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クープランを、ピアノで、弾く。 [before 2005]

ピアノが発明されるのが、1700年前後。初めてピアノのために作品が書かれるのが、1732年。多くの鍵盤楽器のための作品を書いたバッハ(1685-1750)は、1730年代にピアノを弾く経験をしているが、ピアノのための作品は残さなかった。が、そのバッハの末息子、ヨハン・クリスティアン(1735-82)は、1762年にロンドンに渡り、量産されるスクエア・ピアノを目の当たりにし、やがてピアノのためのコンチェルトを書いている。そのロンドンのバッハ、ヨハン・クリスティアンを訪ね、影響を受けたのが、最初期のピアノのヴィルトゥオーゾ、モーツァルト(1756-91)。という風に振り返ると、ピアノという楽器が音楽シーンの中心で輝くには、おおよそ3世代が必要だったことが浮かび上がる。そして、その3世代の間に、クラヴサン―チェンバロは、じわりじわりと衰退して行ったわけで、バロックから古典主義へとうつろう中での、鍵盤楽器の栄枯盛衰は、感慨深いものがある。
そんな栄枯盛衰を乗り越えて?クラヴサン黄金期の作品を、ピアノで聴いてみたら... ということで、カナダのピアノのマエストラ、アンジェラ・ヒューイットが弾く、クープランのクラヴサン曲集、2タイトル。第2巻と第3巻からの組曲による1枚目(hyperion/CDA 67440)と、第4巻からの組曲を取り上げる2枚目(hyperion/CDA 67480)の2つのアルバムを聴く。


イージーに、クラヴサン曲集、第2巻、第3巻を、ピアノで...

CDA67440
1692年、シャペルのオルガニストとして、ヴェルサイユの宮廷に仕え始めたクープランだったが、間もなくクラヴサン奏者としても頭角を現し始める。それはちょうど、クリストフォリ(1655-1731)がフィレンツェでピアノを開発しようとしていた頃で... ピアノは、新たな世紀を迎えようとする頃、ひとつの形になる。一方、クープランは、新たなクラヴサン奏者のマエストロとして存在感を示し、先人たちの功績を集大成して洗練させ、フランス・クラヴサン楽派は黄金期を迎えた。つまり、ピアノの黎明期が、クラヴサンの黄金期。この重なりが、なかなか興味深いなと... そして、その重なりを、ありのままに響かせるのが、ヒューイットのクープランなのかもしれない。旧来の楽器、クラヴサンのために書かれた作品を、新しい楽器、ピアノで響かせることで炙り出される、新旧の楽器の差異。ここで聴く、クープランは、クラヴサン曲集、第2巻(1717)から、第6組曲(track.1-8)と、第8組曲(track.16-25)、第3巻(1722)から、第18組曲(track.9-15)が取り上げられるのだけれど、それは、まさしくクープランらしいクープラン。情緒的で、色彩に富み、装飾的で、流麗... なのだけれど、ピアノで、クープランらしさを捉えると、思いの外、イージーに響いてしまって、ここまで、たっぷりとクラヴサンを聴いて来たものだから、そのイージーさに、拍子抜けしてしまった。いや、裏を返せば、ピアノという楽器の、事も無げに一音一音をクリアに捉える事ができる、マシーンとしての万能性を思い知らされる。そういうピアノに対して、クラヴサンは何とプリミティヴだったことか!そして、そのプリミティヴさを最大限に活かし切っていたのが、クープランの音楽だったのだなと... クラヴサン独特の残響を利用して、メロディーに音響を織り込んで厚みを創り出すクープランのマジック。しかし、ピアノというマシーンでは、そのマジックは雲散してしまう。雲散してしまって、どう向き合う?ヒューイット...
それは、ピアノの万能性を最大限に活かし切る演奏。クラヴサンという楽器を意識することなく、ありのままのピアノで、軽やかに響かせて、まさにイージー... このイージーさが、クープランのステレオ・タイプを洗い落し、ロココという時代も、クープランであることも、さらにはクラシックであることすら忘れさせるほどに、ニュートラルな音楽を奏でて、驚かされる。いや、第一印象は拍子抜けなのだけれど、シンプルな音楽をそのままシンプルに響かせて、そこに新たな存在感を与えてしまうヒューイットのマジック!まるで、イージー・リスニングのような感触を紡ぎ出して、不思議。それでいて、まさにイージー・リスニング風とでも言おうか、どこかで聴いた感覚があちこちからこぼれ出し、おおっ?!となる。例えば、第6組曲の「神秘のバリケード」(track.5)の、滔々と流れて行く感覚、クープランの音符に、ヒューイットらしい絶妙なニュアンスが加えられると、シューベルトのような瑞々しさが生まれて、惹き込まれる。続く、「羊小屋」(track.6)の牧歌的な朗らかさ、それからメランコリックな表情にはモーツァルトが顔を覗かせて、おもしろい!いや、クープランの音楽に籠められていた未来を引っ張り出してしまった?ヒューイットのニュートラルな姿勢と、彼女ならではの芳しいタッチが、思い掛けないクープランの先進性を解き放つようで、おもしろい。解き放たれて、クープランは、魅惑的。

