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ドビュッシーの未完のオペラ、ロドリーグとシメーヌ。 [before 2005]

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さて、6月です。なんとなーく、梅雨っぽくなって来ました。そこで、しっとりとした音楽を... って、ちょっと安易な気もするのだけれど、音は空気を伝わって耳に届くもの。ならば、その時々の大気に合った音楽というのも、あるんじゃないかなと... 季節が巡るごとに、聴く音楽も変えて行く。旬なものを食す感覚が、音楽にも見出される気がするのです。そして、しっとりとした音楽、ドビュッシー。2018年は、ドビュッシー(1862-1918)の没後100年のメモリアル。そういう点でもまた、旬かなと... とは言うものの、ドビュッシーのメモリアル、盛り上がってる?今から6年前、2012年が生誕150年だったばかりに、若干、有難味が薄れてしまったような... いや、これくらいが、天の邪鬼、ドビュッシーには、ちょうど良いのかもしれない。そんな、湿気気味のメモリアル(なんて言ったら、叱られそうだけれど... )にぴったりな、マニアックなオペラを聴いてみようかなと思う。
ということで、ケント・ナガノが率いたリヨン歌劇場、ドナ・ブラウン(ソプラノ)、ロレンス・デイル(テノール)らの歌で、デニソフによって補筆、オーケストレーションされた、ドビュッシーの未完のオペラ『ロドリーグとシメーヌ』(ERATO/4509-98508-2)を聴く。

