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リリ・ブーランジェ、ファウストとエレーヌ。 [before 2005]

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今から100年前、1918年、第1次世界大戦(1914-18)は終結した。日本で戦争というと、第2次大戦のイメージが強いからか、少しインパクトに欠けるようなところがあるのだけれど、最初の近代戦争であり、何と言っても「世界大戦」、その被害と影響は多大なものがあった。その戦争が終わる8ヶ月前、3月25日、空襲警報が鳴り響くパリで、ドビュッシーはこの世を去る。あと数年、その死を伸ばせたなら、近代音楽の席巻を目の当たりにできただろう。狂騒の1920年代、ジャズ・エイジに接したなら、ドビュッシーの音楽はどんな風に変化しただろう。没後100年のメモリアル、いろいろ考えてしまう。そして、ドビュッシーが息を引き取る10日前に、若くして世を去った女性作曲家がいた。名教師、ナディア・ブーランジェの妹、リリ・ブーランジェ...
ということで、もうひとりの没後100年のメモリアルを見つめる。ヤン・パスカル・トルトゥリエが率いた、BBCフィルハーモニックの演奏、リン・ドーソン(ソプラノ)らの歌で、リリ・ブーランジェのカンタータ『ファウストとエレーヌ』(CHANDOS/CHAN 9745)を聴く。

祖父、フレデリク(1777-?)は、チェリストで、コンセルヴァトワールの教授。祖母、マリー・ジュリー・ハリンガー(1786-1850)は、オペラ・コミック座で活躍したオペラ歌手。父、エルネスト(1815-1900)は、オペラ・コミックの作曲家で、やはりコンセルヴァトワールの教授。母、ライサ(1856-1935)は、ロシア出身で、声楽を学んでいた。姉、ナディア(1887-1979)は、20世紀の音楽の母とも言うべき名教師(コープランドも、バーンスタインも、グラスも、ピアソラも、ルグランも学んだ!)。そういう音楽一家に生まれた、リリ・ブーランジェ(1893-1918)。恵まれた環境(父は6歳の時に亡くなるものの、父の同僚だったフォーレらがブーランジェ姉妹を庇護... )と、驚くべき才能(2歳で楽譜を読み、6歳で和声を学び始める!)により、やがて、姉、ナディアを越える逸材に成長。1912年、コンセルヴァトワールに入学し、1913年、20歳の誕生日を迎える前には、女性で初めてローマ賞を獲得する。そして、その時の課題のカンタータが、ここで聴く、『ファウストとエレーヌ』(track.2)。
まず、ファウストらしいダークさが漂う序奏から魅了される。いやもうコンセルヴァトワールの女子学生の作曲なんてレベルでなくて、コンクールの課題というレベルでもなくて、あまりに本格的というか、音楽として、聴衆をしっかりと説得できる魅力を持った音楽が流れ出し、ただただ驚かされる。それにしても、19歳で、こうも巨匠然とした音楽を紡ぎ出してしまうのか... 姉、ナディアも、その才能に震撼し、リリが世を去った時には、作曲の筆を折り、妹の作品を後世に遺すことに力を注いだというのも、納得。で、ローマ賞の課題であるということは、これが与えられた題材であり、作曲にあたっては、コンピエーニュ城の合宿所に缶詰にされて、短期間で書き上げられたということであって、リリの柔軟性にも驚かされてしまう。しかし、何と魅惑的な音楽だろう!?ファウストが古代ギリシアの伝説の美女、ヘレナ(フランス語でエレーヌ... )の夢を見て、メフィストの魔力を以ってそれを蘇らせ、結婚しようという幻想的なストーリーを、見事に豊潤なサウンドで描き出す。ワーグナー以後の壮大にして夢見るようなロマンティシズムと、ドビッュシーの革新、『ペレアスとメリザンド』を意識させる切れ目なく展開する音楽は、前近代の集大成のようで、カンタータというスケールに納まり切らず、ほとんど楽劇。聴き応えがただならない...
さて、『ファウストとエレーヌ』ばかりでない、このアルバム。印象的なのが、始まりと終わりに置かれた2つの詩篇。まず、目の覚めるような始まりの詩篇、24番(track.1)... ローマ賞受賞(1913)により、1914年、ローマ留学を果たしたリリだったが、その年に第1次大戦が開戦、帰国を余儀なくされる。しかし、西部戦線(独仏国境)が膠着状態に陥ると、戦場から離れた場所には、思い掛けなく平穏が訪れ、1916年、リリは再びローマに戻る。そうして作曲された作品、詩篇、24番(track.1)は、まさにローマ!旧約聖書の詩篇を歌うコーラスの、パリとは違う明るさ、色彩感には、レスピーギを思わせる感覚があって、鮮烈。戦争を忘れさせるような、解放感もあって、ローマに戻ったリリの気分が活き活きと蘇るよう。一方、最後に取り上げられる詩篇、130番、「深き淵より」(track.5)は、全体に沈鬱で... パリに帰って来て、1917年に完成されたその音楽には、第1次大戦の惨禍が反映されているとのことだけれど、ここにもローマを見出せる気がする。が、それは古代より歌い継がれて来た古ローマ聖歌を思わせて、古の地中海文化圏の記憶を呼び覚ますよう。それこそ詩篇であって、独特。
そんな、リリの音楽を聴かせてくれるのが、ナディアの教え子でもあるマエストロ、トルトゥリエ... ナディア仕込みか、確信を以ってリリの音楽を捉え、聴いていて、とても気持ちが良い。特に、冒頭の詩篇、24番の鮮やかさたるや!リリが綴った音符の全てを、すっきりと響かせて、より鮮明に色彩を展開。そんなマエストロに応えるバーミンガム市響合唱団のスキっと決まったコーラスも、作品の魅力をより引き出している。『ファウストとエレーヌ』(track.2)では、エレーヌを歌うドーソン(ソプラノ)、ファウストを歌うボナヴェントゥーラ(テノール)、メフィストを歌うハワード(バス)の3人が、瑞々しく、ロマンティックにドラマを綾なして、魅了されずにいられない。忘れてならないのが、BBCフィルハーモニック!若き作曲家、リリの、その若さゆえの、若干のトゥーマッチを、絶妙にライトに響かせて、見事にバランスを取ってみせる巧さ... 押し付けがましくなることなく、リリの凄さをさらりと聴かせる。なればこそ、その魅力がしなやかに花開くよう。

