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ノイヴィルト、ロスト・ハイウェイ。 [2007]

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さて、夏と言えば、怪談ですよね(と、前回に引き続き... )。えーっと、幽霊は見たことないけれど、不思議な体験はチラホラ... そんな体験のひとつです。実話怪談で著名な、加門七海氏の本(何だったか忘れてしまった... )を、音楽を聴きながら読んでいた時のこと、加門さんの本を読んでいると、怪異を引き寄せることがあるらしい... と書いてある下りに来て、突然、CDプレイヤーが音飛びを始める。間もなく、音飛びは激しくなって、ドンッ、バンッ、みたいな、凄い音がスピーカーから溢れ出し、冷や汗。その後、CDを入れ直せば、何の問題もなく再生。あのドンッ、バンッは、何だったのか?偶然に起きた某かの電気信号の乱れ、と言ってしまえば、それまでだが、この世には、思いの外、不思議なことが多いように思う。というあたりを知らしめてくれるのが、実話怪談の数々... で、今や、実話怪談の平均律クラヴィーア曲集とも言えるシリーズ、木原浩勝氏と中山市郎氏による『新耳袋』、その第9夜には、クラシックにまつわる怪談(今や懐かしい朝比奈先生の逸話... )が収録されておりまして、実に興味深い!で、最も興味深かったのは、紀尾井ホールができるまでの話し... できるまでだから、クラシック以前なのだけれど、紀尾井ホールが建つ地には、深く入り組んだ歴史があるのだなと、感慨。いや、「恐い」の裏にある歴史のおもしろさ... 歴史が好き、というのと、古典音楽(=クラシック)が好き、というのは、過去に起因して成り立つ怪談が好き、と親和性があるように感じるのです。信じるか信じないかは、あなた次第です。
って、言ってみたかった... は、さて置きまして、19世紀の幽霊船から一転、現代的なホラーを... オーストリアの気鋭の作曲家、オルガ・ノイヴィルト(b.1968)が、デイヴィッド・リンチの映画『ロスト・ハイウェイ』(1997)をオペラ化した作品、ヨハネス・カリツケの指揮、クラングフォルム・ウィーンの演奏で、ムジークテアター『ロスト・ハイウェイ』(KAIROS/0012542 KAI)を聴く。

