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クロノス・クァルテット、吠える! [before 2005]

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アメリカの音楽の歴史は、17世紀、入植とともに始まる。が、アメリカの音楽が花開くには、かなりの時間を要した。華美な音楽を嫌った入植者たち、ピューリタンの性格が、その障壁に... カトリックのスペインが支配したラテン・アメリカでは、早くから豊かなバロック音楽が展開されていたこと(は、忘れられがちなのだけれど... )を思うと、極めて対照的。しかし、ヨーロッパの音楽の歴史と伝統から距離を取ったことで、他には無い、まっさらな土壌を創り出したか... そのまっさらな中で、やがて、アメリカの作曲家たちは、歴史や伝統から解き放たれて、様々な実験を繰り出すことに... 自宅で、いろいろと実験を繰り返していた日曜作曲家、アイヴズ(1874-1954)しかり、ジャズとオーケストラを融合させたラプソディー・イン・ブルー(1924)も実験だったと思うし、両大戦間、実験をエンターイメントにしたヴァレーズ(1883-1965)率いるウルトラ・モダニストたちがいて、戦後には実験音楽のシンボル、ケージ(1912-92)が登場、ヨーロッパのアカデミズムを揺るがすまでに!
ということで、アメリカのその後の実験に注目してみる。マイケル・ドアティ、ハリー・パーチ、スコット・ジョンソン、リー・ハイラと、ヴァラエティに富むアメリカの作曲家たちによる、スピーチ、落書き、ラジオ、ポエトリー・リーディング... 様々に言葉を織り込んだラディカルな作品集、クロノス・クァルテットの"HOWL, U.S.A."(NONESUCH/7559-79372-2)を聴く。

