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アノニマス4、1865、南北戦争時代の希望と故郷の歌。 [2015]

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田畑を覆う一面の泥水、天井にまで届きそうな浸水の痕跡、道路に転がる巨大な岩、幾筋も山に刻まれる茶色い山崩れの傷跡... 日本は自然災害の多い国、ということは、重々承知しているものの、次々にそれが起こると、やはり言葉を失ってしまいます。それでも、全てを呑み込んで生きて来た日本人なのですよね... 困難に直面しても、前を向くしかない、もどかしさというか、切なさというか、何とも言えない感情が湧き上がる。で、そんな感情を癒してくれる歌かなと、聴いてみる、"Hard Times Come Again No More"、これ以上、厳しい時が来ませんように... 「すべては終わりぬ」として知られる、フォスターが1854年に発表した哀歌。奴隷制下、厳しい環境を生き抜いたアフリカから連れて来られた人々の心情を歌った詩は、アメリカ南北戦争(1861-65)において、南軍、北軍、両陣営でも歌われ、戦時下、厳しい状況にあった兵士たちの心を捉えたとのこと... そして、今、被災した土地、人々の姿が、そこに重なるようで... 亡くなられた方々のご冥福を祈りつつ、被災された方々が一日も早く日常を取り戻せますよう願い、聴いてみたいと思う、これ以上、厳しい時が来ませんように...
2015年、南北戦争終結150年を記念してリリースされた、南北戦争時の希望と故郷を歌ったナンバーを集めた1枚。アメリカの古楽ヴォーカル・アンサンブル、アノニマス4の"1865"(harmonia mundi/HMU 807549)。今でこそアメリカは音楽大国だけれど、そこに至る前は、実に素朴だった。そんな、普段、あまり触れられないアメリカの姿を捉える興味深いアルバム。