2003年に、オーストリア、グラーツで初演された、ムジークテアター『ロスト・ハイウェイ』。ノイヴィルトは、この作品を、"A Video Opera"と説明している。映画のオペラ化だけに、映像を多く用いるのだろう... そういうことも含めて、ここで聴く録音は、ある意味、サントラとも言えるのかもしれない。そんな印象を強めるのが、前半の歌うシーンの少なさ... 映画の雰囲気をそのままに、淡々と語り、ドラマを紡いで行く(後半、ドラマがますます奇怪さを帯びて行くと歌い出す!)。一方で、歌うことにこだわらないからこその、まさにサントラ的に展開される音楽の鮮烈さ!現代音楽らしい万能な室内アンサンブルの演奏をベースにしながら、すでに録音された素材を巧みに用い、IRCAM仕込みのノイヴィルトらしく、エレクトロニクスもふんだんに利用して、リンチ作品の独特さを見事に表現する。映像ばかりでなく、音楽もまたリンチ・ワールドを決定付ける重要な要素だけに、ひと癖ある現代音楽というフィールドから、どうリンチ・ワールドを再構築するか、ただならず難しかったはず... が、ノイヴィルトの音楽は、勝手知ったようにリンチ・ワールドを音楽上に生み出してしまう。『ブルー・ベルベット』(1986)以来、リンチ作品のサントラを多く手掛けて来たパダラメンティの音楽とは、もちろん違うのだけれど、驚くほど世界観は失われていないように感じる。いや、ノイヴィルトの音楽性が、思いの外、リンチの芸術性に合致したのだろう。
さて、『ロスト・ハイウェイ』のストーリーって、どんなだった?今となっては、記憶はおぼろげ... そこで、おさらい。ジャズのサックス・プレイヤー、フレッドが、「ディック・ロラントは死んだ」というメッセージと、フレッドとその妻、レネエを盗撮したヴィデオ・テープを受け取って始まる、まるで悪夢のような物語。実際に悪夢に悩まされているフレッドは、友人のパーティーで、ミステリーマンなる白塗りの奇怪な男と出会い、このミステリーマンが仕掛けて来る不可解な諸々に翻弄されて行く。やがてフレッドは、記憶の無いまま、妻殺し(再び届けられたヴィデオ・テープには、フレッドが妻を惨殺している場面が!)として収監。死刑判決を受けるも、ある日、忽然と姿を消し、まったく別人の自動車修理工の青年、ピートが、フレッドの独房に出現。妻殺しに無関係のピートは、当然、釈放され、工場へと戻る。そこで、殺されたはずのレネエと瓜二つのアリスと出会い、恋に落ちる。が、アリスには、マフィアのエディという情夫がいて... ピートとアリスは、駆け落ちする。逃げおおせたらピートはお払い箱。ピートはフレッドに戻り、アリスはなぜかエディの下に戻り、アリスはやっぱりレネエで、ミステリーマンに導かれ、フレッドはエディを殺し、エディこそディック・ロラントで、フレッドに「ディック・ロラントは死んだ」というメッセージを残したのは、エディを殺したフレッドだったという、メビウスの輪のようなストーリー... てか、もう、ワケがわからん!けど、これこそがリンチ作品の真骨頂。見る者を混乱させる、謎過ぎる展開で以って、不条理な恐怖に引き摺り込む。
そんな、あまりにリンチ・ワールド全開のストーリーは、ちょっとオペラにし難いように感じるのだけれど、ノイヴィルトは、持て得るもの、全てを用いて、リンチに忠実に音楽を織り成して行く。スペクトル楽派調の音響で始まるビギン(disc.1, track.1)、そこからミニマルっぽく音楽を刻み、「ディック・ロラントは死んだ」と告げられるイントロ(disc.1, track.2)、フレッドのサックスが響くシーン1(disc.1, track.3)と続いて、スペクトル楽派、ミニマル・ミュージック、コンテンポラリー・ジャズ、いろいろな要素がつながって生まれるクールさ、ミステリアスさが、まずツボ... ヴァイルの引用(disc.1, track.5)で始まるシーン2、ミステリーマン(disc.1, track.6)は、淡々と語るフレッドを前に、シュプレヒ・ゲザングで歌い、この世ならざる雰囲気を醸す。このオペラで、歌うことは、日常からの逸脱を表現するのか?ピートの出現(disc.1, track.10)で、物語がパラレル・ワールドに取り込まれたようになると、みんな異様に歌い出し、事態の奇怪さを強調する。いや、貪欲に表現方法を模索するノイヴィルトに感服。一方で、そうして創り出されたノイヴィルトによるリンチ・ワールドは、どこかベルクのオペラに通じるようで、ノイヴィルトがオーストリアの作曲家であることを思い起こす。何物にも囚われず、まさに現代っ子な在り様を見せながら、新ウィーン楽派の仄暗さが、ノイヴィルトの中に受け継がれていて、独特のヴィンテージ感が広がる。このヴィンテージ感が、リンチの芸術性に共鳴し、味わいすら生み出して、魅了されずにいられない。
いや、ムジークテアター『ロスト・ハイウェイ』は、おもしろい!おもしろいのだけれど、これをサウンドにするのは並大抵のことではないように感じる。ソリッドなコンテンポラリー・ジャズがあれば、場末感プンプンのロック(disc.1, track.17)も流れて来て、ミニマル・ミュージックに、スペクトル楽派に、新ウィーン楽派に、ありとあらゆる音楽に対応するカリツケの指揮、クラングフォルム・ウィーンの演奏には圧倒される。そして、語りも多い、歌手陣のパフォーマンスも見事。特に印象に残るのは、エディを歌うモス!歌うというより、もはやヴォイス・パフォーマンスか... クラクラするほどの縦横無尽さに、圧倒される。一方で、ピートを歌うニグル(バリトン)のナイーヴさ、レネエ=アリスを歌うハウマン(ソプラノ)のミステリアスさが、このオペラの、オペラとしての魅力を引き立てていて、素敵。そうしたパフォーマンスが結集して、生み出される、ノイヴィルトによるリンチ・ワールドの圧倒的な存在感!不可解で、不条理で、ますますワケがわからなくなって行って、混沌に呑み込まれる恐さ... 映像が無いことで、かえって混沌は深まり、聴き手を、リンチ・ワールドで溺れさせる。いや、その音楽の表出力!"A Video Opera"とは裏腹に、音楽が映像に取って替わるようで、凄い。

OLGA NEUWIRTH Lost Highway

ノイヴィルト : ムジークテアター 『ロスト・ハイウェイ』

フレッド : ヴィンセント・クローリー(語り)
レネエ=アリス : コンスタンス・ハウマン(ソプラノ)
エディ(ディック・ロラント) : デイヴィッド・モス(ヴォーカル)
ピート : ゲオルク・ニグル(バリトン)
ミステリーマン : アンドルー・ワッツ(カウンターテナー)、他...

ヨハネス・カリツケ/クラングフォルム・ウィーン

KAIROS/0012542 KAI




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