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50歳、満を持してのオペラ・デビューは前衛!ラモー、恐るべし... [before 2005]

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ラモー(1683-1764)が生まれたのは、リュリ(1632-87)がトラジェディ・リリクの巨匠として、絶頂期にあった頃。そのリュリが世を去る、1687年、ラモーは未だ3歳だった... という風に捉えると、普段、「バロック」として一括りにしてしまうリュリとラモーの間に、思いの外、時間的距離があることに気付かされる。で、2人の距離をさらに押し広げているのが、大器晩成だったラモーのキャリア... ブルゴーニュ地方の中心都市、ディジョンで生まれ、その周辺で活躍していたラモーが、本格的にパリで活動を始めるのが1722年、39歳の時。で、オペラ・デビューを果たすのは、それから11年後の1733年、50歳の時。それは、リュリ、最後のトラジェディ・リリク、『アルミード』が初演されてから、半世紀が経とうという頃で... リュリにより確立されたフランス独自のオペラ、トラジェディ・リリクも、リュリの哲学を受け継ぎつつ、より柔軟に展開されるようになっていて、ラモーの満を持してのオペラ・デビューは、そうしたポスト・リュリの時代の集大成として、驚くべき音楽を生み出すに至る。
ということで、ウィリアム・クリスティ率いるレザール・フロリサンの演奏とコーラス、マーク・パドモア(テノール)、アンナ・マリア・パンザレッラ(ソプラノ)、ロレイン・ハント(メッゾ・ソプラノ)らによる、ラモーのオペラ『イポリートとアリシ』(ERATO/0630-15517-2)を聴く。