ドビュッシーが初めてオペラに取り組むのは、1890年、28歳の時。それは、ローマ賞を獲得(1884)し、ローマ留学(1885-87)から帰国して3年が経った頃... 留学中の課題として提出した作品は、「印象主義」とレッテルを貼られ、保守的なアカデミーに受けが悪く、なかなか芽は出なかった。そうした中、いち早くドビュッシーの才能に気付いたのが、詩人で、フランス切ってのワグネリアン、マンデス(1841-1909)。ワーグナーの影響下に作曲されたシャブリエ(1841-94)のオペラ『グヴェンドリーヌ』(1886年、ブリュッセルで初演... )に台本を提供していたマンデスは、コルネイユの戯曲『ル・シッド』を素にした新たな台本を、若きドビュッシーに託す。ちなみに、その5年前、1885年、パリ、オペラ座で大成功していたのが、ガレの台本によるマスネ(1842-1912)のオペラ『ル・シッド』。ということを考えると、マンデスは随分と大胆というか、無謀というか、いや、浅慮だったのだろう... ワーグナー風を望んだマンデスが書いた、ワーグナーっぽくないグランド・オペラ的(マスネの『ル・シッド』の成功の呪縛?)なロマンティックに彩られた台本を、アンチ・ワーグナーに転向していたドビュッシーに託してしまうというミスマッチ!ドビュッシーは、ワーグナー風?グランド・オペラ?巧く方向性を得られないまま作曲を進め、1893年の夏頃までにヴォーカル・スコアを完成させていたらしい。が、ドビュッシーは、運命の作品に出会ってしまう。それが、メーテルランクの戯曲『ペレアスとメリザンド』。メーテルランクからオペラ化の許諾を得ると、『ロドリーグとシメーヌ』の作曲を放棄、自らの芸術性を活かせる新たな題材、『ペレアスとメリザンド』に集中する。
という『ロドリーグとシメーヌ』が、時を経て完成するに至ったものを聴くのだけれど... まず、その第一印象は、ドビュッシー!始まりの前奏曲の物憂げな表情は、まさにドビュッシーのそれで、のっけから惹き込まれてしまう(オーケストラ・ピースとして取り上げられるべき!)。やがて歌手たちが歌い出すと、そこにはすでに『ペレアス... 』の形が現れていて、おおっ?!となる。ナンバー・オペラを脱し、ドラマに即して有機的に展開される歌は、ドビュッシーのオペラの方向性をしっかりと示す。そうした流麗な朗唱による対話を包むオーケストレーションの瑞々しさたるや!ドビュッシーならではのしっとりとした感触がドラマを包み、音楽を得も言えず薫らせる。かえって『ペレアス... 』の方が、ワーグナー臭が漂うのかも... それほどにドビュッシーを感じさせる音楽。魅了されずにいられない。のだけれど、このまさに"ドビュッシー!"な感覚は、ドビュッシーによるものではないのだよね... イギリスの音楽学者、リチャード・ランハム・スミスにより、遺されていたスコアが整理され、補筆され、ソヴィエト出身の作曲家、デニソフ(1929-96)が、欠けていたシーンを書き加え、オーケストレーションを施して完成された、ここで聴く『ロドリーグとシメーヌ』。これは、フェイク・ドビュッシー... ドビッュシーという作曲家の全体像を知った後の人たちが構築したドビッュシー像。だからこそ、本人を越えて、ドビュッシーらしいというおもしろさ... 一方で、ドビュッシーの次の世代を思わせる、より色彩的な印象主義も見受けられ... 例えば、ポーランドの鬼才、シマノフスキ(1882-1937)のような煌びやかさが覗き、このあたりに、オーケストレーションを施したデニソフの東方性を感じてみたり... それがまたスパイスとなって、『ロドリーグ... 』の音楽をより魅惑的なものにしているよう。
しかし、作曲家が放棄した作品を完成させることに意味があるのだろうか?いろいろとミスマッチだった『ロドリーグ... 』の存在を考えてしまうと、疑問が頭をもたげてしまう。が、このプロジェクトを推し進めたケント・ナガノの狙いを探ると、このマエストロらしい、興味深い視点が浮かび上がって来る。そもそも、このプロジェクトは、ケント・ナガノが音楽監督を務めていたリヨン歌劇場、リヨンのオペラ座のリニューアル・オープンのために準備されたもの。で、そのリニューアルなのだけれど... 19世紀に建てられたクラシカルなオペラ座を、現代の建築家、ジャン・ヌーヴェルがリノヴェーションするというもの。その新しくなったオペラ座、オペラ・ヌーヴェル(新オペラ座)で初演された『ロドリーグ... 』。新作でもなく、名作でもなく、未完の作品を掘り起こして、新たに完成させ、柿落としをするという酔狂。思わず膝を打ちたくなる!で、ちょっと出来過ぎなのが、そのリニューアル・オープン、ドビュッシーが作曲を放棄して100年目にあたる1993年だったこと... ケント・ナガノ、何て人!
そして、肝心の演奏なのだけれど、いやー、見事です。このマエストロならではの、ニュートラルなサウンドが、ドビュッシーの魅力、デニソフによって完成された『ロドリーグ... 』の魅力を、鮮やかに響かせていて、聴き入るばかり... チャレンジングな試みであるはずなのに、飄々と音楽にしてしまうあたり、本当にケント・ナガノらしいなと... そういうマエストロに、またさらりと応えてしまうリヨン歌劇場のオーケストラが絶妙!フランスのオーケストラならでの明るく見通しの良いサウンドに、フランスではあってもドイツ寄りのリヨンならではの瑞々しい表情が効いていて、デニソフの手になるフェイク・ドビュッシーを引き立てる!そこに、麗しい歌声を聴かせてくれる歌手陣が、ナチュラルにドラマを紡ぎ出して、すばらしく... 要所要所で多彩な活躍を見せるリヨン歌劇場合唱団の存在も印象的... その全てが相俟って、堂々たる音楽が繰り出され、揺ぎ無いことが凄い。かつて放棄された作品とは思えない思えない存在の確かさが、何だかおもしろい。

DEBUSSY: RODRIGUE ET CHIMÈNE
ORCHESTRE ET CHŒUR DE L'OPERA DE LYON/NAGANO

ドビュッシー : オペラ 『ロドリーグとシメーヌ』 〔デニソフによる補筆、オーケストレーション〕

シメーヌ : ドナ・ブラウン(ソプラノ)
ロドリーグ : ロレンス・デイル(テノール)
イニェス : エレーヌ・ジョスー(メッゾ・ソプラノ)
エルナン : ジル・ラゴン(テノール)
ベルムード : ジャン・ポール・フシェール(テノール)
ドン・ディエーグ : ジョゼ・ヴァン・ダム(バリトン)
ドン・ゴメス : ジュール・バスタン(バス)
王 : ヴァンサン・ル・テクシエ(バリトン)
ドン・ジュアン・ダルコ : ジャン・ルイ・ムニエ(テノール)
ドン・ペドル・ド・テリュエル : ジャン・デレスクルーズ(テノール)
リヨン歌劇場合唱団

ケント・ナガノ/リヨン歌劇場管弦楽団

ERATO/4509-98508-2




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