COUPERIN KEYBOARD MUSIC - 1 ANGELA HEWITT piano

クープラン : クラヴサン曲集 第2巻 第6組曲
クープラン : クラヴサン曲集 第3巻 第18組曲
クープラン : クラヴサン曲集 第2巻 第8組曲

アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)

hyperion/CDA 67440




対位法を効かせて、クラヴサン曲集、第4巻を、ピアノで...

CDA67480
全4巻に渡る、クープランのクラヴサン曲集。その最後、第4巻が出版されるのは、クープランが第一線を退く1730年。なればこその、集大成的な威容を漂わせる第4巻なのだけれど、それまでのクラヴサン曲集とは一味違い、クープランらしさから一歩踏み出した音楽が繰り出される。宮廷の趣味に端を発する、極めてフランス的な、つまりロココなクラヴサンのための作品を生み出す一方で、イタリアのトリオ・ソナタに傾倒したクープラン。数々のコンセール=合奏では、トリオと通奏低音によって織り成される対位法を、如何にフランスの感性に落とし込むかに熱を上げて来たわけだけれど、それがとうとうクラヴサンのための作品にも及ぶ。いや、イージー・リスニングだった第2巻、第3巻からは一転、構築的な音楽が響き出す第4巻!第21組曲(track.6-10)、第25組曲(track.1-5)、第26組曲(track.13-17)、第27組曲(track.18-21)、そして、第24組曲から、「運命の矢」(track.11)、「移り気な人」(track.12)の2曲が取り上げられるのだけれど、第4巻ならではの手堅さが、見事にピアノの響きにはまる!ピアノのマシーンとしての万能性から生まれるニュートラルなサウンドが、クープランの対位法を明快にすくい上げ、充実した音楽を聴き手に味合わせ... この感覚、クラヴサンのプリミティヴな響きでは望めないものかもしれない。で、そういう音楽をクラヴサンのために書いた晩年のクープランのある種の達観には、バッハと重なるものを感じてしまう。クラヴサンのために書きながらも、クラヴサンを越える未来の音楽へと至ってしまうような... バッハのチェンバロのための作品が、ピアノで映えるように、クープランのクラヴサン曲集、第4巻もまた、ピアノなればこそ、際立って来る気がする。しかし、クープランの対位法も確かなもの。それでいてバッハほど気難しくなく、聴き応えと、聴き易さが、絶妙なバランスで結ばれていて、センスを感じさせる。
で、そのセンスをよりセンス良く引き出すヒューイットのタッチが、また得も言えず... 1枚目、第2巻、第3巻の組曲での、ふわっとしたイージーさとはまた一味違った、一音一音をより明確に捉え、対位法に彩られた第4巻の、少し武骨な性格を素直に響かせて、程好い刺激をもたらしてくれる。もちろん、ヒューイットらしいニュアンスもしっかりと活きていて、バッハとは違う、クープランらしさから構築される、しなやかさを含んだ対位法の魅力を丁寧に織り成して... 特に印象的なのが、バッハのイタリア協奏曲に似ている、第25組曲の「神秘的な女」(track.2)。似ているといより、バッハと同じイタリアの誰かのテーマをクープランも用いたのだろう。いや、同根なればこそ、両者の性格の違いがくっきりと浮かび上がり、クープランらしさがどういうものかが露わになるのだけれど、そのあたりを流麗に響かせて、クラヴサン的なイメージをピアノに生み出すような、おもしろさも... 小気味良く対位法を繰り出しながら、ジューシーなサウンドを生み出すヒューイット。ピアノという楽器の表現の幅を見事に活かして、より豊かな音楽を紡ぎ出す。そんなピアノに触れて味わう、何とも言えない充実感。ここまで、クラヴサンを聴き込んで来ての、久々のピアノだったからか、余計に感じてしまう。そして、ピアノという楽器の万能性に、改めて思い知らされる。いや、クープランは、ピアノの魅力を引き立てる!

COUPERIN KEYBOARD MUSIC - 2 ANGELA HEWITT piano

クープラン : クラヴサン曲集 第4巻 第25組曲
クープラン : クラヴサン曲集 第4巻 第21組曲
クープラン : 運命の矢 〔クラヴサン曲集 第4巻 第24組曲 から〕
クープラン : 移り気な人 〔クラヴサン曲集 第4巻 第24組曲 から〕
クープラン : クラヴサン曲集 第4巻 第26組曲
クープラン : クラヴサン曲集 第4巻 第27組曲

アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)

hyperion/CDA 67480




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