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ベルリオーズ、ファウストの劫罰。 [before 2005]

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19世紀の音楽をざっと見渡すと、ファウストという存在が常に視野に入って来る。前回、聴いた、グノーの『ファウスト』はもちろん、オペラばかりでなく、リストのファウスト交響曲に、シューマンのゲーテの『ファウスト』からの情景と、様々な形で描かれるファウスト... 19世紀の作曲家たちは、なぜにこうもファウストに惹かれたのだろう?けしてカッコいいキャラではない。というより、ダーク・サイドにズルズルと引き込まれながら、悪に染まり切れない優柔不断さも見せて、いつももどかしい!けれど、そのもどかしさに、19世紀のリアルを見る思いがする。少し前にフランス革命はしてみたものの、保守反動が常に世の中を覆い、新しい技術の開発により産業革命が動き出すものの、動き出せば動き出すほど社会の格差は広がって、暗澹たる空気に包まれる。ロマン主義ならではの高い理想を抱えながら、時代を右往左往する19世紀の芸術家の姿は、どこかファウストに重なる気がする。なればこそ、描かずにおれなかったか... "ファウスト"は、作曲家たちの自画像と言えるのかもしれない。
ということで、グノーに続いての、グノーから四半世紀弱を遡った1846年、パリで初演されたベルリオーズの"ファウスト"... ケント・ナガノが率いたリヨン・オペラ、トーマス・モーザー(テノール)、スーザン・グラアム(ソプラノ)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バリトン)という実力派たちによる歌で、ベルリオーズの劇的物語『ファウストの劫罰』(ERATO/0630-10692-2)を聴く。

