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オペラから視点を外して... ロッシーニ、スターバト・マーテル。 [before 2005]

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1810年、ヴェネツィア、サン・モイゼ劇場にて、1幕のファルサ『婚約手形』でオペラ作家デビューを果たしたロッシーニ。この時、18歳!1811年、初めてのオペラ・ブッファ『ひどい誤解』を、ボローニャで上演するも、台本が悪趣味とされ、舞台は中止に... が、1812年、ヴェネツィア、サン・モイゼ劇場で初演されたファルサ『幸せな間違い』がイタリア中でヒットすると、殿堂、ミラノ、スカラ座で、オペラ・ブッファ『試金石』を初演、大成功!1813年には、オペラ・セリア『タンクレーディ』と、オペラ・ブッファ『アルジェのイタリア女』をヴェネツィアで立て続けに大成功させ、国際的にブレイク!そこからは、もうとにかく快進撃!ナポリ、ウィーン、パリ、ロンドンを熱狂させ、ヨーロッパの音楽シーンを征服。が、1829年、37歳、『ギヨーム・テル』を最後に、オペラを書くことを止めてしまうロッシーニ。デビューからわずか19年... オペラ作家としてのロッシーニの活動は、実は短い。が、音楽を書くことはやめていなかった!いや、それどころか、老境に入ってますます多作!というのが、前回、聴いた、『老いの過ち』なのだけれど、こうしたオペラ引退後も、丁寧に見つめないと、ロッシーニの全体像は掴めない。
ということで、オペラ引退後の最大の作品を聴いてみる... マーカス・クリードが率いたRIAS室内合唱団、クラッシミラ・ストヤノヴァ(ソプラノ)、ペトラ・ヤング(メッゾ・ソプラノ)、ブルース・ファウラー(テノール)、ダニエル・ボロウスキ(バス)の歌、ベルリン古楽アカデミーの演奏で、ロッシーニのスターバト・マーテル(harmonia mundi FRANCE/HMC 901693)を聴く。

