女 : デボラ・マイルス・ジョンソン(コントラルト)
ティッフィン少年合唱団
ロンドン・ヴォイシズ

プッチーニ : オペラ 『ジャンニ・スキッキ』

ジャンニ・スキッキ : ジョゼ・ファン・ダム(バリトン)
ラウレッタ : アンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)
リヌッチオ : ロベルト・アラーニャ(テノール)
ツィータ : フェリシティ・パーマー(メッゾ・ソプラノ)
ゲラルド : パオロ・バルバチーニ(テノール)
ネッラ : パトリツィア・チョーフィ(ソプラノ)
ゲラルディーノ : ジェイムス・サヴェージ・ハンフォード(ボーイ・ソプラノ)
ベット・ディ・シーニャ : カルロ・ショーソン(バス)
シモーネ : ルイージ・ローニ(バス)
マルコ : ロベルト・スカルトリーティ(バリトン)
チェスカ : エレーナ・ツィリオ(ソプラノ)
スピネロッチオ : エンリコ・フィッソーレ(バス)

アントニオ・パッパーノ/ロンドン交響楽団

harmonia mundi/HMU 807553




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