ゲーテの劇詩『ファウスト』、第1部が発表されたのは、1808年。いち早くその詩を音楽に乗せたのはベートーヴェンだった。1809年に、歌曲、メフィストの第2歌(ノミの歌)を作曲。若きシューベルトも刺激を受け、1814年に「糸を紡ぐグレートヒェン」を、1816年には「トゥーレの王」を作曲。ファウストはまず歌曲になる。が、当然ながらオペラにも発展!1816年、グノーに先駆けること43年、シュポアのオペラ『ファウスト』が、ウェーバーの指揮によりプラハで初演。ファウストは、まずドイツ語圏の作曲家たちを捉えて行く。そして、1827年、ネルヴァルによる仏訳が出版(それ以前も仏訳されていたが、作曲家たちにインスピレーションを与えたのはネルヴァルのもの... グノーもローマ留学時代に読み、オペラ化の最初のアイディアを持った... )されると、今度は、フランスの作曲家たちもファウストに注目。そうしたひとりが、ベルリオーズ(1803-69)... シェイクスピアに心酔していた若きベルリオーズだったが、ネルヴァルによる『ファウスト』を読むと、大いに刺激を受け、幻想交響曲が作曲される前年、ローマ賞を受賞する前年にあたる1829年、後の劇的物語『ファウストの劫罰』の素になる作品、『ファウスト』からの8つの情景を作曲。自ら出版してしまうという熱の入れようで、勢い、原作者、ゲーテの下にそのスコアを送ったらしい。が、送り先の反応は今一... 後の『ファウストの劫罰』を代表するナンバー、「トゥーレの王」など、すでに完成された状態で、ひとつひとつの情景は実に充実した音楽を聴かせるものの、カンタータのような、オペラの断片のような、ベルリオーズらしい捉え所の無い在り様が、「今一」という反応に留まらせたのだろう。
それから16年を経て、再びファウストと向き合うベルリオーズ... 掟破りの交響曲、幻想交響曲(1830)、さらに斜め上を行く交響曲、劇的交響曲「ロメオとジュリエット」(1839)など、鬼才っぷりを遺憾無く発揮して来た作曲家が、ファウストをどう料理するのか?それが、オペラ・ドゥ・コンセール、演奏会形式によるオペラ... 現在のそれとは違い、コンサートで演奏することを目的としたオペラ、という謎の新ジャンル。『ファウスト』からの8つの情景を肉付けし、ストーリー・ラインを作り、オペラ的に物語をちゃんと完結させ、1846年、『ファウストの劫罰』は完成する。うん、オペラ的である。が、オペラに比べると、劇的な展開は弱い... 今、改めて聴いてみれば、良くも悪くもベルリオーズらしく、イメージ重視だなと... 壮大なミュージック・ビデオを見せられるような感覚がある。しかし、ヴィジュアル重視のミュージック・ビデオが、見る側に鮮烈な印象を与えるように、『ファウストの劫罰』も、ひとつひとつの情景が、極めてヴィヴィット!これは、オペラでは味わえない魅力だと思う。のだけれど、1846年、オペラ・コミック座にて、もちろん演奏会形式で初演された『ファウストの劫罰』は、見事、失敗。オペラの概念しかなかった当時の聴衆が聴いたなら、掴み難いものがあったはず... 極めてエモーショナルな音楽の一方で、ドラマがふわっとしがちなチグハグさ... ベルリオーズにとって、ドラマの展開は二の次か、なればこそ、その音楽は見事に羽ばたく!羽ばたいた音楽のカッコいいこと!ある意味、このカッコ良さは、現代人向きと言えるのかも...
そんな『ファウストの劫罰』の魅力を、余すことなく響かせるケント・ナガノ。このマエストロならではの、アメリカ、西海岸流の明快さが、ベルリオーズのヴィヴィットさを際立たせ、物語が持つ仄暗さを吹き飛ばしてしまうかのよう。で、いいのか?いや、仄暗さが吹き飛んで、ベルリオーズのおもしろさがくっきり浮かび上がる!何より、エキサイティング!エキサイティングなファウストは、どこかマーベル・コミックっぽい仕上がりで、飽きさせない。そもそも、ベルリオーズの音楽がマーベルっぽい... 第4部、佳境、馬を駆ってマルグリットを助けに行くところ(disc.2, track.14)から、地獄で悪魔たちが歌うところ(disc.2, track.15)なんて、もう、まさに!19世紀、ロマン主義、ゲーテ... そういう雰囲気に流されないケント・ナガノのアプローチは、隙無く畳み掛けるベルリオーズの音楽の本当のおもしろさを、えげつないほどに響かせてしまう。そこに、ヴァン・ダム(バリトン)の活き活きとしたメフィストフェレスがいて、どこか無邪気にも思えるモーザー(テノール)のファウストがいて、やっぱりマーベルっぽい?グレアム(ソプラノ)のマルグリットも含め、見事な歌いっぷりが、まるで劇画のように決まり、聴いていて気持ちがいい!で、忘れてならないのが、コーラス!準主役と言っても過言ではない活躍を見せるだけに、ここが締まらないと話しにならない... というコーラスを、リヨン・オペラ合唱団は、シャープに音符を捉えつつ、表情豊かに歌い上げる!そのクリアかつ躍動する感覚たるや... 第2部、最後(disc.1, track.14)、兵士たちと学生たちの歌が交錯(アイヴズかと思わせるベルリオーズの斬新!)するところなんて、胸空く鮮やかさ!
さて、マーベルなファウストを聴いていて、ふと思う。ベルリオーズにとってのファウストは、他の作曲家たちとは一味違うのかもしれない。他の作曲家たちは、自らをファウスト重ねるようなところがあるけれど、ベルリオーズは、ファウストという仮面を被っていたように感じる。そして、ファウストという仮面を被りながら、19世紀の禍々しさを嘲笑っていたように思えて来る。オペラ・ドゥ・コンセール... 奇天烈なものをぶつけてくるのは、それを奇天烈だと感じている方こそ奇天烈だから... 多くのアンビバレントを抱えながら、取り澄ましていられた19世紀を、引っ掻き回そうとした鬼才だったのかもしれない。そんなベルリオーズに、妙なヒーロー像を見出してしまう。それは、ベルリオーズの時代と、我々の時代が、どこか重なって見えるからかも...ハスハス、メフィスト!ハスハス、ベルリオーズ!悪魔たちと歌いたくなる、21世紀。

BERLIOZ: LA DAMNATION DE FAUST
KENT NAGANO/OPERA DE LYON

ベルリオーズ : 劇的物語 『ファウストの劫罰』 Op.24

ファウスト : トーマス・モーザー(テノール)
マルグリット : スーザン・グレアム(ソプラノ)
メフィスト : ジョゼ・ヴァン・ダム(バリトン)
ブランデル : フレデリック・カトン(バス)
ケント・ナガノ/リヨン歌劇場管弦楽団、同合唱団

ERATO/0630-10692-2




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