フランス革命で処刑されてしまったルイ16世の弟、シャルル10世(在位 : 1824-30)が、フランス国王に即位した1824年、ロッシーニは、パリ、イタリア座(イタリア・オペラの専用劇場... )の芸術監督に就任し、本格的にパリを拠点とする。1825年には、新国王の戴冠式に合わせ、オール・スター・キャストによる劇的カンタータ『ランスへの旅』(現在はオペラとして上演される... )を制作し、大成功させると、1826年、国王とフランス・オペラの作曲契約を結び、"王の第1作曲家"の称号を賜る。そうして、フランス・オペラへと乗り出したロッシーニ!イタリア座からオペラ座へ、音楽の都、パリを手中に納めて、絶頂期にあった1829年、傑作、『ギヨーム・テル』を生み出す。が、慣れないフランス語での作曲に疲れてしまったか?18歳から突っ走って来たオペラ作家としての仕事自体に疲れてしまったのか?『ギヨーム・テル』の成功後、パリを離れ、ボローニャの実家へと里帰り... そうした最中、1830年、パリで七月革命が勃発、パトロンであるシャルル10世は亡命、国王との契約は流れてしまう(それでも、年金支給を巡って、新政府と法廷闘争を繰り広げる... )。そんな、政治的な混迷を避けるように、スペインを旅したロッシーニは、1831年、スペイン政府顧問、バレーラから、スターバト・マーテルの作曲の委嘱を受ける。が、これまでの多忙がとうとう身体に来たか、腰痛に苦しめられるロッシーニ(以後、25年もの間、体調不良に苦しめられる... )。バレーラから催促を受けながらも、作曲は困難となり、友人のタドリーニに未完の部分の作曲を頼み、1832年、何とか仕事を完了させる。それから9年を経た1841年、バレーラの死によって、楽譜が出版業者の手に渡り、初めてその出版が計画されると、全てを自らが作曲していないままでの出版が不満で、改めて作曲に乗り出すロッシーニ... 1842年、スターバト・マーテルは、10年越しで、とうとう完成をみる。
という道程を辿り、聴いてみると、感慨深いものがある、スターバト・マーテル。何より、ロッシーニのオペラを振り返って、その後の音楽として聴いてみると、確かな飛躍があることに気付かされる。それはまず、宗教的題材を歌うからこその深み、スケール感であって... さらには、"悲しみの聖母"だからこその悲しみが引き出す重々しさに、よりロマンティックな表情が表れて、オペラ・ブッファで軽快な音楽を仕掛けていたロッシーニとはまた違った作曲家が音楽を紡ぎ出すかのよう。で、興味深いのが、1832年(track.1, 5-9)と、1842年(track.2-4, 10)に完成されたそれぞれのパートの、10年というタイム・ラグ。いや、そうはっきりとわかるものでもないのだけれど、七月革命によるウィーン体制(ナポレオン敗退後、ヨーロッパをフランス革命以前の状態に戻そうとする... )の崩壊が、モーツァルトの時代を完全に過去のものとし、古典主義のカウンター・カルチャーであったロマン主義が、とうとう時代の主役へと躍り出ての雄弁さというのか、後から書かれたパートには、よりメロディアスなものを感じる。それは、イタリアへと戻ったロッシーニの、イタリア的なるものへの回帰にも思え、またそこにヴェルディの活躍を予告するようなトーンが感じられ、印象深い。一方で、『ギヨーム・テル』の成功から間もない1832年に完成されていたパートには、フランス的な感覚が残り、ベルリオーズのオラトリオを予感させる古雅(擬古典主義?)、瑞々しさがあって、また印象的。そして、このヴァラエティに富む構成が大いに魅力になっている。
そんな、ロッシーニのスターバト・マーテルを、クリードが率いたRIAS室内合唱団によるアルバムで聴くのだけれど... まず、ドイツの室内合唱ならではのハイテクが活きる、ア・カペラの第5曲、"Eja Mater, Fons Amoris"(track.5)、第9曲、"Quandro Corpous Morietur"(track.9)が見事!オペラ的でありながらも、古い教会音楽を思わせるパートもあるスターバト・マーテルの難しさを、RIAS室内合唱団の明晰さがさらりと捉え、何より、その澄んだハーモニーに惹き込まれる。一方で、終曲、"In Sempiterna Saecula. Amen"(track.10)では、バロックを思わせるドラマティックなフーガを、見事に歌い切り、パワフルで、聴く者を否応無く呑み込んで行くようなコーラスを繰り出して圧巻!一方、オペラ的なあたりを担う4人のソリストたち... ソプラノのストヤノヴァと、テノールのファウラーは、伸びやかに歌い、メッゾ・ソプラノのラングと、バスのボロウスキはドラマティックに歌い、高音低音で個性が際立ち、実に表情豊か... 特に、ソプラノとメッゾ・ソプラノの二重唱、第3曲、"Quis Est Homo, Qui Non Fleret"(track.3)、ソリスト4人による四重唱、第6曲、"Sancta Mater, Istud Agas"(track.6)などは、オペラのワン・シーンを思わせて、魅惑的。で、そうした歌声を支える、ベルリン古楽アカデミーの演奏が、また堂々たるもので... いつものレパートリーより、かなり時代を下りながらも、見事にロッシーニの時代を響かせて、エッジは鋭く、サウンドは瑞々しく、魅了される。

ROSSINI / STABAT MATER / MARCUS CREED

ロッシーニ : スターバト・マーテル

クラッシミラ・ストヤノヴァ(ソプラノ)
ペトラ・ヤング(メッゾ・ソプラノ)
ブルース・ファウラー(テノール)
ダニエル・ボロウスキ(バス)
RIAS室内合唱団
マーカス・クリード/ベルリン古楽アカデミー

harmonia mundi/HMC 901693




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