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シューマン、楽園とペリ。 [before 2005]

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シューマンの人生を辿ると、「歌の年」、「交響曲の年」、「室内楽の年」、「オラトリオの年」といったトピックが目を引く... 『女の愛と生涯』など、シューマンの代表的な歌曲が多く生み出された「歌の年」、1840年。1番の交響曲と、4番の交響曲の原典版も書き上げた「交響曲の年」、1841年。3つの弦楽四重奏曲と、ピアノ四重奏曲、ピアノ五重奏曲を作曲する「室内楽の年」、1842年。そして、オラトリオ『楽園とペリ』を完成させた「オラトリオの年」、1843年。それぞれの年の、それぞれのジャンルでの充実に目を見張る一方で、1840年、1841年、1842年、1843年と、シューマンの創作意欲の旺盛さに驚かされる。ライン川に身を投げてみたり、精神病院に収容されたりと、シューマンのイメージはダークなものがあって、そうしたイメージの反映もあってか、シューマンの音楽には仄暗さを感じるのだけれど、今、改めてシューマンの人生を紐解くと、輝かしい瞬間も... 特に、クララとの結婚が成った1840年からの4年間は、その幸せがそのまま作曲に結び付いているかのよう...
ということで、その4年目、1843年、「オラトリオの年」に注目してみる。ジョン・エリオット・ガーディナー率いる、オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティーク、モンテヴェルディ合唱団に、バーバラ・ボニー(ソプラノ)、クリストフ・プレガルディエン(テノール)ら、実力派の歌手たちを揃えての、シューマンのオラトリオ『楽園とペリ』(ARCHIV/457 660-2)を聴く。