LILI BOULANGER: FAUST ET HÉLÈNE ・ BBC Phil. / Tortelier

リリ・ブーランジェ : 詩篇 第24番 **
リリ・ブーランジェ : カンタータ 『ファウストとエレーヌ』 ***
リリ・ブーランジェ : 悲しき夕暮れ
リリ・ブーランジェ : 春の朝に
リリ・ブーランジェ : 詩篇 第130番 「深き淵より」 ***

リン・ドーソン(ソプラノ) *
アン・マレイ(メッゾ・ソプラノ) *
ボットーネ・ボナヴェントゥーラ(テノール) *
ニール・マッケンジー(テノール) *
ジェイソン・ハワード(バリトン) *
バーミンガム市交響楽団合唱団 *
ヤン・パスカル・トルトゥリエ/BBCフィルハーモニック

CHANDOS/CHAN 9745



消化器系に疾患を抱え、元来、病弱だったリリ。ローマへの留学は、転地療法的な意味合いもあったよう... だが、ローマ留学を終えて、パリに帰って来たリリの体調は、次第に悪化して行く。そうした中、戦況も悪化。パリはドイツ軍の空襲に曝される事態となり、リリは、母、ライサとともに、パリから程近いメジー・シュル・セーヌに疎開。日に日に衰弱するも、創作への意欲は衰えず、ナディアの力を借り、口述で作曲を続けるのだったが、1918年、3月15日、息を引き取る。未だ24歳だった...



参考資料。




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