アメリカの作曲家たちの実験精神は、どこかアメリカのフロンティア・スピリットに通じるような気がする。ヨーロッパには無い、歴史や伝統から解き放たれた自由さ... 自由過ぎて、時折、付いていけないところもあるけれど、その自由が生み出すアメリカの音楽の鮮烈は、ヨーロッパの歴史と伝統を無に帰すほどの破壊力があった。例えば、ヨーロッパが時間を掛けてその響きを磨き上げて来たマシーン、ピアノの、その磨き抜かれた響きを生むピアノ線に異物を挿み込んで、整えられた響きを、そうではないものにプリペアしてしまうプリペアド・ピアノ(ケージが1940年に発明... )とか、よくよく考えてみると、それはもう凌辱ではないかと、震撼させられる。とはいえ、実験音楽も、行き着くとこまで行き着いてしまって、今となっては、どこかノスタルジックですらある。アメリカにフロンティアが無くなったように、アメリカの実験音楽も、1980年代頃になると、新たな実験領域を探し難くなってしまったか... そういう中で、抗いを見せてくれるのが、ここで聴く、1996年に録音されたクロノス・クァルテットのアルバム、"HOWL, U.S.A."。まさにヨーロッパの歴史と伝統の対極にいた鬼才、ハリー・パーチ(1901-74)に、1950年代生まれのリー・ハイラ(1952-2014)、スコット・ジョンソン(b.1953)、マイケル・ドアティ(b.1954)という、ポスト実験音楽世代の作曲家による、今一度の実験!で、その実験を、弦楽四重奏という、ヨーロッパの歴史と伝統が生み出した、極めてクラシカルなスタイルで行うのが、このアルバムの最も刺激的なところ...
で、その中身、1曲目は、ドアティの1992年の作品、「歌え、歌え、エドガー・フーヴァー」(track.1)。FBIを組織し、要人たちの秘密を握り、アメリカという国を裏から支配(?)した初代FBI長官、フーヴァー(1895-1972)をフィーチャーした音楽は、そのスピーチを始め、電話のベル、サイレン、銃声をサンプリングし、昔懐かしいアメリカの刑事ドラマを再現するかのよう... 弦楽四重奏はサントラのように情景を描き、ドアティらしいB級テイストで、警察国家(?)を打ち立てようとしたフーヴァー長官のカリカチュアを描き出すのか... 2曲目は、パーチの1941年の作品、『バーストウ』(track.2)。カリフォルニア州バーストウのハイウェイのガードレールで見つけた8人のヒッチハイカーの落書き(が、サブ・タイトル)を読み上げ、歌うのだけれど、落書き(これって、つまり出会い系掲示板的な?)なので、その程度に歌うという、何ともユルい音楽。で、オリジナルは、パーチお手製の楽器だの何だので、本当にユルく演奏されるものを、弦楽四重奏用にアレンジして奏でると、そのフォーマルさがパーチの音楽の曖昧さに確固たる形を与え、形が明確になったからこそ、余計にヘンテコさが炙り出されるというおもしろさ!クロノス・クァルテットもまた実験を挑んだか... そして、3曲目は、ジョンソンの1993年に完成された作品、『それはどのように起きるのか』から冷戦組曲(track.3-7)。左派系、カリスマ・ジャーナリスト、I.F.ストーンが、ラジオで語った冷戦についての録音を用い、その話すフレーズを音楽に変換して行くジョンソン... 弦楽四重奏の響きを活かし、洗練されたテクニックでもって、軽快な音楽を紡ぎ出す。それは、ライヒの『ザ・ケイヴ』(1993)に共通する実験性を見出すのだけれど、ジョンソンは、洒落た雰囲気で、下手に実験性を強調することしない。ドアティもそうだけれど、実験的な手法は、あくまで表現のための手段。そうしたあたりに、ポスト実験音楽世代を意識させられる。
最後、4曲目は、このアルバムのタイトルにもなっている、ハイラの1993年の作品、ナレーターと弦楽四重奏のための「吠える」(track.8-11)... ビート文学の旗手、アレン・ギンズバーグの代表作、"Howl"(1955)を、ギンズバーグ自身によるポエトリー・リーディングの録音を用い、弦楽四重奏がその伴奏するという作品。で、まず耳が持って行かれるのが、ギンズバーグによるテンションの高いポエトリー・リーディング!まさにビートを刻んで、そして、吠える!マイノリティーの鬱屈を、攻撃的にまくしたてて、雄弁。それは、ラップの原風景を見るよう... そんなギンズバーグに負けず、ライハの音楽も雄弁で、ギンズバーグのビートと吠える感覚を見事に音楽に落とし込み、表現主義的な音楽を展開。そういう音楽に下支えされると、ギンズバーグのポエトリー・リーディングは、シェーンベルクのシュプレッヒ・ゲザングを思わせて、おもしろい!何より、パワフル!猥雑であることを厭わない剥き出しの言葉は、英語を解さなくとも、その響き自体に力を孕んで、聴く者の心を揺さぶる。凄い...
そんな、"HOWL, U.S.A."を聴かせてくれたクロノス・クァルテット。彼らならではであり、彼らだからこその1枚。弦楽四重奏団という極めてクラシカルなスタイルから繰り出される実験、実験、実験。今さらながらに、彼らのチャレンジングな姿勢には圧倒される。そして、ただ実験的であるだけでなく、聴く者に対し、強いメッセージも放つ!フーヴァー長官から冷戦まで、アメリカの歴史を追いつつ、監視社会、国際政治における緊張、渦巻くマイノリティーの不満と、常にアメリカを悩ます問題をも突いて来る。で、弦楽四重奏ならではの鋭いサウンドで以って、欺瞞を切り捌くそのスタイルはクール。クールなればこそ、問題の数々がエンターテイメントとなり、より雄弁に語り出され、聴く者を揺さぶる巧みなプレゼンテーションを生み出す。それは、ギンズバーグの語り口調に似ている気がする。事実を冷徹に分析し、その先にユーモアを含ませながらビートを刻み、吠える!"HOWL, U.S.A."は、アメリカの真実を鮮やかに響かせて、刺激的。

KRONOS QUARTET ★ HOWL, U.S.A.

マイケル・ドアティ : 「歌え、歌え、エドガー・フーヴァー」
ハリー・パーチ : カリフォルニア州バーストウのハイウェイのガードレールで見つけた8人のヒッチハイカーの落書き 『バーストウ』
   〔アレンジ : ベン・ジョンストン〕 *
スコット・ジョンソン : 『それはどのように起きるのか』 から 冷戦組曲
リー・ハイラ : ナレーターと弦楽四重奏のための 「吠える」

クロノス・クァルテット
デイヴィッド・ハリントン(ヴァイオリン)
ジョン・シャーバ(ヴァイオリン)
ハンク・ダット(ヴィオラ)
ジョーン・ジャンルノー(チェロ)

ベン・ジョンストン(ヴォーカル) *

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