1840年、とうとうクララとの結婚を裁判で勝ち取り、翌年には、長女、マーリエが誕生。作曲の面では、1番の交響曲がメンデルスゾーン率いるゲヴァントハウス管によって初演(1841)され、勢いに乗っていたシューマンが、オペラに挑もうと準備を始めたのが、ここで聴く、『楽園とペリ』(disc.1, track.3-11/disc.2)だった。アイルランドの詩人、トマス・ムーア(1779-1852)の叙事詩『ララ・ルーク』(1817)の中で語られる、古代ペルシアの神話に登場する妖精、ペリの物語を、友人らの手を借り、自ら筆を取り、1842年に台本を完成させる。そうして迎える1843年、「オラトリオの年」... 年明けて早々にシューマンの作品のコンサートがゲヴァントハウスで開かれ、2月にはベルリオーズがライプツィヒを訪れ、その大胆な音楽に大いに刺激を受け... 4月にはメンデルスゾーンがライプツィヒ音楽院を開校、その教授に就任すると間もなく、次女、エリーゼが誕生... そうした中、作曲された『楽園とペリ』。新しい刺激、新しい環境、新たに訪れた幸せが、シューマンの創作に作用したのだろう、オペラだったはずの『楽園とペリ』は、いつの間にかオラトリオに... 本来、聖書を題材とすべきオラトリオが、異教の物語を取り上げるという大胆不敵。それまであり得なかったことだけれど、そこはかとなしにオラトリオ的な、メッセージ性のある音楽を紡ぎ出す妙... 聖書のように鯱張ることなく、妖精が活躍するかわいらしさを伴いながら、良き行いを示す。シューマンは、『楽園とペリ』を、「礼拝堂のためではないコンサート・ホールのための新しいジャンル」とし、「祈りのためでなく、朗らかな人々のために」と、自ら説明している。それだけを目にすると、ちょっと苦し紛れのような、わかり難いところもあるのだけれど、実際に『楽園とペリ』を聴いてみると、凄く腑に落ちるものがある。
楽園を追放された天使、ペリが、楽園に戻るために、楽園への捧げ物をあちこちで探すという3部から成るオラトリオ『楽園とペリ』。その捧げ物が、何ともロマンティック!圧政に立ち向かい倒れた青年の血の一滴(第1部)。疫病の恐怖を乗り越え、病の恋人の下に駆けつける、愛を貫いた娘の最期の一息(第2部)。純真無垢なこどもを前に、心を改める罪人の改悛の涙、一粒(第3部)。その涙で、ペリはとうとう楽園へ戻ることを許される。一滴、一息、一粒、という、イノセンス... 奇跡という名のスペクタキュラーで派手に彩るオラトリオより、よっぽどオラトリオっぽい?何より、やさしさに溢れた音楽!オペラのドラマティックとは一味違う、聴き手に語り掛けるような歌いが丁寧に紡がれ... シューマンの歌曲で培われたソングライティングの才がしっかりと活きて来る。興味深いのは、そういう歌曲的なアプローチでもって、荘重なオーケストレーションを施された情景を歌い上げると、ワーグナーを思わせる広がりが現れて... 第2部のフィナーレ(disc.2, track.8)、死を迎えようという若い恋人たちに子守唄を歌うペリとコーラスによる懐深い音楽は、後のワーグナーの雄大さにつながるようで、印象的(ちなみに、1843年のワーグナーは、前年、ドレスデンで『リエンツィ』を大成功させ、ドレスデンの宮廷歌劇場の指揮者に就任している... )。そのあたりが、シューマンの言う「新しいジャンル」としてのオラトリオたり得ているのかなと...
一方で、インドが舞台となる第1部、圧政に苦しむ人々の苦悩を歌うコーラス(disc.1, track.8)には、パーカッションでエキゾティックにも彩られ、第1部のフィナーレの合唱(disc.1, track.11)では、力強くフーガを繰り出し、伝統的なオラトリオを思わせて壮麗。また、最後、楽園へと迎え入れられるペリの喜び様は、プリマドンナ・オペラのアリア・フィナーレのような華やかさがあって、パァっと花咲くよう。ふわっとナチュラルに音楽を運びながら、要所要所でおもしろ味もしっかり盛り付ける器用さも見せて... 1843年、年末に行われた初演は大成功!いや、わかる。オラトリオと言っても身構えずに聴けて、というより実に聴き易く、聴き所もありつつ、感動的でもあって、上質な児童文学に触れるような、そんな感覚を覚える。で、ふと思う... シューマンは、幼い娘たちのためにこの作品を書いたのではないか?妖精が活躍するメルヒェンも、そんな印象を誘う。いや、『楽園とペリ』の音楽には、より親密な愛が溢れているように感じる。幼い娘たちへの、父からの無償の愛... そこには、媚びや諂いの類は存在せず、真っ直ぐに音楽を響かせる。からこそ、より多くの聴き手に感動をもたらすのかも。
そんな風に思わせてくれる、ガーディナー+オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティーク(以後、ORR... )の素直な演奏。丁寧にスコアを捉えつつ、ドラマをしっかりと動かして、ペリの成長をしっかりと描き出す。なればこそ、美しく、やさしく、聴き手を包み込むような音楽を織り成して来る。そうして際立つ、シューマンのロマンティシズムの瑞々しさ!機能性の高いORRなればこそ生み出し得る、清廉なロマンティック... そこに、澄んだ歌声を乗せる歌手陣がまたすばらしく... 特に、ペリを歌うボニー(ソプラノ)の可憐さは、まさに妖精そのもの、魅了されずにいられない。そして、ドラマティックにも、やさしげにも、壮麗にも歌い上げるモンテヴェルディ合唱団の表情の豊かさ!オラトリオは、やっぱりコーラスの存在が大きいだけに、彼らの鮮やかなパフォーマンスが、この作品をより引き立てる。そうして、癒される... しょうもないことばかりが続く、今日この頃を振り返った時、『楽園とペリ』に籠められた愛と尊さに、本当に癒されてしまう。

SCHUMANN: DAS PARADIES & DIE PERI U.A.
JOHN ELIOT GARDINER


シューマン : ミニョンのためのレクィエム Op.98b
シューマン : 夜の歌 Op.108
シューマン : オラトリオ 『楽園とペリ』 Op.50

ペリ : バーバラ・ボニー(ソプラノ)
若い娘 : アレクサンドラ・コク(ソプラノ)
天使 : ベルナルダ・フィンク(メッゾ・ソプラノ)
クリストフ・プレガルディエン(テノール)
若者 : ニール・アーチャー(テノール)
男 : ジェラルド・フィンリー(バリトン)
ガズナ : コーネリウス・ハウプトマン(バス)
モンテヴェルディ合唱団
ジョン・エリオット・ガーディナー/オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティーク


ARCHIV/457 660-2




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