フランス東部、ブルゴーニュ地方の中心都市、ディジョンで生まれたラモーの前半生は、ローカルな音楽シーンでの活躍(父から受け継いだディジョンの大聖堂のオルガニストを務め、さらにリヨン市のオルガニスト、クレルモンの司教座教会のオルガニストなどを歴任... )に留まっている。が、一度、20代の初め、パリに出て、イエズス会の学校のオルガニストを務めながら、クラヴサン曲集、第1巻(1706)を出版。音楽の都で挑戦を果たしているのだけれど、リュリやクープランのように、宮廷や音楽シーンの中心でスポットを浴びるようなことはなかった。そんなラモーが、39歳の時、1722年、音楽理論書、『和声論』を出版するため、再びパリへ!これが評判を呼ぶと、音楽理論家として、音楽の都に居場所を確保。さらに、クラヴサン曲集、第2巻(1724)、第3巻(1726/27)を出版すると、クープラン(1668-1733)の後継者的なポジションを得て、1730年代には、パリの文化の中心的な役割を担っていた、徴税請負人、ラ・ププリニエール(1693-1762)のサロンに、音楽監督のような形で加わり、パリの音楽シーンの最も華やかな方へと突き進む。そうした先に生まれたのが、ここで聴く、トラジェディ・リリク、『イポリートとアリシ』。1733年、ラモー、50歳にして、オペラ・デビューを果たした記念すべき作品。
リュリ、最後のトラジェディ・リリク、『アルミード』(1686)から47年、ポスト・リュリの時代も半世紀が過ぎようという頃の作品だけに、ラモーの『イポリートとアリシ』から響き出す音楽は、それまでのフランス・オペラの蓄積がしっかりと反映されていて、濃密!で、とても処女作とは思えない充実っぷりに、驚かされる。という『イポリートとアリシ』の物語は、リュリの時代を彩った、フランスの三大劇作家のひとり、ラシーヌの傑作、『フェードル』(1677)をベースにしたもので... 古代ギリシア、アテネの王、テセウス=テゼの新たな王妃として迎えられたパイドラ=フェードルが、継子にあたる王子、ヒュッポリトス=イポリートに恋してしまったことで起こる悲劇... まさにトラジェディ・リリクなストーリーなのだけれど、そんなストーリーを、しっかりとリュリのスタイルを踏襲しながら、より踏み込んでドラマを穿つラモー。主要キャストの歌は、エールよりも、断然、レシタティフが重視され、迫真の科白でドラマを推進。それは、グルックが四半世紀後に挑むオペラ改革の理想形そのものといった観があり、ちょっとただならない。で、初演の稽古では、歌うのが難しいと、歌手たちは、ラモーと衝突。降板する者もいたとか... いや、わかる。リュリの延長線上にありながら、その思想を大胆に強調し、先鋭的な音楽を繰り出すラモー。パリ、オペラ座での初演も賛否を呼び、大論争が巻き起こったのだとか... しかし、『イポリートとアリシ』は、大ヒットとなる。
という『イポリートとアリシ』を聴いて、とても興味深く思うのが、フランスばかりでなく、よりインターナショナルなセンスが見出されること... 例えば、1幕、5場の嵐の音楽(disc.1, track.18)は、まるでヴィヴァルディ!イタリア・バロックの激しさが、ドラマをよりスケールの大きなものとするようで、それがまた、グルックの疾風怒濤を予感させて、おもしろい!一方で、この作品の初演当時、ヨーロッパを席巻し始めていたナポリ楽派の流麗さも全体から感じられ、常に響きが色彩に富んでいるのも印象的。それがまた、モーツァルトのシンフォニックなオペラを予感させるようでもあって... 『イポリートとアリシ』を、音楽史の大きな視点から捉え直すと、それは、1730年代当時、未来のオペラだったか... いや、まさに前衛!フランスにこだわらず、ヨーロッパ全体を見据えて、貪欲に最新の音楽を引き込みながら、自らの前衛を構築する。いや、ラモーの満を持してのオペラ・デビューは、やりたいことを全て盛り込んでの、極めて挑戦的な、ただならない力作。その後、ラモーは、多くのオペラを生み出すわけだけれど、『イポリートとアリシ』の熱量に適う作品は無いのかもしれない。いや、尖がっている!
そんな『イポリートとアリシ』を、クリスティ+レザール・フロリサンで聴くのだけれど、さすがです。圧倒されます。ラモーのオペラ・デビューに賭ける熱量をそのままに、その挑戦的な当たりを存分に引き出して、全ての瞬間で魅了して来る。色彩感に溢れ、豊かなサウンドを繰り出すオーケストラ、清廉さからドラマティックさまで、表情豊かなコーラス、レザール・フロリサンの機動力が存分に活かされて、濃密なドラマと、スケールの大きさの両方を実現し、シリアスかつスペクタキュラー!というレザール・フロリサンが描き出す見事な情景の中を、リアルに生きる登場人物たち... 歌手たちのパフォーマンスは、鋭く聴き手に迫って来て... 特に、フェードルを歌うハント(メッゾ・ソプラノ)の、仄暗くも情念を孕んだ歌声は、圧巻。そのフェードルに翻弄される若いカップル、アグニュー(テノール)が歌うイポリートと、パンザレッラ(ソプラノ)が歌うアリシの真っ直ぐさにも惹き込まれ、物語をよりやり切れないものに... いや、こうした好演が、『イポリートとアリシ』の挑戦的なあたりを際立たせ、今さらながらに驚かせてくれる。50歳、ラモーは、切れていたわけだ。凄い。

RAMEAU Hippolyte et Aricie
Les Arts Florissants WILLIAM CHRISTIE


ラモー : オペラ 『イポリートとアリシ』

イポリート : マーク・パドモア(テノール)
アリシ : アンナ・マリア・パンザレッラ(ソプラノ)
フェードル : ロレイン・ハント(メッゾ・ソプラノ)
テゼ : ローラン・ナウリ(バス)
ディアーヌ : アイリアン・ジェイムズ(メッゾ・ソプラノ)
愛/女水夫 : ガエル・メシャリー(ソプラノ)
ジュピテール/プリュトン/ネプテュヌ : ネイサン・バーグ(バス)
愛の神 : ポール・アグニュー(テノール)
女祭司/羊飼い : パトリシア・プティボン(ソプラノ)
女大祭司/女狩人 : ミレイユ・ドランシュ(ソプラノ)
エノーヌ : カタリン・カーロリイ(メッゾ・ソプラノ)
アルカス/メルキュール : ヤン・ブロン(テノール)
ティジフォーヌ : フランソワ・ピオリーノ(テノール)
第1の運命の女神 : クリストファー・ジョージー(テノール)
第2の運命の女神 : マテューレクロワール(バリトン)
第3の運命の女神 : ベルトラン・ボントゥー(バス)
狩人 : デイヴィッド・ル・モニエイ(バリトン)

ウィリアム・クリスティ/レザール・フロリサン

ERATO/0630-15517-2




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