アメリカの音楽史を振りかって驚かされる5つのこと、【1】、アメリカ音楽は、音楽を忌避する人々によって始まったこと... 何しろ、ピューリタン革命(1642-49)で、イギリスの音楽を壊滅させた人たち、華美な音楽を嫌うピューリタンが入植して、礎を築いたものだから、アメリカの音楽は、長い間、実に素朴だった。識字率が低かった時代、聖書の内容を伝えるのは歌であり、それを正しく伝えるための移動讃美歌教室、シンギング・スクールが各地を廻っていたほどで... つまり、文字の代わりを担ったのが歌であり、誰もが歌える素朴な讃美歌が、音楽の全てだった。一方で、誰もが歌える、という制約が、歌の力を知らず知らず磨いていたことは、特筆すべき。【2】、18世紀から19世紀に掛けて、キャンプ・ミーティングという、フェスっぽい伝道集会が人々を集め、みんなで賛美歌を歌い、ウッドストックを予感させる熱狂を各地で巻き起こしていたこと... 単に素朴であるだけでない、歌の力を磨いて、より人々の心を捉える歌に、後の音楽大国の一端が表れていたように思う。【3】、1741年、チェコ、モラヴィア地方からの移民が、素朴だった賛美歌に色を加えたこと... 同じ新教徒ではあっても、18世紀の隠れた音楽大国、チェコ(どの村の学校でも基礎的な音楽教育が充実していた!)からの移民たちは、より豊かな音楽性をもたらした。後にドヴォルザークがアメリカに渡って、「新世界より」を作曲するにあたり、アメリカの民謡を用いつつも、チェコの風合を失わなかったのは、モラヴィア地方からの移民の音楽性がアメリカに息衝いていたからかもしれない。【4】、アメリカで最初にオペラが上演されたのは、ニューヨークでもボストンでもなく、1735年、チャールストンだったこと... それは、"チャールストン"のステップが生まれるずっと以前、北部とは違って、宗教的に緩かった南部の性格もあり、当時、南部最大の都市だったチャールストンでは、オペラのみならず、聖セシリア協会というコンサート団体も活動、華々しくハイドンなどが演奏されていた。【5】、そして、アフリカから奴隷として連れて来られた人々が、やがてアメリカ音楽にヨーロッパを越える力をもたらしたこと... 奴隷制は、アメリカ史の汚点である一方で、"チャールストン"のステップもそう、ゴスペルに、ブルースに、ジャズ... 奴隷貿易によってもたらされ、奴隷制の厳しい状況の中で育まれた音楽こそ、アメリカが音楽大国へと飛躍する原動力になったことは間違いない。
さて、19世紀も半ばを過ぎての"1865"である。ヨーロッパではロマン主義が全盛を迎え、ガーシュウィン(1898-1937)が生まれるまで、後、33年。となれば、アメリカの音楽もより厚みを増しているだろう... と思いきや、いやー、まだまだ素朴です。1曲目、タッカーによる"Weeping, sad and lonely"(track.1)は、恋人を南北戦争に送り出す不安と寂しさを歌ったナンバーなのだけれど、それは、植民地時代の讃美歌を思わせるやさしい音楽で、不思議な懐かしさに溢れている。てか、遠いアメリカの歌なのに、なぜこんなにも懐かしく感じてしまう?いや、これこそ、知らず知らずに磨かれて歌の力なのだと思う。理論でも技法でもなく、聴く者の心を捉える音楽... この先にカントリー・ミュージックがあって、フォーク・ミュージックがあって、アメリカの歌うことに対するDNAが、しっかりと聴こえて来る。で、そのDNAを、象徴的に浮かび上がらせるのが、エルビスが「ラヴ・ミー・テンダー」として後にカヴァーする、ポールトンの"Aura Lea"(track.8)。このナンバーが持つメローさには、時代を越える洗練をはっきりと感じることができる。懐かしいトーンに包まれながらも、今を以ってしても瑞々しさを失わないメローさは、まさに音楽大国への道標のよう。しかし、"1865"から響いてくる音楽は、カントリー、フォークと地続きの音楽... ヨーロッパの歌曲とはまったく異なるベクトルを持ったその音楽の在り様が、まったく以って興味深い。それでいて、ヨーロッパの歌曲では絶対に味わえない親近感に、魅了されずにいられない!でもって、南北戦争の厳しさ、悲しさを歌うナンバーを集めながらも、どのナンバーもやさしく、温もりが感じられて、癒される...
という"1865"を聴かせてくれたアノニマス4。古楽ヴォーカル・アンサンブルならではのイノセンスさを遺憾なく発揮しての、19世紀のアメリカの歌は、アメリカ音楽の原風景である素朴さを、美しく、そして、やさしく響かせて、惹き込まれる。で、また、4人の女声ヴォーカル・アンサンブルというあたりが、若草物語っぽくもあって... いや、まさに若草物語の頃の歌を綴るわけだけれど、アノニマス4の歌声は、その頃の空気感を、楚々と蘇らせる。南北戦争は、奴隷解放を目的とした正義の戦争である一方で、アメリカを真っ二つにし、アメリカ人同士が戦わねばならなかった内戦、その切なさも漂い、胸に迫る。そこに、アメリカのトラッドのミュージシャン、モスルキーが加わり、アノニマス4のイノセンスさに、より表情を加え、"1865"を息衝かせる!今も歌い継がれるフォスターの名曲、"Hard times come again no more"(track.3)では、アノニマス4を率い、フィドルを奏でながら、カントリー調でもってしっとりと歌い上げ、バンジョーを掻き鳴らしながら歌う"The Southern Soldier Boy"(track.5)では、軽やかにヤサグレて、フォーク調でもってしっかりと聴かせてくれる。それにしても、何て味わい深い音楽だろう... ヨーロッパと距離を保ち、独自の道を歩んだアメリカ音楽の底力というか、理論や技法を発展させることよりも、真髄を磨いた姿が、この"1865"から雄弁に響いて来る。

1865 ANONYMOUS 4

ヘンリー・タッカー : "Weeping, Sad and Lonely"
ベンジャミン・ハンビー : "Darling Nelly Gray"
スティーヴン・フォスター : "Hard Times Come Again No More"
作曲者不詳 : "Sweet Evelina"
トラッド "Bright Sunny South"
作曲者不詳 : "The Southern Soldier Boy"/"Rebel Raid"
ウォルター・キットリッジ : "Tenting on the Old Camp Ground"
ジョージ・ポールトン : "Aura Lea"
アリス・ホーソーン : "Listen to the Mocking Bird"
トラッド "Camp Chase"
トラッド "Brother Green"
ジョン・ヒュー・マクノートン : "The Faded Coat of Blue"
作曲者不詳 : "The Maiden in the Garden"
作曲者不詳 : "The True Lover's Farewell"
ヘンリー・ビショップ : "Home, Sweet Home"/"Polly Put the Kettle On"
ヘンリー・クレイ・ワーク : "The Picture on the Wall"
ウィリアム・ヘンリー・モンク : "Abide with Me"
ロバート・ローリー : "Shall We Gather at the River?"

アノニマス4
ブルース・モルスキー(フィドル/バンジョー/ギター/ヴォーカル)

harmonia mundi/HMU 807553

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